天才と星の子   作:もう何も辛くない

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短いですが有言実行、一日二話投稿達成という事で。

感想欄で何度か名前が挙がった、サブタイトルの通りあの世界の名医が出てきます。
なお、ギャグ回ではない模様。むしろ本番はその後の模様…。


天才と世界の名医

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 田沼正造。

 世界の名医十選に選ばれ、総理の心臓手術を任された事もある、押しも押されぬ名医。

 秀知院大学医学部付属病院に勤める、四宮家お抱えの医者だ。

 

 俺とかぐやはこの人に、産まれてからずっと年に一度の健康診断を担当して貰っている。

 それだけでなく、体調を崩した時にもこの人に診て貰っているし、田沼さんとはそれなりに付き合いのある繋がりを築いていた。

 

 だから、()()()()()も比較的頼みやすくはあった。

 携わっている分野から離れたものではあるが、田沼さんは快く引き受けてくれた。

 

「おめでとう、妊娠十週といったところだね。しかも見た所、君のお腹に宿った子供は双子だ」

 

「「双子…」」

 

 エコー検査を受け、少ししてから田沼さんに診察室へ呼ばれた俺達は、検査結果の話を受けていた。

 

 今の通り、星野はやはり妊娠していた。それも十週目。まず間違いなく、あの日にヤッた事で宿った子供だろう。

 更にそれだけではなく、驚く事に星野のお腹には双子がいるという。

 

 俺と星野が呆けた声を重ね、田沼さんが発した単語を復唱すると、彼は小さく笑みを零し、すぐに表情を引き締めて俺達を見た。

 

「総司様からお話を聞いた時は驚きましたが─────まず確実に、この子は総司様のお子を宿しています」

 

「…そうか」

 

 田沼さんの言葉に一言返してから、隣の星野を見る。

 それと同時に、星野も俺の方を向いて、その綺麗な瞳と視線が重なる。

 

「だってさ、総司。私、お母さんになるみたい」

 

「試すような言い方しやがって。覚悟はとっくに出来てるよ」

 

 不敵な笑みを浮かべてそう言う星野に、俺もまた不敵な笑みと共に言い返す。

 

「…どうやら、総司様は子供を育てる気でいらっしゃるらしい」

 

 そのやり取りを聞いていた田沼さんが、重々しく口を開いた。

 

「総司様はまだ学生のみ。そちらの方も、まだ成人してないとお見えします。…私の経験談ですが、学生の身での子育ては大変ですよ」

 

「ねぇ総司。物凄く実感が籠ってるよ、この人の言葉」

 

「少し静かにしてろ星野。田沼さんが大切な事を言ってくれてるんだから」

 

 というか経験談って、田沼さんってまさか学生結婚─────それもできちゃった婚なのか?

 

 そりゃ、星野の言う通り物凄い実感を籠められるよな。だって、自分はその道を通って来たのだから。

 

 あ、遠い目をしてる。あれは若くして子育てしてる時の生活を思い出してる目だ。

 

「それに、雁庵様がお許しになるとは思えません。…そこの所を、総司様はどうお考えなのでしょうか?」

 

 そんな遠い目はすぐに現実へと戻ってきて、田沼さんは真剣な目で俺を見ながら尋ねてくる。

 

 …言われなくても分かっている。

 この件で最大の壁が何なのか。

 俺にとって最優先事項は、星野の健康を除けば何なのか。

 

「とりあえず、田沼さん。親父にはこの件を報せないで頂きたい」

 

「…申し訳ありませんが、それは出来ません。総司様が雁庵様にこの件を隠したいお気持ちは分かりますが、私は─────」

 

「あぁ、違いますよ。俺は何も、親父に子供の事を隠したい訳じゃない。…俺が直接、親父に報告する」

 

「っ─────」

 

 田沼さんが息を呑み、目を見開く。

 

 かと思えば、ふと表情を和らげ、微笑んだかと思うと─────

 

「本当に、大きくなられましたな」

 

 なんて、感慨深そうに呟いた。

 

 生まれたその時から、田沼さんとは何度も会い、何度も話をした。

 俺の中で、最も尊敬が出来る大人の一人が、この田沼さんだ。

 

 …学生時代のできちゃった婚については驚かされたが。

 まあ俺も似たようなものだし、とやかく言うつもりはないし、田沼さんへの尊敬の念は少しも無くなっていないが。

 

「それじゃあ、そのように」

 

「あぁ、総司様。仮に子供を産む事になった場合、この病院をご利用されるおつもりでしょうか。…お分かりとは思いますが、この病院は─────」

 

「分かっています。もう病院探しは始めていますので、田沼さんの心配は無用ですよ」

 

「…そうですか、それでは。…ご武運を、総司様」

 

「ありがとうございます」

 

 会話を終えてから、俺と星野は診察室を出る。

 

「…今の人、総司の事を凄く心配してたね」

 

 診察室を出てから、この病院へ入る時にも使った、本来は職員しか使えない出入り口を目指して廊下を歩いていると、星野が俺を見上げながら話し掛けて来た。

 

「俺が産まれてからずっとここの病院で、田沼先生に診て貰ったからな。少し情が湧いたんだろ」

 

「ふーん…?」

 

 淡々と答えると、星野はあまり納得していない風に首を傾げた。

 

「何だよ」

 

「…総司。多分、少しじゃないよ。あの人、総司の事を凄く心配してる」

 

 その様子が気になり、今度は俺が尋ねる。

 すると、星野は真っ直ぐに俺の目を覗きながら、俺が思ってもいない答えを返してきた。

 

 心配?俺を?田沼先生が?

 

「…で、何でお前が嬉しそうなんだ」

 

 驚きつつ、しかし尊敬している人からそういう風に思われているのだとしたら、あまり悪い気はしない。

 

 しかし一つ気になる事が増えた。

 何で星野は嬉しそうに笑っているのか、だ。

 

「だって、私の好きな人は愛されてるんだなって思うと、嬉しいんだもん」

 

「…田沼先生は少数派だぞ。言っておくが、俺は味方よりも敵の方が多いからな」

 

「そうかもね。でも私は思うよ?総司が思っているよりも絶対、総司の事が好きな人は多いって」

 

「…その根拠は?」

 

「え?私が総司の事が好きだって、総司は思ってなかったでしょ?」

 

 星野の言葉は、正直嬉しくないといえば噓になる。

 ただ、その言葉を額面通りに受け止める事が出来ず、何でそう思うのか、根拠なんて尋ねたりして。

 

 その返答は、全く何の反論も浮かばないものだった。

 

「─────ははっ!確かに」

 

 思わず零れた笑いと共に、星野の言葉に賛同すると、星野は得意げな笑みを浮かべて「でしょー?」と言いながら白い歯を見せてくる。

 

 その笑い方にほんの少しだけ、悔しさを覚えた俺は掌を星野の頭の上に乗せ、そのままぐりぐりと綺麗な髪を掻き回す。

 

 初め、きょとんと呆けた顔をした星野が「髪がー!」と悲鳴を上げる。

 だけどその顔は悪いものではなく、むしろ楽しそうな笑顔だった。

 

 …うん。やっぱり俺は、星野アイが好きだ。

 この笑顔を守りたいって思うし、この笑顔をこれからもずっと見ていたいって思う。

 そのためなら、どんな苦難の道でも迷わず選ぶ。それが、俺と星野の幸せな未来に繋がるなら。

 

 だから、俺は選ぶのだ。

 本来ならば俺にとって、誰であっても絶対に選んではならない、絶望を相手にする事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病院から出た俺と星野は、最寄りの駅で別れてそれぞれの帰路に着いた。

 

 本当は星野を家まで送っていきたかったが、家に戻るまであまり時間を掛けてしまうと、折角固めた決意が解けてしまいそうだった。

 だから俺は星野とすぐに別れて、真っ直ぐ、急いで家へと戻る。

 

 使用人の挨拶に返事もせず、玄関へ入った俺は廊下を歩く。

 途中、仕事中の早坂がいたが、挨拶もせずにすれ違った。

 

 心の片隅で悪いとは思いつつ、それどころじゃなかった俺はただ只管に自室を目指す。

 

「赤木、俺が良いというまで誰も部屋へ入れるな。…いや、誰も部屋に近づけるな。いいな」

 

「かしこまりました」

 

 扉の前ですでに待機していた赤木の隣で立ち止まってから、命令をする。

 その命令に何の疑問も挟まず、ただ是の返答をした赤木に無言の感謝と信頼を贈り、扉を開けて自室へ入った俺はポケットの中から携帯電話を取り出す。

 

 この時間帯なら、親父は昼飯を食っている可能性が高い。ならば、通話も繋がる筈だ。

 

「─────ふぅ」

 

 ベッドに早足の勢いのまま腰を下ろす。

 ケータイを操作し、電話帳の中から選ぶのは()()()()、親父の名前だ。

 

「…やば、手汗出て来た」

 

 俺は昨日、星野と話をする際に人生で最も緊張した。

 しかし今日、たった今、それとは比べ物にならないくらい俺は緊張している。

 

 緊張で汗が出るなんて、産まれて初めての経験だ。

 心臓なんてバクバクどころかドッカンドッカンいってる様に感じるし、手だって震えて来た。

 

 情けない話だが、俺は今、気を抜けば泣いてしまいそうだ。

 泣いて、田沼先生に言った全ての事を無かった事にして、今すぐ星野と一緒に逃げ出してしまいたい。

 

 ─────だが、それは出来ない。

 日本のどこに、世界のどこへ逃げようとも、あの人は追い掛けてくる。

 追い掛けて、追い掛けて、追い掛けて、俺と星野を捕まえて、自分の前へと引っ張り出してくるだろう。

 

「やっぱ、真っ直ぐ帰って正解だったな」

 

 帰っている途中から、俺は緊張して、その度合いは時間が過ぎる毎に増していた。

 これでもし、星野を家まで送るという選択をしていたら─────星野を連れてどこかに行ってしまっていたかもしれない。それが無駄な事だと分かっていながら。

 

「よし」

 

 親父の番号を呼び出し、通話ボタンを押す。

 

 これでもう逃げられない。そう思うと、ほんの少しだけ、手の震えが収まった気がした。

 

 ワンコール、ツーコール、コール音が鳴る度に、収まったはずの手の震えが大きくなっていく。

 

 手だけでなく、背中、蟀谷からも一筋の汗が流れる。

 

 もしかしたら、俺の当ては外れていたのか。

 まだ休憩に入っておらず、仕事中で出られないのか。

 だが、コールは続いている。電源は切れていない。それなら─────

 

『総司か』

 

 ─────出た。

 通話が繋がる時の音がした直後、何の枕詞もなく、親父は俺の名前を呼んだ。

 

「お久しぶりです、父様。ご息災でしたか」

 

『あぁ。お前の方こそどうだ』

 

「はい。体調は問題なく、過ごしています」

 

『…かぐやはどうだ』

 

「それは、あいつに直接お聞きになられた方が良いと思います」

 

『…』

 

 淡々と続く会話だが、最後の俺の言葉に親父は答える事なく、それに俺は言葉を発さず、ただ苦笑いを浮かべるだけ。

 

 親父とかぐやの仲が気まずいのは今に始まった話ではない。

 俺だって、親父に仕事を振られるようになるまでは、親子とは思えない程冷え切った仲だった。

 

 …今でも、第三者からすれば本当に親子なのか、疑わしく思えるレベルではあるが。

 

『それで。お前の方から電話とは珍しいじゃないか。一体何の用だ』

 

「…」

 

 今度は俺が黙る番だった。

 

 決意を固めた筈だった。

 親父を言い負かし、星野との未来を掴む筈だった。

 

 ─────果たして、俺はこの人に勝てるのか?

 

 才能では負ける気がしない。俺が完全に上回っているという確信がある。

 だが、年季が違う。経験が違う。四宮を継いでからおよそ四十年、親父は常に最前線に立ち、四宮を守り、大きくし続けた。

 

 その絶対的経験値の差は、才能の差を覆してなお余りある程大きい事を、俺は知っている。

 

「…お話があります」

 

 それでも俺は、前へと出る。

 この人と対峙し、挑むしかないのだ。

 

 今すぐ話を無かった事にしろ。

 この場は逃げろと激しく警鐘を鳴らす理性を無理やり抑え付けて、俺は口を開く。

 

「子供が、出来ました」

 

 途中、息が詰まりながらも、俺はやっとの思いでこの短い一言を言い切った。

 

 親父からの反応は、スピーカーから微かに息が漏れた音がした以外は無い。

 その静けさが、逆に恐ろしさを感じさせる。

 

『確かか』

 

「はい。今日、田沼先生の元へ行き、検査をしてもらいました。双子、だそうです」

 

『双子…。そうか』

 

 頭ごなしに堕ろせ、と言って来ないのは想定通りだが、それにしたって反応が静かすぎる。

 怒鳴り散らす事はないだろうが、もっと叱責の言葉を受けるものだとばかり思っていたのだが─────

 

『総司』

 

「っ─────はい」

 

 不意に名前を呼ばれ、小さく息を呑んでから返事を返す。

 

『次の土曜日と日曜日、お前に連休を与える。お前が孕ませた女と共に、本邸へ来い』

 

 直後、親父から発せられた言葉に、俺は辛うじて「かしこまりました」と返す事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




サブタイトルには載せませんでしたが、遂にお父様のご登場。
更にアイと一緒に京都へ呼びつけられる。

頑張れ総司君、君なら出来る、もっとやれるって、気持ちの問題だ頑張れそこだ。

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