ちょっとショックな出来事というか、悲しいとはまた違うんですけど、自分的に衝撃的な出来事があって、もっと早く投稿できる予定が少し間が空いてしまいました。
まだ感情が抜け切れてませんが、書きたいという気持ちが出て来たので、また頑張りたいと思います。
心臓がバクバクと強く鼓動する。
冷房が効いているにも関わらず、背中からはしとりと汗が滲む。
ハッキリ言おう。俺は今、十五年の人生の中で最も緊張している。
親父から後継者に指名された時にも、初めて一企業の経営を任された時だって、緊張なんてしなかったのに。
感覚としては、星野を避けてたあの時期と似ている。
会いたい、けど会いたくない。だが、それとはまた似て非なる感情。
「…ふぅ」
とある懐石料理店の個室席を確保し、ここに来てからもうすぐ二時間になろうとしている。
つい三十分前に、星野から今スタジオを出てこちらに向かうというメールが来た。そろそろ来る頃だが─────
「四宮様。お連れの方がお見えになりました」
部屋を仕切る障子を軽く叩く音がした直後、外から店員の声がした。
どうやら来たらしい。
一瞬強く高鳴った胸を深呼吸で収め、障子の方へと視線を向ける。
障子が開かれ、そこに立つ少女は、いつもの輝きを放つ笑顔よりも僅かに固い顔をしていた。
「待ってたぞ」
「…うん」
いざ対面しても感じる緊張はそのままで、とりあえず笑顔を作ってみたはいいものの、上手く出来ているかは自信がない。
それでも、星野の表情がさっきよりも柔らかくなったのを見ると、俺の努力も無駄ではなかったらしい。
店員が障子を閉めたと同時に星野は足を踏み出し、テーブルを挟んで俺の正面に立つと、座布団の上に膝を折って腰を下ろした。
「悪いな。急に呼び出して」
「ううん。急にっていうなら私の方だよ。…驚いた、よね?」
「丁度コーヒーを飲んでてな。危うく噴き出しそうだった」
真顔でそう言ってやると、星野はキョトンと呆けた顔をしてから、くすりと笑みを零す。
まだ固い。あの溢れんばかりの笑顔には遠いが、また少し星野の表情が柔らかくなる。
本当はもっと星野の気を紛らわしてから本題に入りたい所なのだが─────そういう訳にもいかない。
俺も今日は休みという訳じゃなく、予定が詰まっている。こうしてここに居座っているのも、割と無理をしている。
「…本題に入ろうか」
「─────」
そう切り出すと、思った通り星野の表情がまた固くなる。
しかしここで話を止める訳にもいかない。
仕事が押すのも構わず、星野との時間を取ったのはこの話をするためなのだから。
「妊娠、したんだな」
「…うん。でも、メールでも言ったけど、ちゃんと病院で調べてないから、正直分からない」
「それについては明日にもう検査の予約はとってある。仕事の方も明日は部下に任せて、学校も休む。斉藤にも話を通してあるから、明日一緒に病院へ行こう」
星野がここへ来るまでの間、何もせず待っていた訳ではない。
今言った通り、星野の妊娠が本当なのかを確かめるべく、早速明日、検査の予約をしておいた。
ただ、普通の病院に行けばこいつの身バレが怖い。
ならば、他の一般患者とは違うルートで病院へ入り、検査をしてもらう。
そんな無茶が通る病院は、一つしかない。
あそこは四宮お抱えの病院で、一般人に星野の身分がバレる恐れはないが、俺の身内にバレる恐れはある。
それでも、星野の身分がばれて妊娠が世間に広まるよりはずっとマシだ。俺の身内には、遅かれ早かれ知らせなくてはならない事なのだから。
それに、俺が言えばある程度緘口が出来る。
…親父以外には、という枕詞がついてしまうが。
「総司」
「ん?」
もし星野の妊娠が確かだったとして、それから先どうしていくか思考が傾きそうになったその時、星野が俺を呼ぶ。
俯いていた顔を上げ、星野と視線を合わせる。
星野は不安そうに俺を見ながら、少し空白を空けてから、おずおずと口を開いた。
「もし、私が本当に妊娠してたとして…。その…」
「…」
何となく、星野が言おうとしている事を察してしまう。
それでも星野の口から直接聞くために、俺は黙って星野の次の言葉を待つ。
「…堕ろした方が、いいのかな?」
星野の口から出て来た言葉は、俺が思っていた通りのものだった。
…星野には悪いが、勿論俺の頭の中に、その選択肢はある。というより、俺はそれが一番、今の俺と星野にとってはいい選択だとすら思っている。
昔の俺なら、迷わずその選択を取っただろう。
だけど、今の俺は───────
「星野はどうしたい?」
「え?私…?」
「あぁ。…悪いが、俺は堕ろした方がいいんじゃないかって考えてる。俺とお前がこの先どうなっていくにしろ、
俺は、俺の
星野の顔が悲しく沈み、それに胸を痛めながらも俺は続ける。
「でもそれは飽くまで、今の色んな状況を考えた上で出した、一つの意見だ。俺は、この意見を強引に押し通すつもりはない。だから、星野の気持ちを知りたい」
「私の、気持ち…?」
繰り返すが、昔の現実的な俺ならば、中絶という選択を取っていた。多分、星野が嫌がっても、正論で説得して、中絶させていただろう。
何故なら、今子供が生まれても、俺にとっては重荷しかならないから。
そんな現実的な事
だけど、今は、星野の気持ちを聞きたい。
星野の気持ちを聞いて、俺一人にとってではなく、
だから聞かせて欲しい。星野の気持ちを。
「私は─────産みたい」
「…そうか」
「私、検査薬で陽性って出た時、嬉しかった。総司との子供が、私の中にいるんだって考えたら、凄く幸せに感じたの。だから…、私は産みたい」
やはり、という一言は口には出さず、胸に秘めるだけにした。
「自分が言っている事が何を招くのかを分かった上で言ってるんだな?」
「うん。…色んな人達を巻き込むのは分かってる。総司も…私は巻き込む。それでも私は、総司との子供が欲しい」
星野の周りの人達を巻き込んで、その上で子供を産みたいと言う星野。
何でだろうな。その言葉を聞いて、俺は嬉しいと感じていた。
…本当、弱くなっちまったな、俺は。星野が相手の時限定ではあるが。
「とにかく明日、病院で詳しく検査する」
「…うん」
「それでもし、本当に妊娠していたら─────」
本当に妊娠していたら、どうするべきか。
とりあえず、本格的に病院へ通う事になった場合、あの病院は使えない。
一度ならともかく、何度も通っていれば流石に星野の身バレの恐れと、情報が兄貴達に漏れる可能性がある。
まだ、
何の準備も出来ていないこの段階で漏れれば、流石に抑え切れないだろう。
なら別の、田舎で四宮とは関わりのない病院か─────。
「俺の方で良い病院を探しとくから、星野は心配するな」
「え?…えっと」
「あぁ、斉藤には伝えとかないといけないよな。…今回ばかりは流石に謝らないとな」
「そ、総司?」
「あ?何だよ」
信用できる病院をピックアップしておかねば。
それと、斉藤にも星野の妊娠について伝えておかないとならない。
…普段から苦労を掛けているが、今回の件については百パーセント俺が悪い。謝罪をしなければ。
そんな感じでこれからについて思考を回していると、何故か戸惑った様子の星野に呼び止められる。
「産んで良いの?」
「は?当たり前だろ」
何事かと思えば、素っ頓狂な事を言い出す星野。
自分で産みたいって言い出した癖に、何を言っているんだこいつは。
「絶対総司に迷惑掛けるよ?」
「そんなの今更だろ。お前、変な所で怖気づく所あるよな」
「それは総司も同じだと思う」
「うるさい」
鋭い切り返しを喰らった俺は、苦し紛れに一言を言い返す事しか出来なかった。
…待てよ?もしかしたら星野は、勘違いをしているんじゃなかろうか?
さっき俺が
「星野。俺が
「へ…?」
呆けた声を上げながら、星野の目が大きく見開かれる。
やっぱりこいつ、俺が子供を
「好きな人との間に出来た子供だぞ。
「で、でもさっき、
「俺と星野の今の状況を鑑みて、今はそうした方がいいっていう客観的な意見を上げたまでだ。それは俺個人の
というより、俺だって星野と
「俺も欲しいよ。星野との子供」
「─────」
「だから、産んでくれ。俺も出来る限りの協力をする、からっ─────!?」
言葉を言い切る直前、突然星野が片足をテーブルに乗せた。
何事かと驚き、尋ねる間もなく星野はそのままテーブルの上を駆け、俺の方へと飛んで来た。
「ちょっ─────」
慌てて両腕を広げ、星野を受け止める体勢を作る。
直後、凄まじい勢いで星野が俺の胸に飛び込んで来た。
星野の勢いと重さに耐えきれず、俺は背中から倒れ込む。
衝撃に視界でちかちかと火花に似た光が飛び、床に激突した背中から奔る痛みに歯を食い縛る。
「いっ─────てぇ…っ!お、まえっ…!」
危ないだろうが、という悪態は、俺の胸元から聞こえて来た嗚咽の声で引っ込んだ。
俺の服を両手で握り締め、星野は俺の胸元に強く顔を押し付ける。
その様子を見て、怒りを愛おしさが塗り潰していく。
無意識の内に、俺は微笑んで、星野の頭に手を置いていた。
「なに泣いてるんだよ」
「だっ…て…っ!うれしすぎてっ…!─────っ、うわぁぁぁぁぁああああああん!!!」
何となく、まだ何か言いたそうな星野だったが、嗚咽で上手く声が出せず、遂には大声で泣き出してしまった。
ここが他の客もいる店の中とか、そんなのは関係なかった。
それを理由にして、今の星野を止める事なんて、俺には出来なかった。
「俺に堕ろせって言われると思った?」
星野が声を止め、また嗚咽を始めた時に俺は聞いてみた。
俺の質問に星野は僅かに逡巡したのか、数秒置いた後に無言で頷いた。
「言わないさ、そんな事。俺はもう、星野の気持ちを無視するなんて出来ないからな」
星野に変えられ、心の底から惚れさせられた今の俺にはもう、こいつの気持ちを無視して自分の考えを通すなんて事は出来そうにない。
惚れた弱み、というのはこういうのをいうんだな、なんて、星野の長い髪を優しく撫でながら考える。
「産みたいんだな?」
「うん」
「大変だぞ?普通の子育ても大変だが、それとは比べ物にならないくらい」
「それでも産みたい」
「なら、産もう。俺も出来る限り協力する」
俺がそう言うと、このセリフが星野の琴線に触れてしまったのか、収まっていた嗚咽が再開し、星野の体がまた震えだす。
そんな彼女がまた愛おしくなって、力を抜いていた左腕で星野の体を抱き締める。
これから先に待つ、俺達にとって決定付けられた試練の数々を考えると、どうしても気持ちが落ち込みそうになる。
だって、そうだろう?俺はこれから、親父にこの事を話さないといけないんだぞ?…世界広しといえど、類を見ない親子喧嘩が繰り広げられるかもしれないんだぞ?普通に憂鬱だわ。
だけどそれ以上に幸せで、それでも頑張ろうと思える理由が俺にはある。
…かぐやに言ったらあいつ、何て言うだろう?出来ればあいつの力も借りたいけど…、今回ばかりは流石に巻き込めないよな。
というより、巻き込みたくない。下らない俺の意地が、あいつの手を借りたくないと叫ぶ。
それでも、どうしようもなくなったら借りるけど。意地を張る事と無謀に挑む事はしっかり分けて考えなければ。
「星野。そろそろ離れようか」
星野に何度も言ったが、これから大変だ。
それでも、俺と星野の未来の為にもやり遂げなければ。
固く決意を胸に秘めながら、俺は星野に離れるよう言った。
「やだ」
即答だった。
星野が離れてくれたのは、三十分ほど経ってからだった。
ちなみに、俺も星野もそれから食事なんてする気になれず、結局数時間滞在しておきながら何も料理を注文せず店を出るという、店側にとっては悪い意味で伝説の客になったと思う。
それでも最後まで店員達は俺と星野に誠意をもって対応してくれ、退店時には「またのお越しをお待ちしております」なんて言ってくれた。
…店員達の俺と星野を見る目が、何というか、物凄く上から目線というか、微笑ましいものを見る目だったのが気にはなったが。
このお店の店員はしっかりと教育が行き届いてるな、と。近い内にまた来て、今度は料理を堪能させて貰おうと、星野と並んで話しながら、俺達は帰路へと着いたのだった。
出来れば今日中にもう一話投稿したい。
自信はないけどちょっと頑張ってみます。