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魔術師クノンは見えている 作者:南野海風

第十章

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323.師弟のケンカ





「――目の前で水魔術の話をしているのになんであんたは聞いてないんだ!」


「――だ、だって! なんか難しい俗説の話とかしてたから! 六対法とか全然わかんないし!」


 サトリの説教が始まった。

 どうやら弟子が話を聞いていなかったことに、ご立腹らしい。


「――そりゃとっくに終わった話だろ!」


 クノンは「ちょっと待った」と言いかけた口を、手で塞いだ。


 今は口を出せない雰囲気だ。

 だが、待ってほしい。


「六対法水域論の俗説の話」はまだ終わっていないはずだ。

 あとで聞くって言ったはずだ。


「――そもそも魔術師なら自分に関係ない属性でも興味を持て! そういうところなんだよ!」


「――聞いたってわかんないもん!」


 そんなこんなで、しばし不毛な言い争いが続いた。


 で、だ。


「まあまあ落ち着いて」


 少し落ち着いてきたところで、クノンは口を挟んだ。


 サンドイッチを食べながら静観していたが。


 そろそろいいだろう。

 二人ともちょっと疲れてきたようだし。


「サトリ先生、話を戻しましょうよ」


「……一人だけ無関係みたいな顔をされるのも腹が立つね」


「それは同感です」


 なんだか理不尽に睨まれたりもしたが。


「仲がいいからケンカする。いい師弟関係だと思いますよ」


 クノンは懐かしく思った。


 自分もゼオンリーとケンカしたなぁ、と。

 師弟関係なんてそんなものだと思う。


 しかしまあ、とにかくだ。


 時間を無駄にしたくないようで、サトリは話を戻した。

 不承不承の顔をして。


「あの水ベッド、ジェニエに習ったのかい?」


 その質問に、二人は同時に答えた。

「はい」「いいえ」と。


 肯定はクノンで、否定はジェニエだ。


 そして二人は顔を見合わせる。


「なんですか先生? なぜ嘘をつくんですか?」


「教えた覚えがないからです」


「またまた。サトリ先生に堂々と言ってやりましょうよ。クノンは私が育てた、って」


「正確に言うと、勝手に育ったんです」


 ジェニエはメガネをはずし、目頭を揉む。


 何かの痛みをこらえるかのように、顔をしかめて。


「家庭教師を辞める時も言ったけど、クノン君の魔術は私を超えているんです。

 あの頃からずっと、クノン君は私が教えた覚えのない魔術を使ってました。それが理由でグリオン家の家庭教師を続ける自信が揺らぎ、いたたまれなくなったんです。


 たとえるなら、私は素材を与えただけ。

 その素材で私の想定を超えるものを組み立てたのは、クノン君の実力。


 ……そもそも、サトリ先生が再現できない魔術を、私が使えるわけないじゃないですか」


 ――当時の悔しさを原動力にして、ジェニエは魔術学校に戻ってきたのだ。


 失敗しても努力をやめなかったクノンに。

 早々に諦めてしまった自分を重ねて。


 悔しくて仕方なかったから。

 さっさと諦めた自分が嫌だったから。


 だから今ここにいるのだ。


 今更何を思うこともない。

 当時のクノンもすごかったが、今のクノンはもっとすごい。


 それだけの話だ。

 わかりきったことを今更思い知っても、あまり響くものはない。


 まあ、確かに。


 今も少し悔しくもある。

 同じ水魔術師として、大いに実力の差を感じるから。


 だが同時に、少し誇らしくもある。


 すごいクノンの魔術の根底に、自分の教えが生きている。

 それがわかるくらいには、学校に戻ってきてから自分は成長した、と思う。


 思うが、しかしだ。


「あの頃はもう、課題を出すので精一杯だったわ。もう自分でも何を教えているかわからなくなってきたところもあったし」


「わかる!」


 力強く同意したのは、クノンである。


「あの頃の必死な先生、すごかったですよ! もうありとあらゆる些細なことを見付けては僕にやらせようとして! 小さな変化も見逃さないってくらい多彩なことをさせて、時々すごく横暴だとさえ僕は思いましたよ! 何度も無茶だ無理だこんなのできない、って思いながらなんとかこなしてました!

 あれは本当にすごかった! たぶんジェニエ先生にしかできない授業でした!」


「やめて! 謝るから! 無理難題を押し付け続けた私を責めないで!」


「責めてませんよ! すごかったって言っているんです! だから僕はあなたを尊敬しているんです! 美しいし!」


「やめて!! つらい!! お金に眼が眩んで仕事にしがみついていた過去の私が憎くてたまらない!!」


 なんだか今日は、話が盛り上がる。





「――まあ、二人とも落ち着きな」


 と、今度はサトリがなだめた。


「とにかく、ジェニエは教えることはできないんだね?」


「できません」


「わかった。

 クノン、ひとまずそういうことで話を進めるよ」


「……はい」


 クノンとジェニエ。

 お互いまだ言いたいことはあるし、互いの言い分に納得もしていない。


 クノンは、ジェニエならできると思っているし。

 ジェニエは、絶対にできないと自覚している。


 この認識のズレは、なかなか縮まらない。


 しかし、このままだと本当に話が進まないので。


 ひとまずそれで納得しておく。


「――で、教えてくれるかい?」


 水ベッドこと「超軟体水球」を公開するか。


 その質問に、クノンは頷いた。


「構いませんよ」


 ――明日、習いたいという後継者を集めるから。


 そんな約束をして。

 昼食と少々の書類仕事を片付け、クノンはサトリの研究室を後にした。





「さてと」


 クノンは歩き出す。


 少し時間を取ったが、まだ遅い昼時だ。

 予定通り、教師クラヴィスに会いに行こう。





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