天才と星の子   作:もう何も辛くない

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天才が生まれ変わる日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あぁ、こんな顔をさせるつもりはなかったのにな、なんて。

 星野の悲しそうな顔を見ながら、そんな権利ないのに、胸の痛みを感じながら俺は続ける。

 

「お前と出会ってから今まで、ずっと楽しかったよ」

 

 言いながら、こいつと初めて会った時の事を思い返す。

 

 あれからもうすぐ三年になるのか。

 それ程の時が流れているのに、俺は今でもその時の光景を鮮明に思い出せる。

 

 柄の悪い男に絡まれて困った顔をしていた星野。

 そんな時、いきなり乱入してきた俺を見て驚いた顔をする星野。

 絡んで来た男達を追っ払った俺に、笑顔でお礼を言ってくる星野。

 全部、全部、その時の星野の顔を鮮明に思い出せる。

 

「今まで四宮総司が生きて来た時間の中で、お前と一緒に居た時間が一番楽しかった」

 

 星野に食事を奢らされてた時も、何だかんだ俺も楽しんでいた。

 コロコロ変わる星野の表情が可愛くて、少し揶揄えばムキになる所も面白くて、嘘の中に混じって時折本音が漏れるその瞬間も、星野の何もかもが愛おしく思えていた。

 

 …あぁ、そうか。俺は星野を愛おしく思っていたのか。

 だから星野にどんな不調法な事をされても嫌いになれなかったし、これから先も嫌いになれる気がしなかった。

 

 そりゃそうだ。

 こんなにも愛おしく思っているのに、この感情が反転する所なんて、俺には到底考えられない。

 

「お前を抱いた時も…嫌じゃなかった。むしろ、幸せっていえばいいのか。…とにかく、そんな感じだった」

 

 言いながら恥ずかしく思え、誤魔化すように言葉を切ってから、俺は更に続けた。

 

「…一緒に居てそんな風に思えるお前だからこそ、今の俺を見られたくなかった」

 

 意地、といえばいいのだろうか?

 星野への気持ちと同時に、これもまた俺にとって初めて抱いた感情だった。

 かぐや相手でも、別に俺の何を見られようともどうでもいいと感じていたのに、それが星野相手だとこれだ。

 

「こんな余裕がない俺を見られたくなかった。だからこの一週間、俺はお前を遠ざけて来た」

 

 あーあー、全部言っちまった。隠すと決めたなら最後まで隠し通せばいいものを、途中で諦めて、本当に情けない。

 情けない所を見られたくないと思いながら、情けない所を隠さず見せるという矛盾。

 

 そんな矛盾を犯す俺を、他人事のように感じていた。

 俺でもなく星野でもない、全く関係のない第三者の視点で、()()()()()()()()()()()()()()()眺める。

 

 ─────やっぱり、いけないよ星野。俺なんかを好きになったって、いい事なんてない。

 

 ─────俺は星野を幸せに出来ない。俺はこの先、星野が好きになった()()()()()()()()()()()()()

 

「なぁ、星野。本当にお前が俺の事を好きだっていうなら。…この情けない俺を見ながら、もう一度好きだって言ってみろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん、好きだよ。大好き」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会いたくなかった、なんて聞いた時は驚いたよ。もう驚きを通り越して絶望しちゃったね。帰ったら死んじゃおっかな、なんて考えちゃってた。

 

 だけど、いざ総司が私を避けてた理由を聞いてたらさ。こう、何ていうの?

 

 ─────私の好きな人、可愛すぎない!?

 

 何それ!?それってつまり、あれでしょ!?私の事が好きだからそう思ってる訳だよね?

 好きな人に恰好悪い所を見せたくない男の人の意地、みたいな?

 何それ今までの総司からは考えられない可愛すぎギャップが凄いきゃわああああああああああああああああああああああああああ────────っ!!!!!?

 

 …おほん。

 とまあ、私としては大好きな人の弱い所が見れてホクホクしてたりするんだけど、総司としては本気で悩んでるんだよね。

 

 気持ちが分かる、なんて口が裂けても言えないけど、何となく想像する事なら出来る。

 

 お馬鹿な私でも四宮家について少しは知ってるし、その家の後継者として選ばれた総司のこれまでの生活なんて、言われなくても予想がつく。

 何事でも一番である事、完璧である事を求められ、その内に総司自身が最も自分が完璧である事を求めるようになっていく。

 

 総司は、今の自分を許せないんだよね。

 自分自身に完璧を求めているから、今の自分がどうしようもなく情けなく見えて、だからそんな自分を私に見られたくない。

 

 でもね、総司─────

 

「私は、そんな総司も大好きだよ」

 

 私はもっと、弱い総司を見せて欲しい。

 

「…嘘つけ」

 

「えー?好きな人の弱い所も見たいって思うの、そんなに変かな?」

 

「…そういうもんなの?」

 

「そういうもんだよ」

 

 目を丸くしながら聞いてくる総司に笑い掛けながら、私は頷く。

 

「私は総司にもっと私を見て欲しい。嘘ばかりの私だけど、本当の私を貴方に見て欲しい」

 

 真っ直ぐに総司の目と目を合わせながら、私は()()()()と強く願いながら続ける。

 

「それと同じくらい、私は総司に本当の貴方を見せて欲しい。そうやって、全てを分かち合えたら物凄く素敵で、幸せだって思うから」

 

「…贅沢な幸せだな、それは」

 

 固いままだった総司の表情が緩み、笑顔がこぼれる。

 その笑顔に釣られて私も一緒に笑いながら、私は口を開く。

 

「そうだね。でも、私は欲張りだから」

 

「─────そうだった。そういう奴だったな、お前は」

 

 笑みをそのままに、瞼を閉じながら総司が言う。

 

「俺でいいのか?」

 

「総司じゃなきゃ嫌」

 

「少し仮面が剥がれればこんなにも情けないのに?」

 

「私は今、そのギャップにグッと来てます。バッチこいだよ」

 

「何だそれは」

 

 綺麗に浮かんだ総司の笑顔が、呆れた苦笑いへと変わる。

 

 だけどそれは一瞬で、また元の綺麗な笑顔へと戻った総司は、不意に天井を見上げた。

 

「…何か、今まで思い悩んでたのが馬鹿馬鹿しくなってきたな。疲れた」

 

「大丈夫?何なら、一緒に寝ようか?」

 

「誰のせいだと思ってやがる。あとお前、また襲おうとしてるだろ」

 

「ちぇーっ、バレたか」

 

 バレバレだ馬鹿、なんて言いながら笑う総司が顔を下ろし、私の方を見た。

 

 直後、私は総司の目に起きていた微かな変化に気付いた。

 もしかしたら気のせいかもしれないけど─────どこまでも真っ黒だった総司の瞳が、色づいている様に見えた。

 

 気のせいかもしれない。だけどもし、総司の中で何かが変わったのだとすれば、それは絶対にいい変化だと思う。

 だって私は、前の総司の目よりも今の総司の目の方が好きだから。

 

「ねぇ、総司」

 

「ん?」

 

「大好き」

 

 脈絡なくそう言うと、総司は驚いた様に目を丸くして、だけどすぐに笑顔を浮かべる。

 

「ずっとこの気持ちが何なのか分からなかったけど─────()()()()()()()()()()

 

 総司は体を私に向き合わせ、視線を私に合わせた。

 

「俺も、星野が好きだよ」

 

 両手を私の肩に乗せて、総司が近付いてくる。

 

 抵抗なんてしない。ただ私は、総司に身を任せて受け入れる。

 

 ──────嬉しい。

 前の行為の途中、何度もしたけど、()()()()()()()()()()()()()()()()

 初めて、総司が私を求めてくれたのが、途方もなく嬉しかった。

 

 唇が重なる。

 

 私達は初めて、本当の意味で思いを通わせたキスをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唇を離し、星野と顔を合わせる。

 星野は頬を染めながら、本当に嬉しそうに笑っていた。

 

 そうか。あの時、星野とは何度もキスしたけど、全部星野からせがまれてしたものだった。

 俺からキスをするのって、これが初めてなのか。…そう思うと、少し恥ずかしい気がする。

 

「んん─────」

 

 その恥ずかしさを誤魔化したくて、もう一度唇を合わせる。

 瞬間、微かに星野から声が漏れたのが、とても愛おしく感じた。

 

 ─────ずっと、分からなかった。この感情が、このどうしようもなく愛おしく思えるこれが、好きだって事なのか。

 

 かぐやに対する保護欲の様な感情とはまた違う、星野に対する好きという気持ち。

 四宮総司の中で初めて生まれた、そして感じる事は許されないとすら思っていたこの気持ちが心地いい。

 

 さっきまであんなに星野と唇どころか、顔を合わせる事すら嫌だったのに、今ではそんなものどうでも良くなっていた。

 もっと、星野を感じたい。もっと、星野に俺を感じて欲しい。

 星野になら何もかも、曝け出していいとすら、今の俺は思っていた。

 

 その感情は、昔に俺が捨て去ったもの。

 他者に理解なんてされなくていい。俺は俺で、ただ強くあろうとしていたかつての自分。

 その二つが、俺の中で合わさっていく。

 

「…お前の所為だ」

 

「え?」

 

 二度目のキスを終えてから、小さく呟く。

 星野に聞かせるつもりのない言葉だったが、至近距離に彼女が居る以上、その呟きはしっかりと届いてしまう。

 

「お前の所為で、四宮総司は弱くなった。どうしてくれる」

 

 二つの自分が完全に掛け合わさる直前、強くあろうとする俺が最後の悪足掻きをした。

 

 もう、無駄な事なんて分かっているのに。それでも、これまでの十五年間を俺自身に否定された()が、俺を変えた張本人へと攻撃する。

 

「総司は弱くなんてならないよ」

 

 なお、言葉の刃を向けられた当の本人は、間髪入れずにそう答えた。

 

「むしろ強くなるよ。だって、私が傍にいるから」

 

 一人より二人っていうでしょ?なんて呑気な笑顔を浮かべながら言う星野に、()は一度目を見開き、そして笑う。

 

「…確かに、そうかもしれないな」

 

 その言葉を最後に、()が消える。

 今までの俺と不要として捨てた俺が合わさり、俺は新しく生まれ変わる。

 

 どちらの俺が強いのか、弱いのかは、この先の生き方で決まっていくだろう。

 

「ねぇねぇ」

 

「どうした」

 

「あっち、行かないの?」

 

「…」

 

 服の袖を引っ張られ何事かと思えば、星野が言いながら指を差した方向にあるのは、ベッド。

 

 …こいつ、人が心機一転、新しい人生に足を踏み入れようとしている時に何を考えてやがる。

 

「行かない」

 

「えーっ!私、さっきのキスで色々と盛り上がっちゃったんだけど!責任取ってよ!」

 

「出来る訳ねぇだろうがこんな場所で!ここをどこだと思ってる!?」

 

「好きな人の家で、しかも好きな人の身内が一つ屋根の下にいる状況って、燃えないかな?」

 

「燃えねぇよ、この馬鹿!!」

 

 色々と台無しになったし、この空気のせいで言えなくなってしまったけど、星野には感謝しかない。

 この先どうなろうと、俺はこの選択を後悔する事はないだろう。

 

 多分これから先、色々と大変になるだろうが─────それでも、こいつとなら乗り越えていける気がする。

 

「じゃあ、もう一回だけキスしてくれたら我慢する」

 

「…今日はこれで最後だからな」

 

 これで最後、と考えながらの三度目のキス。

 

 だが、俺をベッドに連れ込もうとしていた星野がこれで満足する筈もなく、四度目、五度目のキスが待っているなんてこの時の俺は思いもしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう総司は私のだって知らしめたかったけど、まっ、いっか」

 

「?」

 

 色々ありすぎた今日だけど、星野のこの言葉だけは全くもって意味が分からなかったと付け加えておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これにて一段落。
次話は少し時間を進め、新展開に入る予定です。

え?最後のアイの台詞について?
…かぐやが外に出てアイを中まで案内する訳ないでしょう?屋敷に入るまでは別の誰かがアイを案内した。
つまり、そういう事です。

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