コツコツと靴底と固い床が鳴る音が通路に響く。
「死霊術師系統超級職【死霊王】、か・・・。よくウチの団員達が収監出来たもんだ」
何処か閉鎖的な廊下を歩く人物は、年老いてはいるが眼光の鋭い人物で、皮膚には年齢に伴う皴に紛れていくつもの傷跡が見受けられる。
「いや、本人が一切抵抗らしき動きをしなかったので・・・。収監に携わった全員が無傷っス。」
常人が見ても『堅気』には見えないが、この老爺はグランバロアにおいて重要な役職に就いている。
バルダザール・グランドリア。
グランバロア四大船団の内の一つ、海賊船団の現船団長その人である。
「罪状は器物破損、大型装甲船の船底を素手で破壊、被害は乗員乗客共に人命の損失は無く、大型装甲船一隻沈没に止まる、か・・・その強さにしちゃあ大した被害では無いが、本人の所属は不明。その危険性から一時的に隔離処分した訳だ。」
報告書を歩きながら軽く読み流し、隣を歩く部下に手渡す。
「さて、この老いぼれを引き出したマスターの顔を見にいくとしようか。」
「提言。船団の長が所属不明の超級職に直接対面する事態は避けた方が良いかと。」
「うおっ、ゼタ!?何故此処に!?」
何も無かった場所から声がした。
光学迷彩が解除されて、隠されていた人物の姿が現れる。
【盗賊王】ゼタ。
彼女が光学迷彩で姿を消していたのは、此処が関係者以外に対して立ち入りを禁じられているからだ。
当然許可を得ていないので実質不法侵入である。
しかし恩人であり、父親の様な存在であるバルダザールが収監した【死霊王】と接触すると聞いて、ゼタはバルダザールの為に動かないなど、冷静な判断は出来なかった。
それは、現役を主張する老齢の父を、心配した娘の姿だった。
「あー。ゼタさんゼタさん。此処、関係者以外立ち入り禁止なんスけど・・・。」
バルダザールが手を頭に置いてガシガシと掻いた。
「来ちまったか。ま、実際その通りだな。儂とて責任ある立場。危険を犯す様な軽挙な判断は避けるべきだ・・・が、」
バルダザールはゼタの心配を他所に、普段通りに振る舞う。
「心配だったらお前さんも護衛として着いて来い。お前さんだったら荒れ者相手の警察業務と何も変わりねぇさ。」
「・・・肯定。」
危険な行動を止めに来た筈のゼタはバルダザールの佇まいに、己の職務に対する自信と覚悟を感じ取った。
バルダザールの提案に思わず頷いてしまう程に。
“懐古。やはりこの人は会った時も同じ様な感じでしたね・・・”と過去を想起する。
「ただし。」
「?」
ゼタは僅かに首を傾げて頭上に疑問符を浮かべる。
何処か幼い印象を感じさせる表情を見たバルダザールは、ニヤッと悪戯に成功した小僧の様に言った。
「立ち入り禁止区域への無断侵入に関して、後で説教だがな。」
「!?」
バルダザールは可愛い子供の献身に、規律違反だと宣告した。
・・・・・
ガチャガチャガチン!、と幾つもの厳重なロックが解除されて金属製の扉が開かれる。
この部屋は扉と同じ素材の格子で部屋の半分を隔離されている。
それでも囚人側に十分なスペースを確保している為、息苦しさは無い。
扉を完全に開き切ると、格子越しに収監された人物が見えた。
緊張で空気が張り詰める。
沈黙を最初に破ったのはバルダザールの確認では無く、収監された【死霊王】だった。
木乃伊の様な掠れた声が漏れ出す。
「あ・・・ぁあ・・・おぉ・・・」
不気味な雰囲気を感じ取った三人が、気付かれない様に身構える。
戦闘になった時にはバルダザールを最優先で退避させる為に。
ーーーだが、その予想はあっさりと裏切られる。
「さ、酒ェ・・・あ、ダメだやっぱ頭いてぇ・・・」
部屋に拘束されていた【死霊王】は死体の様に顔を土気色にして全体的に萎びていた。
亡者の呻き声の様な苦悶を上げながら、身長ぐらいある特大ビックサイズの酒瓶に抱きつき、強い二日酔いに痛む頭を冷たい酒瓶に当てて冷やしている。
【死霊王】は最初っから三人の姿は眼中にない。
今は、ぼんやりとする頭で二日酔いをなんとかする事に注力しているからだ。
注意して観察してみると、この部屋が何処と無くアルコールの匂いがした。
アルコールの匂いの発生源は、言わずとも理解出来るだろう。
三者は顔を見合わせて視線で認識を共有した。
「(どういう事だ・・・?ただの酔っ払いじゃねぇか。)」
「(目撃者によると【泥酔】した状態で船底を壊したらしいっス。・・・この様子だと拘束中にまた呑んだくれていた感じっスね。)」
「(・・・?・・・!?)」
ただゼタは予想外の斜め上を行った事態に、理解が追いつかないのか一人だけ混乱していたが。
バルダザールは【死霊王】に対する警戒度を下げながら思った。
ーーーなんつー、人騒がせな酔っ払いだよ・・・
二人分の溜息の音が部屋に響く。
ゼタは終始固まっていた。
グッタリとした【死霊王】の体がズブズブと溶けていく。
コレが海賊船団と【死霊王】の緊張感のヘッタクレもない“最初の邂逅”だった。
・・・・・
「あ“あ”あ“あ”生“き”返“る”〜」
「二日酔いの調子はどうだ?」
「あーあー。大分マシになったな・・・」
でもやっぱり二日酔いの迎え酒は辞めらんねーんだよなー、と反省の意思も無さそうなアル中に対して、三人は目の前の男との付き合いは無いに等しい筈なのに、既に察した者の顔だった。
このアル中の人なりが、大体さっきの邂逅で理解出来てしまったからだ。
「んん。で、アンタが大型装甲船一隻を沈めた理由を聞いて良いか?」
舐められやすい後輩と見られがちなオーラを密かに気にしている部下が、最大限に威厳を出す努力をしながら質問を切り出した。
「へ?」
しかし【死霊王】の反応は完全に豆鉄砲を喰らった鳩の様な表情であることに気付くと、その威厳を出す努力も一気に消え失せたが。
「ま、まさか覚えていない・・・?」
「え、あぁ。うん。大型装甲船、大型装甲船ね・・・アレかなぁ。・・・沈めた?誰が?まさか・・・俺?」
「「・・・・・」」
質問者と回答者、両者ともに絶句。
「(おい、そこのお兄さんや、船一隻沈めた記憶が無い俺は一体どんなリアクションすりゃー良いんだ?)」
「(俺が判るわけないっスよ!?アンタ酒飲むの絶対辞めた方が良い事しかわかんねース!)」
両者の間で結構ヤバいと認識を共有できたものの、此処からどうしようかと即席の連携によるアイコンタクトで相談を持ち掛けるも解決策を見つからずに終わる。
完全に泥酔して大型装甲船を沈めた【死霊王】に全ての非があるのは明らかだが、その本人には酔っていた時の記憶が無い事が判明。
割とどうしようもない事実が発覚した。
「お前さん、マスターってやつだろ。だとしたら懲役とかあんまし意味は無いな。賠償が取り敢えずの落とし所なんだが・・・コレ、払えるか?」
バルダザールが硬直する部下から抜き取った報告書の、記載された被害損額を見える様に提示する。
その額、なんと10桁飛ばして12桁リル。1リルが日本円で十円相当だとして、億を超えて兆に至る。
まさかの国家予算級だ。
大型、それも装甲船。再建造費は当然莫大な金額になる。
そして今、ルンバはカルディナの秘密基地リフォームで大金を動かした後だ。
勿論、払えない。
ルンバの全身から、だらだらとアルコールが汗に溶けて排出されていく。
発汗によるデトックス効果は抜群だ。
まだ残っていた酔いも完全に覚めた。
しかし酔いが覚めたにも関わらずルンバの視界は“ぐにゃぁ”と歪みまくっていた。
力が入らず、足元が覚束無い。
三人の憐憫の視線が印象的だった。
バルダザールの言葉も歯切れが悪い。
「あー、なんだ。お前さんは超級職だ。その金額でも返済だっていつかは終わる。・・・多分な。」
格子の鍵が外されて牢屋に入ってきたバルダザールが一枚の紙を差し出した。
ーーーこれからよろしく頼むぜ。
そう言って一緒に目の前に出された一枚の紙。
【上級契約書】<俺の出番だな?相棒。
バルダザールはルンバの肩に手を置いていた。
しかしそれは同情による慰めなどでは無い。
海賊船団の船団長は生優しい者では務めることなど出来はしない。
バルダザールは老練で豪胆な人物だ。
だから肩に置いた手はーーー絶対に逃がさないという無言の意思表示。
自身の借金取り歴が長いルンバには、それがよく理解出来ていた。
自分がそれを数え切れない程やってきたからだ。
今度は、自身の体で体験する側になった。ただそれだけだった。
そしてバルダザールの無言のメッセージを理解したルンバは、
ーーー精肉場に連れて行かれる未来を悟った家畜の様だった。
マ、マニゴルドーーーー!!マニゴルドォオオオーーーー!!!
その日、【死霊王】の悲鳴がグランバロアに響き渡った・・・
・・・・・
マニゴルド「?誰かに呼ばれた気が・・・。どう思う、イサラ。」
イサラ「何も聞こえませんでしたので、気の所為かと。」
これはとある夢のVRMMOの物語。
天罰てきめーん!
子供の教育方針はどれにする?
- 蠱毒にぶち込む
- 普通の子供のように育てる
- 子供の為だけの揺籠()で育てる
- 放任主義。子供は勝手に育つ
- 帝王に愛など要らぬ!!