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魔術師クノンは見えている 作者:南野海風

第十章

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322.僕に教えてくれた人





 潮時かな、とクノンは思った。


「僕の不在中のこと、でしょう?」


「なんだ、知っていたのかい」


 交友関係が広いクノンである。

 特に女性関係に広く、雑談交じりにいろんな噂はよく聞くのだ。


 少し前に、クノンも聞いている。


 同じような商売をしている者がいる、と。

「超軟体水球」を作って、眠りを提供している特級の生徒がいる、と。


 いや、違う。

 それはきっと正確ではない。


 クノンが考えるに、真相はこうだ。


「僕がいない時、代わりにやっていた人たちがいるんですよね?」


 ――しょうがなく対応している生徒がいる、だ。


 クノンがいないから、しょうがなく。


「なるほど、納得していたんだね。だから問題にならなかったわけか」


「そうですね。僕は何も対処しませんでした」


 クノンは三派閥に属する身だ。


 つまり、三派閥が後ろ盾なのだ。

 そんなクノンから商売を横取りするなど、揉めるのが目に見えているだろう。


 その辺を加味すると。


 どうしても、金銭目的でやっているとは考えづらい。


 だからクノンは何も言わなかった。


 故に、他の誰も問題視しなかったのだ、と思う。


「今ならよくわかります。

 原因は、想定以上に需要があったから、でしょうね」


 商売を始めた頃は。

 ここまで流行するとは思っていなかったのだ。


 本当に、想定以上の需要があった。

 この学校には、短時間で充分な休息を欲する者が、たくさんいたのだ。


 ――そして今のクノンは、それにも納得している。


 徹夜する機会のなんと多いことか。


 もしかしたら。

 一年間の二、三割くらいは、夜更かしや徹夜をしているんじゃなかろうか。


「知っているなら話は早い。

 今日呼んだ理由は、あんたをあの商売から外して、後継者を作らないか、って話をしたかったんだ」


 商売の後継者。

 思いもよらない話になってきた。


 だが、やはりクノンは思う。


 ――やはりここらが潮時なのだろう、と。





 サトリの提案は悪くない、と思う


 正直、心苦しくもあったのだ。


 クノンの不在中は当然、あの商売は閉店扱いだ。


 求められても答えられない。


 魔術学校の生徒の本分として、やはり魔術が優先されてしまうから。


 我ながら少々無責任だとも思っていた。

 商売をやり始めた者としては。


「あんた自身、あの商売のせいで動きを制限されることも多くなったんじゃないか?


 一年目は、まだ学校に詰めることも多かっただろう。

 学校や環境に慣れるためにね。


 だが二年目からは違う。

 遠征だってあるし、泊まりがけの調査もしたいだろう。どうしても学校に来れない場面も多くなっているはずだ」


 確かに、とクノンは頷く。

 昨日まで約一ヵ月の遠征に出ていたくらいだ。


「加えて今は金銭面も充実していますね。あれ以外で稼いでいます」


「だろうね。

 もうあんたには必要ないだろ。


 率直に言うと、あの水ベッドの使い手を何人か増やして、一人に掛かる負担を減らさないか、って話だよ。


 あんたの言う通り、あれは需要がありすぎた。

 今更なくなることは考えられない方面の魔術となっている。


 実際、こっそり再現している者も多いしね」


 それもわかる、とクノンは思った。


 同じ特級クラスの生徒から、教師まで。


 クノンより優秀な魔術師はたくさんいるのだ。


 再現するくらい造作もないだろう。


「悔しいことに、あたしも練習して使えるようになった」


「え? サトリ先生も?」


「あれは画期的だね。


 ……なんというか、考えさせられたよ。


 高度な魔術、新しい魔術、未開の学説。

 まだまだ魔術界には数えきれない謎がある。


 だが、アレはなぁ……」


 しみじみとサトリは言った。


「――おまえなんかまだまだ初級魔術さえ究めてないだろ、偉そうにするな。


 そんなことを教えられた気がするよ。

 この歳になって初級魔術の練習なんてするとはねぇ」


 ――しかも何回も、とサトリは心の中で付け足す。


 色々あるが、やはり「水球(ア・オリ)」で空を飛ぶアレだ。


 あれはサトリの中にはなかった発想である。

 しかも使いやすいし制御も楽だ。


 初級魔術の可能性を再確認するに足る、いい重層魔術だと思う。


 もちろん、弟子の弟子には言えないが。

 悔しいから。


「は、はあ……」


 クノンとしては、何とも言えない話だが。


 ただ言えることがあるとすれば。


「僕は何年も掛けて開発しましたけどね。いっぱい練習もしたし。

 でも先生はあっという間に習得しちゃったんでしょう? ここら辺に積み重ねた技術力の差を感じますね」


「だといいんだけどね。でもそう簡単でもないんだ」


「え?」


「少し話を戻すが――後継者を作らないか、って話だが」


 そうだった。

 少し話が逸れたが、そんな話だった。


「おかしくないか?

 すでに再現できる者がいるなら、後継者を作る必要はないだろ?


 跡継ぎを探すとか、後続に任せるとか、そんな言葉が相応しいだろう」


「……そう、ですね」


 そう言われると、確かに作るという言い方は違う気はするが。


「だが、言葉はそれであっている。


 作らないといけないんだ。

 そこにはクノン、あんたの助けがいる」


「助け、というと?」


「非常に悔しいが――再現できない部分がいくつかあるんだ。


 あんたにしか使えない部分だ。そこがどうしてもわからない、解明できない。寝心地が全然違うんだ」


 解明できない。


「サトリ先生でも?」


 サトリ・グルッケ。


 世界でもトップクラスであろう、水属性の魔術師である。

 クノンが尊敬してやまない女性である。


 師匠の師匠という、尊敬しない理由がないくらいの人である。

 もちろん実力だって倍以上の差があると思う。


 そんなすごい人が、解明できない、と言う。


 ――クノンとしては。


 それが言えることも、すごいと思うが。


 プライドより、魔術に対する好奇心が勝った結果だから。


 どこまでも研究家で。

 尊敬すべき姿勢だと思う。


「それが本当にわからんのだ。

 具体的に何がどう違うのかがわからん。


 だが確かに寝心地が違う。


 あんたの水ベッドは極上で、あたしら模倣なんてただの柔らかいベッドでしかない。


 だから、もしあんたが商売を辞める気があるなら、もう教えてほしいんだ。

 じっくり解明したい気持ちもあるが、客は待ってくれないからね」


「はあ……あ、でも」


 と、クノンは首を横に動かす。


「む?」


 黙ってサンドイッチを食んでいたジェニエが、顔を向けたクノンに反応する。


「僕、ジェニエ先生に教えてもらったんですけど。

 だから教わるならそこの素敵なメガネレディに頼んだらどうですか?」


「……?」


 ジェニエは首を傾げた。


 話を聞いていなかったのか、何のことだ、と言いたげな顔である。


「……」


 そんな弟子の抜けた顔を見て、サトリは嫌そうに眉を寄せた。





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