挿絵表示切替ボタン
▼配色






▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術師クノンは見えている 作者:南野海風

第十章

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました
322/365

321.潮時かな





 ジェニエに連れられて、サトリの研究室へやってきた。


「――おう、来たか。遠征の成果はどうだった?」


 サトリはテーブルに座って書類を片付けていた。


 机ではなく。

 テーブルに書類を広げていた。


「お久しぶりです、サトリ先生」


 最後に会ったのは、遠征に出るという報告をした時である。


 だいたい一ヵ月。

 それくらいの長期遠征を予定していて。


 主立った人たちにはそれを伝えて、魔術学校を離れたのだ。


「話せないことも多いですけど、話せることもたくさんありますよ。

 いやあ、今日も素敵なあなたに会えましたね。あなたに会えた日はいつだって僕の最高の一日です」


「そうかいそうかい。あたしも同じ気持ちだよ」


 サトリは笑顔で頷く。


 事前に用意していた筆記用具と書類を、向かいの椅子の前に並べながら。


「……後の予定があるので、あまり長くは」


「ほう? あたしより大事な用事かい?」


「そんなわけないですよーあはははははは。……はは」


「そうだろう、そうだろう。

 まあアレだからね、弟子の弟子ならあたしの弟子でもあるからね。雑用くらいは請け負ってほしいもんだね」


「はは。まあ、そうですね」


 クノンは観念して、書類仕事を手伝うことにした。


 サトリの研究の一端、その成果が見られるのだ。

 本来ならお金を払ってもいいくらいの仕事なのである。


 ただ、今はちょっと都合が悪かった。

 帰ってきたばかりで、やらねばならないこともあったから。


 しかし、まあ、なんだ。


 捕まってしまったのだから仕方ない。


「――それじゃ、私は昼食を調達してきますね」


 と、ジェニエは一旦研究室を出て行った。





「先生、先に聞きたいことがあるんですが」


 サトリの向かいに座り、クノンはペンを取る。


 ざっと書面を見て、ニヤニヤする。


 ――やはり面白いことをしている。興味しかない。


 これに夢中になる前に、聞いておかねばならない。


「アイオンという女性を知っていますか?」


「アイオン? ……知らなくはないが」


「探しているんですが、先生の力で会えませんか?」


「無理だね。属性も違うし、接点がまるでないんだ。名を知っているだけだね」


 サトリでもダメらしい。


 聞き込みによる捜索は幅広くやった、とシロトは言っていた。

 だが、色好い返答はなかったという。


 教師陣も例外なく。


 名前は知っているが、それ以上はわからない。

 多くの者がそう答えたそうだ。


「じゃあ、彼女のことを知っていそうな人に心当たりは?」


「わからん」


 サトリは不機嫌そうな難しい顔をする。


「アイオンはグレイ・ルーヴァの直弟子だからね。普段どこで何をしているやら」


「え? グレイ・ルーヴァの直弟子?」


「おや、初耳かい?」


「はい」


 あの世界一の魔女の直弟子。


 噂には聞いていたが、実在するらしい。


「そういえばあんた、クラヴィス先生とは知り合いなんだろう?」


「え? クラヴィス先生ですか? 知ってますけど……あれ? 僕言いましたっけ?」


「噂で聞いた。

 知っているならあの人に聞いてみな。あの人ならたぶん知っているから」


 ――教師クラヴィスも、グレイ・ルーヴァの直弟子である。


 クノンは知らないが。

 古い教師なら、誰もが知っている。


「わかりました。他に当てもないので、クラヴィス先生に聞いてみます」


 クラヴィスなら、だいたいの居所を知っている。


 この書類仕事が終わったら訪ねてみよう、とクノンは思った。





 簡単な会話以降、時折り書類内容の質問をしつつ片付けていると。


「ただいま戻りました」


 ジェニエが戻ってきた。

 サンドイッチを三人分持って。


「昼食にしましょう、先生。クノン君も」


 そんな声を機に、二人はペンを置いた。


「先生、ここの記述ですが――」


「ああ、そこは――」


 書類仕事は止まった。


 しかし、書類内容に関するクノンの質問疑問は、尽きない。


 そして、サトリは丁寧に答える。

 クノンの清書に誤りがあったら、あとから困るから。


「はいはい、二人ともそれくらいにしてください」


 ちょっと話をしただけ。


 そう思っていたのに。

 いつの間にか、お茶の準備まで済んでいた。


 どうやら思った以上に夢中で話をしていたらしい。


「それに先生、例の話は終わったんですか?」


「あぁ? ……あ、そうだった。そうだったね」


 熱心な生徒との話を邪魔されて、若干サトリは苛立ったものの。


 ――そうだった。


 クノンを呼んだ理由は。

 書類仕事をさせるためではなかった。


 それこそ、手伝いなんてそこそこやってくれればよかったのに。


 いつの間にか、クノンと一緒に、自分まで夢中になっていた。


「クノン、ちょっと話がある」


「この書類の六対法水域論の俗説について? 僕はやっぱりこれはどうかと思うなぁ」


「その話はあとで聞く。


 ――それよりあんた、あの睡眠の商売、もうやめないか?」


 発言の内容には、少し驚いた。


 しかし疑問は湧かなかった。


 ――潮時かな。


 クノンが真っ先に思ったのは、それだった。





  • ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いいねをするにはログインしてください。
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。
書籍版『魔術師クノンは見えている』好評発売中!
『魔術師クノンは見えている』1巻書影
詳しくは 【こちら!!】

感想を書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
作品の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ