319.シロト・ロクソンの野望
冬は星空がよく見える。
温かくなるのは、もう少し先。
吐く息は白く、空気は鋭利に尖っている。
夕食時である。
ディラシックの広場には、まだまだ人が多い。
通りすがりの者たち。
待ち合わせをしている男や女。
何かしらの仕事で留まっている者もいるだろうか。
――街灯の傍に佇み、何事かメモを取る男は、
「先生、お待たせしました」
待ち合わせである。
「やあ、シロト」
紙とペンをコートにしまう男。
ロジー・ロクソンは、柔和な笑みを浮かべた。
今日は、月に一度の面会日だ。
造魔学の教師ロジー・ロクソンと。
「調和の派閥」代表シロト・ロクソン。
義理ではあるが、親子である。
「忙しかったかい?」
シロトがやってきたのは、時間ピッタリだった。
遅れてはいない。
だが、いつも時間より早めに来る彼女からすると、少々気になる点である。
「準備に追われていまして……すみません。身体は冷えていませんか?」
「大丈夫だよ。だが、今日は寄り道せず食事にしようか」
「いえ、私は先生の行きたい場所に付き合いますが……」
「忙しいんだろう? 長く拘束はしたくない。
でもせっかく一ヵ月ぶりに娘に会えたのだから、食事はしたいな」
というわけで、今日はさっさとレストランへ向かうことになった。
いつもは少しデートをするのだが。
寄り道して、シャレにならない散財をして、娘に色々買い与えるのだが……。
今日は気を遣ってくれて、早めに解放してくれるらしい。
――正直、シロトも有難かった。
今は準備で忙しい。
もうじきクノンが遠征から帰ってくるのだ。
それまでに、なんとか準備は終わらせておきたい。
「違和感がなくなりましたね」
「ああ。実にいいよ、これは」
ロジーが付き出した肘に、シロトは手を掛ける。
父のエスコートで、二人は歩き出した。
すっかり補助筋帯ベルトに慣れた今。
彼は自前の足でどこへでも行けるようになった。
――ロジーの車いすは、最近は家で埃をかぶっている。
いつものレストランで食事をする。
ここに通うのも長いのだが。
それでも、シロトは未だに戸惑うことがある。
相変わらず高そうな料理ばかり出てくるから。
季節のものから、貴重なものまで。
高級食材を惜しげもなく使っている料理は、きっと。
皿一枚分でも、シロトの一週間の食費くらいはするだろう。
特級クラスだけに、生活費は自分で稼いでいるのだ。
金銭感覚はしっかり身についている。
美味しいけど贅沢すぎる。
それがシロトの、ずっと変わらぬ感想である。
「先生」
近況報告をしつつ、食事も進み。
食後の紅茶が運ばれてきたところで、シロトは言った。
「神花の使用許可が下りました」
「そうか。ついに始めるんだね」
「はい」
シロトは、左手で右腕に触れた。
そこに腕はある。
仮初の右腕だ。
造り物であり、自分のもののようで、そうではない。
しかし――
「魔人の腕を造ります。先生、ご助力をお願いします」
今度の腕は違う。
一生使える、自分の腕になるものだ。
仮初ではなく。
血が通い、神経が通い、脈を打つ腕だ。
ようやくシロトの野望が叶う。
本物の右腕を得る機会が、やってきたのだ。
事前にロジーには話してあった。
ただの造魔の腕ではない、特別な腕を造るのだ。
今のシロトでは、かなりの困難である。
だから助っ人として、ロジーには前以て頼んである。
「わかった。予定を空けておこう」
いよいよだ。
「それで、準備は終わりそうかね?」
「はい、もう少しです」
もう少しで、準備が揃う。
最近はその準備に追われているが。
その甲斐あって、必要な物はだいたい全部集められたと思う。
「そうか。
ではシロト、一つ頼みがあるんだが」
「頼みですか? 何でしょう?」
「魔術学校のどこかにアイオンという者がいる。知っているかね?」
「いえ……」
聞いたことがあるような、ないような。
はっきりしないが。
少なくとも、会ったことはないだろう。
「誰ですか? 在校生ですか? それとも教師?」
「グレイ・ルーヴァの直弟子だね。正式な立場はどうだったかな。教師……では、なかったと思うが。役職はないかもしれない」
「……」
世界一の魔女の直弟子。
大物の名前が出たものだ。
「魔人の腕を造るなら彼女の協力がほしい。その方が安心だ。
私が声を掛けてもいいが……」
「いえ、私が声を掛けます」
――だろうな、という返答だった。
責任感の強い彼女だけに、予想できた返答だ。
これはシロト・ロクソンの開発実験だ。
協力はするが、率先して動くのは彼女であるべきである。
「わかった。では準備を進めたまえ」
クノンが遠征から帰るのは、この夜より三日後だった。