長期化する黒潮大蛇行 過去最長7年目に突入 漁業や気候にも影響 専門家「当面続く」

2023年8月20日 07時30分
 日本の太平洋岸を流れる暖流・黒潮の流路が南に大きく迂回(うかい)する「黒潮大蛇行」が長期化しています。本格観測開始以来の最長記録を更新し続けており、八月で七年目に突入しました。海藻が激減する「磯焼け」をはじめ漁業に大きな影響が出ています。一方で気候との関わりについて研究が進み、関東や東海地方の猛暑など気候との関わりが明らかになってきました。異例の長期化の背景には黒潮の流量が減少していることがありますが、増加に転じる兆しは見えず、大蛇行は当面続きそうです。 (榊原智康)
黒潮大蛇行の今後の見通しについて語る海洋研究開発機構の美山透主任研究員
=横浜市の同機構横浜研究所で

黒潮大蛇行の今後の見通しについて語る海洋研究開発機構の美山透主任研究員 =横浜市の同機構横浜研究所で

 黒潮は巨大な「海の川」といえます。幅は約百キロ、深さは約千メートル。流量は毎秒二千万~五千万トンで、アマゾン川の百倍以上となります。流速は速いところで秒速二メートルを超え、世界で最も強い海流の一つです。
 通常は、九州から関東にかけて日本の南側に沿うように流れています。気象庁は大蛇行と判定する条件を(1)紀伊半島・潮岬(和歌山県)沖付近で安定して離岸している(2)東海沖の最南下点が北緯三二度より南に位置している-ことが一カ月以上続くとしています。
 大蛇行は観測体制が整った一九六五年以降、計六回発生。二〇一七年八月に始まった今回の大蛇行は、一九七五~八〇年にかけての四年八カ月を抜いて過去最長となっています。

◆S字

 海では、風や海底の地形などが原因で大小さまざまな流れの渦ができます。「黒潮の通り道である九州の南東沖で、冷水渦と呼ばれる水温が低い渦と黒潮が出合い、『小蛇行』が起きました。これが大蛇行のきっかけとなりました」と海洋研究開発機構(海洋機構)の美山透主任研究員は説明します。小蛇行は紀伊半島の南約二百キロの海底にある「膠州(こうしゅう)海山」にぶつかって発達し、大蛇行となりました。
 大蛇行は冷水渦を迂回して進みますが、その流路の形は変化します。今回の期間中、当初は最南下点で曲がった後、北東に向かい、その後伊豆諸島の西側を北上するコースが目立ちました。二〇二〇年以降になると、熊野灘から遠州灘付近を「S」の字を描くように北上する形がしばしば見られるようになっています。

◆変化

 水温が高い黒潮の流路の変化は、漁業に大きな影響を与えています。水産研究・教育機構水産資源研究所が茨城から鹿児島までの太平洋側十四都県を対象に実施した調査によると、暖かい海を好むカツオは熊野灘から遠州灘で豊漁になっていますが、房総半島の外房地域や伊豆諸島・八丈島近海で不漁になっています。関東から東海沿岸で豊漁になっているのはカンパチやクロマグロなどで、いずれも暖かい海を好む魚。逆に、渥美半島外海側でヤリイカ、伊豆半島東側でキンメダイ、伊豆諸島近海でクサヤモロなどがとれにくくなっています。
 広い海域で減少しているのがヒジキやワカメ、カジメなどの海藻です。原因として、高水温による生育不良に加え、餌として海藻を好むクロダイなどの魚が増えていることも指摘されています。千葉県の外房・内房や駿河湾、伊豆半島、熊野灘で、「急潮」と呼ばれる突発的な速い流れが発生しています。同研究所の日下彰グループ長は「定置網が破壊され、操業停止に追い込まれるケースも報告されている」と話します。
 影響は漁業だけにとどまりません。東北大の杉本周作准教授(海洋物理学)は二一年に、大蛇行に伴って沿岸の水温が上がり、海側から水蒸気が流れ込むことで関東の夏がさらに蒸し暑くなっているとする論文を発表。コンピューターを使ったシミュレーションでは気温は平年より〇・六度上がり、ほとんどの人が蒸し暑いと感じる「不快日」は六割増えました。また、大蛇行時に東海から関東で大雨になる頻度が増える傾向にあることも分かってきたといいます。
 一方、温かい水は体積が大きく、黒潮が東海から関東の沿岸を通ると、潮位が通常より二〇~三〇センチ程度上がるとされます。杉本准教授は「防災の観点から、東海から関東では大蛇行時には通常より大雨や高潮被害が起きやすくなっていることを理解しておく必要がある」と強調します。

◆予測

 本格的な観測が開始された一九六五年以前も大蛇行は起きていました。紀伊半島の和歌山県串本町の潮位などから発生期間が推定できる中で最も長かったのは、三〇年代に始まったもので期間は約十年に及びました。
 今回の大蛇行はいつまで続くのでしょうか。
 鍵を握るのが、黒潮の流量です。流量が増加すれば、蛇行せずにまっすぐ進みやすくなります。ただ、今は減少傾向が続いています。流量は、北太平洋の偏西風と貿易風の強さと関係があります。これらの風が弱いほど大蛇行が長期化する傾向にありますが、弱いままです。
 スーパーコンピューターを使って黒潮の今後の予測に取り組む海洋機構の美山さんは、風が強くなっても大蛇行に変化が出るまでには半年程度かかるとし「少なくとも年内いっぱいは続きそうだ」とみています。

<黒潮> 東シナ海から北上し、日本の南岸に沿って流れる暖流。九州と奄美大島の間のトカラ海峡から太平洋に入り、房総半島沖から東に流れていく。水温が高く、栄養分が乏しいといった特徴がある。プランクトンが少なく透明度が高いため黒っぽい色(深い藍色)をしていることが名前の由来となっている。


関連キーワード


おすすめ情報

科学の新着

記事一覧