809 クマさん、王都の冒険者ギルドに行く
翌朝、王都にあるクマハウスから出たわたしはマーネさんと待ち合わせの冒険者ギルドに向かう。
王都を歩くと、「くまさん?」「クマ?」と声が聞こえてくる。
クリモニアでは、わたしのことも知られてきたけど、王都ではわたしを知る人なんて数えるほどだ。
そもそも、人口が違う。
地方に住んでいて、たまに東京に来るようなものだ。
全員がわたしのことを知っていたら、それはそれで怖い。
わたしはクマさんフードを深く被り、冒険者ギルドに向かう。
大通りにある冒険者ギルドにやってくる。
マーネさん、来ているかな?
周囲を探すと、冒険者ギルドの入り口にマーネさんがいた。
服装が違ったので、一瞬、誰か分からなかった。
昨日は研究者っぽい私服。今日はマントを付け、旅をする服装だ。
「マーネさん、お待たせ。早いね」
「わたしも、今きたところよ」
なにか、待ち合わせで彼氏が待っていたセリフを吐かれる。
もっとも、わたしには、そんな経験は一度もないけど、実際に言うのかな?
でも、マーネさんを待たせたのは事実だ。
もう少し、早く来ればよかった。
「それじゃ、サーニャに会いに行きましょう」
マーネさんは、わたしが遅れてきたことを気にした様子もなく、冒険者ギルドの中に入っていく。
わたしも後を追いかける。
王都の冒険者ギルドの中は相変わらず人が多い。
「クマだ」
「可愛い」
「あのクマは」
「近づくな」
久しぶりに来たけど、わたしのことを知っている冒険者もいるみたいだ。
「やっぱり、あなたの格好は普通じゃないのね」
それは否定はできないので、反論はできない。
視線を集めるわたしにマーネさんが納得した表情をしている。
クマって単語や視線を向けられるけど、誰も近づいてこない。
そう思っていたら、大きな体の男の冒険者が近づいてきた。
「よう、嬢ちゃん。久しぶりだな」
手をあげて、挨拶をしてくる。
見覚えがある。
「えっと、あなたは、デゼルトの街の……」
砂漠の街、デゼルトの街にあったピラミッドに行くときに、一緒に行ってくれた冒険者だ。
確か……
「ウ、ウラガン」
「今回は名前を覚えていたみたいだな」
前回、フィナの誕生日プレゼントのときに王都に寄ったことがあった。(参考、572話 クマさん、フィナにプレゼントする 王都編 その1より)
そのときにウラガンに再会したけど、名前を覚えていなかった。
「王都にいたんだね」
「ここが本拠地だからな。デゼルトの仕事は金がいいときにしている。嬢ちゃんこそ、王都の冒険者ギルドに来るほうが珍しいだろう」
「ちょっと、仕事でね。防具の方は調子はいい?」
ウラガンが付けている防具は、わたしがお礼と口止め料としてあげた大きなスコルピオンの甲殻で作った防具だ。
「ああ、軽くて動きやすいから体力の消耗も減った。それに強度も高いから俺も含め、仲間たちの怪我も減った」
それなら、よかった。
ちょっとしたことで、命に関わることもある。
怪我をすれば、仲間の足手まといになるし、依頼を途中で断念することにもなる。
あのときは口止め料として渡したけど、役に立っているなら嬉しいものだ。
ウラガンと久しぶりに話をしていると、後ろから赤い防具に包まれた冒険者が近づいてくる。
「クマと聞こえてくれば、やっぱりおまえさんか」
声をかけてきたのは、真っ赤な防具に身を包んだ冒険者。
ウラガンと違って名前が出てこないけど、すぐに冒険者のことは思いだした。
……バカレッド。
バカレッドはフィナのミスリルナイフを作る材料のミスリルを手に入れるために鉱山に行ったときに、出会った冒険者だ。
わたしのことをジェイドさんのペットとかバカにしたので、心の中でバカレッドと呼んでいた。
バカレッドの他に、バカブルー、バカグリーン、バカホワイト、バカブラックの仲間がいる。
それぞれが色がついた防具や武器をもっていたので、そう心の中で呼んでいた。
「なんだ。バーボルド。嬢ちゃんを知っているのか?」
ウラガンがバカレッドの名前を言う。
確か、ジェイドさんも、そんな名前で呼んでいたような。
心の中でバカレッドと呼んでいたから、名前は記憶から消え去っていた。
「ああ、この嬢ちゃんには、俺様の獲物を横取りされたからな」
横取りって、ミスリルゴーレムの討伐を諦めて、酒を飲んでいたでしょう。
翌日になって、ジェイドさんと一緒になって、討伐することになったなんて知らないよ。
「悪いことは言わない。この嬢ちゃんに喧嘩を売らないほうがいいぞ」
「そんなことするかよ。嬢ちゃんの実力は、一応知っているからな。それに、ギルマスからもクマの格好した女に手を出すなと言われているぐらい知っているだろう」
「ああ、後から知ったけどな」
2人がわたしのことで話が盛り上がる。
「あなた、有名人なのね」
わたしたちの様子を見ていたマーネさんがウラガンとバカレッドを見ながら言う。
「たまたま、一緒に仕事をすることがあっただけだよ」
「そうなのね」
わたしは話をしているウラガンとバカレッドをほっといて、受付に向かう。
受付嬢は、わたしが来ると、
「ユナさんですね。今日は、どのようなことで」
と話しかけてきた。
王都の冒険者ギルドでも、騒ぎを起こしたり、解体のイベントでは素材の提供もしたから、わたしのことを知っているのかもしれない。
「えっと、ギルマスのサーニャさんに取り次いでほしいんだけど」
「少々お待ちください」
女性は立ち上がると、奥に行ってしまう。
そして、しばらくして戻ってくると、ギルドマスターの部屋。サーニャさんのいるところに案内してくれる。
「サーニャさん、久しぶり」
「ユナちゃん、いらっしゃい。それから、マーネ?」
「久しぶりね」
「どういう組み合わせ?」
「エレローラから、ユナを護衛として紹介してもらったんだけど。サーニャからも、彼女の話が聞きたいと思って」
「もしかして、西の森の護衛の件?」
「ええ、そうよ。それで、サーニャから見て、彼女の実力はどうなの?」
「そうね」
サーニャさんがわたしを見る。
「一緒にいて、ユナちゃんの格好が気にならないなら、最高の護衛だと思うわ。ユナちゃんほど、強い冒険者はいないし、移動には召喚獣のクマもいる」
「あの黒いクマと白いクマのこと?」
「知っているの?」
「昨日、見せてもらったわ」
「魔物探知もしてくれるし、移動速度も速いから、魔物から逃げることもできる。なにより、柔らかくて気持ちいいわ」
「確かに、柔らかったわね」
「さらに可愛い」
「それは、関係ないでしょう」
「関係あるわよ。何時間も移動するなら癒やしは必要よ」
確かに、サーニャさんの言い分も理解できる。
「もし、汗だくのおじさんの背中と、ユナちゃんのクマに乗るとしたら、どっちに乗るのよ」
マーネさんが数秒、固まる。
嫌な例えだ。
「ごめんなさい。わたしが間違っていたわ」
マーネさんが素直に謝罪する。
もしかして想像したのかもしれない。
汗だくのおじさんは悪くない。でも、くまゆるとくまきゅうと比べたら、わたしだって、くまゆるとくまきゅうを選ぶ。
汗だくのおじさんは悪くないよ。
そんな例題を出したサーニャさんが悪いんだよ。
普通は馬と比べるよね。
「それに、ユナちゃんが護衛してくれれば、快適な家を持っているから夜は安心だし、疲れも取れるわ」
「家?」
「ベッド風呂付きよ」
「ベッド風呂付き?」
「さらには、ユナちゃんの出してくれる食事は美味しい。長い旅になれば、食料問題もあるけど。ユナちゃんなら、その心配もないし。ユナちゃんほどの最高の護衛はいないわ」
そんなに褒められると恥ずかしい。
「ただし、クマの格好しているユナちゃんの隣を歩く恥ずかしさを我慢できればね」
それは、つまり、わたしの隣を歩くのが恥ずかしいってこと?
「王都の外に出れば、それは関係ないから問題はないわ。わたしが求めるのはわたしを守れる実力と、わたしを置いて逃げ出さないことよ。わたしは弱いんだから」
そんなことを自慢気に言うことではないと思うけど。
「ユナちゃんなら、大丈夫だと思うけど。西の森に行くなら、気を付けてね」
「危険なんだよね?」
「奥に行けば、行くほど、危険だと思ってくれればいいわ」
「情報は?」
「基本的に共有はされていないから、ギルドも多くは把握はしてないわ」
「どうして?」
「冒険者にとって情報は命の次に大切なもの。安全ルートを他の冒険者に知られたら、自分のたちの有利が消えるわ」
確かに、冒険者は仲間でもあるけど、ライバルだ。
ゲームだって、自分が見つけたルートは、自分だけのものにしたい。
クリアしてから話すことはあっても、クリア前に話すことはない。
「ユナちゃん、魔物一万のことは覚えている?」
「いきなりなに? 一応覚えているけど」
バカレッドの名前を忘れることはあっても、あのことを忘れることはない。
「あれから、どこから魔物が集められたか調べたんだけど、西の森から連れてこられた可能性が高いことが分かったわ」
魔物を集めるのは簡単なことではない。
「調べたんだ」
「それはそうよ。いきなり、魔物が現れるわけがないんだから」
「そうしたら、西の森から移動した痕跡があったわ」
「でも、よく気付かれずに、王都の近くの森まで連れて来たね」
しかも、人知れずに、あの数をだ。
「まあ、あれだけの魔法を使う人物よ。可能だったんでしょうね」
国王から少しだけ、男の話を聞いた。
昔に城にいた魔法使いが悪いことをして、国王が追放した。
その魔法使いが国王を恨み、魔物を集め、王都を襲おうとしたのが、魔物一万を集めた理由だったらしい。
「あなたたち、さっきから、なにを話しているの?」
わたしとサーニャさんが話していると、意味が分からない様子のマーネさんが尋ねてくる。
「マーネは知らないのね」
「なんのことよ。わたしを除け者にして、2人で分かったように話さないで」
「どこまで話していいのかしら? 国王陛下からは箝口令が敷かれているのよね」
「全部よ」
「いや、無理よ。わたしの口から話せることじゃないから」
「それじゃ、誰の口からなら話せるのよ」
「それは当事者の……」
サーニャさんがわたしに視線を向ける。
マーネさんもサーニャさんの視線を追うようにわたしを見る。
「ユナ?」
「ユナちゃんを守るために国王陛下が敷いた箝口令だから」
「あなた、何者なの?」
マーネさんが不思議そうにわたしを見る。
久しぶりにウラガンとバカレッドの登場です。
またバカレンジャーの話が書きたい。
※申し訳ありません。次回の日曜日か、その次の水曜日をお休みにさせていただきます。
※感想の返信ができず、申し訳ありません。時間が出来次第、再開します。
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書籍20.5巻 2024年5月2日発売しました。(次巻、21巻、作業中)
コミカライズ11巻 2023年12月1日に発売しました。(12巻8月2日発売予定、準備中)
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