デザートにテストはいかが?
「いい加減、デザートが食べたいデスゥ…」
夕食の後に目の前に置かれた箱を見て、実装石が呟いた
翻訳機に表示された実装石の呟きを見て、箱を置いた白衣の男性が笑顔で答える
「箱さえ開けられれば、中のデザートは全部キミの物さ。さ、チャレンジチャレンジ」
同じ翻訳機から機械音声が流れ、実装石はその内容にいぶかしんだ顔を見せる
それでも実装石は渋々、箱を手元に寄せた
「テストの仕掛けはいつもと一緒だ。難しい分、中身は奮発してあるよ」
実装石は箱と一緒に渡された幾つかの道具を
小さな南京錠の鍵穴に差し込もうとしてみるが、どれも正解とは思えない
ガチャガチャと数分のあいだ、試行錯誤してみるが
やはり箱が開く手がかりも掴むことができなかった
「残念、時間切れだ。今日もまたデザートはお預けだね」
そう言って白衣の男は実装石の手から箱と道具を奪うとケージの扉を閉めてしまった
最初にデザートを貰った日から何日が経っただろう
綺麗なケージに栄養を考えられた3食の食事
シャワーを浴びている間に勝手にケージの掃除もしてくれるのは
この場所に来るまでの生活と何も変わらなかったが、ただ一つ不満があった
おやつが一切出ないことだ
ここに来て最初の日に一度貰ったきりで
あの箱を開けない限りおやつやデザートは手に入らなかった
今日こそはと何度も挑戦したが開け方がわからない
空腹ではないものの満たされない欲望に
次第に飢えにも似た焦燥と苛立ちを感じてきていた
数日後、いつものように箱が置かれたが実装石は見向きもしなかった
「あれ?どうしたんだい。今日はやらないのかな?」
「…もういいデス。どうせ開けられないから、もう寝るデス」
白衣の男に背を向けて答えると実装石はそのまま横になってしまった
「そうか。とりあえずまた明日この箱は持ってくるからね。おやすみ」
これまでと違う態度の実装石を男は特に気にかけるでもなく、いつものようにケージを閉めた
男の態度が思っていたより淡白な反応だったのが気になったが
無駄な時間に苛立つこともなくなったことを考えると幾分か楽な気持ちで眠りにつくことができた
それから何日かの間、同じようなやり取りが続けられたが
ある日、いつも夕食のすぐ後に渡される箱がしばらく時間を置いてから実装石に渡された
「デェ…?テストするデスゥ?もう寝ようかと思ってたデス」
「ごめんごめん。今日から中のデザートが変わってね。作るのに少し手間がかかるんだ」
中身が変わった
この言葉に実装石は反応した
もしかしたら、開け方も簡単なものに変わってないだろうか
またどうせ開けられないという考えも当然浮かんできたが
今日こそは開くかもしれないという可能性に沸々とやる気が湧いてきた
「おっ、今日はやる気だね?はい、どうぞ」
スッと手元に寄せられた箱と道具は、以前と何も違いが無いように見えたが
実装石は時間切れになるまで黙々と弄り続けた
そして箱が渡される時間が変わって以降、実装石は箱が開かないことに苛立つことも無く
ひたすらに挑戦し続けた
何度も、何日も
「デギャアアオオ!!!なんでデザート食わせないデスッ!!!」
「箱なんてどうでもいいデズァ!!ワタシをバカにしてるデスゥッ!?」
防音の効いたそれぞれのケージの中で誰にも伝わらない怒声を上げ、実装石たちが暴れている
それを見た白衣姿の人間たちが諦めた様子で話し合っている
「Bのグループはダメだね、こりゃ」
「Aの方はどうでした?」
「食事に混ぜて投薬を始めてからは無力感は改善されてるね。ただ、ちょっとね…」
「なんです?」
「渡された道具がデタラメだって事に、もういい加減気付きそうなもんなのに
ずっと笑顔で箱をこねくり回してるんだよ。前向きなのはいいけどさ…」
「暴れるよりいいでしょう。じゃあ新薬の治験に回すならAで決まりですかね」
「もう少し様子を見ないとなんともね。どちらにせよBはもう入れ替えようか」
そう言いながら白衣の男は持っていた書類の破棄と書かれた項目にチェックを入れた
流行り病のせいで儲かった儲からなくなったという話がいくらでもある世の中
製薬会社もその一つで、こちらは儲かった話の方だ
ウイルス対策の衛生用品なども大いに売れているが、意外にもいわゆる精神薬も売り上げを伸ばした
人付き合いの急激な変化、外出そのものへの忌避、在宅ワークの増加に伴う家庭不和…etc
人に圧し掛かるストレスは様々な方面から押し寄せた
それを好機と捉えた製薬会社は様々な新薬の開発を急いだ
かといってそうそう都合よく臨床試験の数を重ねられるわけでもない
そういった開発現場の悩みを以前から解消してきた存在がいる
人間に近い精神構造をしていて倫理に反することもなく
大量に用意できて、どれだけ副作用で損害を出しても誰も文句を言わない存在
人間社会での嫌われ者、実装石である
「いつか箱が開くデス。あきらめないデス。はやくデザートが食べたいデスゥ♪」
やがてAグループと呼ばれた実装石たちも、その役目を終えた
ケージに備えられた“ガス”と書かれたボタンが押され、警告灯が回転する
目に見えない炭酸ガスがそれぞれのケージに充満していくのが実装石たちの様子でわかる
「デ…デ?なにか、変デ……?」
急激に意識を失い、床に突っ伏したまま身動きしなくなった
これだけでは生命力の強い実装石を完全な死に至らしめることはできないが
処分場に運ぶのに余計な手間がかかることは無い
ガスの排気も済み、特に問題も起こらず仮死に至った実装石たちを回収するためケージの扉が開く
「うっ…?」
遺骸と眼が合ってしまった白衣の男が思わず声を上げた
「やれやれ…。これもダメだな。Bとは別の効き目がありすぎる」
確実に仮死しているはずの実装石の、その眼から希望に満ちた輝きは失せていなかった
どの実装石もまるで喜んで死を受け入れ、来世に期待しているような眼であった
<いつかシアワセになるデス。あきらめないデス。はやく生まれ変わりたいデスゥ♪>
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