感想に勇者が湧いてて笑いました。
そして、遂に今回で─────?
外ではまだ雨が降っている。窓の近くにいるからか、雨音が微かに耳に届いてくる。ソファの背凭れに寄りかかりながら、俺は周囲を見回した。
今、俺はとある場所のとある部屋の中にいる。雨が凌げる場所があるという星野の言葉を信じ、雨に濡れながらやってきた場所がここだった。
古めかしくもなく、丁寧かつ清潔に掃除されている事が見受けられる室内には、綺麗にセッティングされた大きめの
天井からはシャンデリアを模した照明が吊るされており、室内を明るく照らしている。
「ビジネスホテル─────にしては、部屋が豪華だよな」
ここまで言えば、今俺がどこにいるのか察しがつくだろう。
星野が連れて来た場所は、とあるホテルの一室だった。
そう、ホテルだ。ホテルなのだが─────色々と違和感がある。
その一つというのが、今俺が言った通り、やけに部屋が豪華だという事だ。
建物自体は普通のビジネスホテルに見えたのだが、部屋は明らかにビジネスホテルのそれじゃない。
違和感はそれだけじゃない。
何しろ、チェックインからこの部屋に入るまで、従業員を見なかった事も気になる。
チェックインは機械を操作して行い、初めはそういうホテルもあるのかと思い掛けたが、どう考えてもおかしい。
料金の計算方法だってそうだ。一泊、二泊の単位ではなく、ここのホテルは一時間単位で料金が加算されていくシステムだった。
…いや、現実逃避はもうやめよう。
こういった俗世に疎い俺でも、流石に分かる。
「ラブホじゃねぇか。あいつ、何てとこに連れてきやがる」
こんな所に来たなんて親父に知られたら大目玉だぞ。最悪学園、仕事以外の外出がしばらく禁じられる可能性だってある。
マジで護衛を付けないで良かった。出掛ける前の俺、ナイスすぎる。
因みに、俺をここに連れて来た張本人は今、シャワーを浴びている。
ここに来るまでに俺も星野も濡れたし、まずは体を洗おうという事になり、順番を俺が譲ってやった。
「…」
雨音もそうだが、あいつが浴びているシャワーの音もここまで聞こえてくる。
今、星野がこの部屋のシャワールームにいる。
神に愛されたと言っても過言ではない容姿を誇る星野が、生まれたままの姿で─────
─────ガンッ!
額を正面のテーブルに叩きつけ、たった今湧いた思考を全て切り捨てる。
危うく、星野の裸を想像する所だった。
状況が状況だし、俺だって十五歳バリバリ思春期の男子だ。
興味がない訳じゃない─────が、俺の
星野にそういった感情を
「はぁ───────」
意識を切り替え、小さく息を吐いたその時、シャワーの音が止み、扉が開く音がする。
続いて聞こえてくるのは足音と、何かが擦れる音。
…色々ツッコミどころがあるこの部屋だが、真っ先に思い浮かんだのはこれだ。
今いる俺のスペースと、星野がいる風呂のスペースを区切る扉が存在しない。
区切るものが無いから、濡れた体を拭いているであろう星野の動きによって生じる音が、ダイレクトに俺へと届いてくる。
というかだ。
俺が背を向けているから見えていないが、普通に今いる場所からシャワールームが見える構造になっている。
何でだよ─────ラブホだから、なのか…?
それが良いから世のカップルはラブホに泊まる、のか…?
わ、分からない…。
「総司ー、上がったよー」
「お、おう。なら次は─────っ」
服を着終えた星野が声を掛けてくる。
自然と俺の口からは、
しかし、入るのか?俺が?この丸見えの風呂に?
戸惑い言葉が詰まり、そして俺は振り返った先で更なる衝撃的な光景を目にして固まった。
当然だ。何しろ、星野の服は雨に濡れてしまったのだから。濡れた服なんて、俺だって着たくはない。
だから、
そう言い聞かせ、無理やり我を取り戻す。
「総司も入ったらー?」
俺が動揺した事に気付いたか否か、どちらか分からないが、星野はバスローブ姿のままこちらに歩み寄りながら尋ねてくる。
…確かに、体は濡れて気持ち悪いし、服も乾かしたい。
だがあの風呂に入るのはどうしても抵抗がある。せめて体を拭いて着替えたい所だが、この服から着替えるものが今、星野が着ているのと同じバスローブしかない。
バスローブを着るのか?俺が?…嫌すぎる。
「…着替えてくる」
嫌すぎるが、このままじゃ風邪を引く。かといって、あの風呂に入るのだけは絶対に避けたい。
何が悲しくて、星野に見られながらシャワーを浴びねばならんのだ。
仕方なしに俺は、クローゼットの中から一着バスローブを取り出し、トイレの中で着替える事にする。
流石にトイレにはちゃんと扉がついていた。それでも、生きるか死ぬかに等しい葛藤の末の決断だ。
何だって俺はこんな目に遭う?日頃の行いはそこまで悪くない筈なのに。神は何故、俺にこんな仕打ちをかけてくるんだ。
「シャワー浴びればいいのに」
「死んでも御免だ」
星野の声が微かに震えている。その震えが、笑いを堪えている事によるものだと、あいつを見なくても分かった。
トイレへと向かう俺を見ながら、今あいつは笑っている。
屈辱だ。これまで生きて来た十六年間の中で、今俺は最も強い屈辱を味わっている。
「どうしてくれようか」
屈辱、屈辱、屈辱、屈辱。
星野に対してどうやって報復してやろうかと、
いや、本当にどうしてくれよう。これもそれも全部星野のせいだ。あいつに何か仕返しをしてやらなければ気が済まない。
ずっと、あいつに財布扱いされても切れる事がなかった堪忍袋の緒が、遂にここで切れた。
この際、星野を俺に屈服させなければなるまい。どちらの立場が上か、教え込まなければ。
「…」
着替えた俺は今の格好を見下ろし、ふと我に返る。
バスローブ姿の男が、女に対して屈服させようと思考を働かせる。
字面が完全にアウトじゃねぇか。駄目だろう、これは。
だからといって、このまま何も意趣返しをしないのはどうしても気が収まらない。
「おっ。おかえりー」
「お前は何て格好をしている!?」
それならば─────と固まりつつあった思考が、目の前に飛び込んで来た星野の格好に吹き飛んでいく。
ベッドに飛び込んだのだろうか、微かに開けた胸元と、捲れた箇所から覗く白く眩しい足。
長く艶やかな黒髪を広げた星野がそこに横たわっていた。
「何て格好って、横になってるだけだけど?」
「そうじゃないだろ!?い、いや、横になってるだけなのはそうだが─────あああああああ…っ!」
「おー。こんなに取り乱す総司は初めて見た」
上半身を起こしながら呑気に言いやがる星野を睨みながら、濡れた衣服を干してから乱暴にソファに腰を下ろす。
「こっちに来ないの?このベッド、総司のベッド程じゃないけど柔らかいよ?」
「いい。…思惑通り取り乱す俺を見るのは楽しいか?」
からかい混じりの笑みを浮かべていた星野の顔が、一瞬にして固まる。
確信はなく、カマかけただけだったが─────どうやら当たりだったらしい。
ただ、もしここまで全てがこいつの筋書きだったとしたら大したものだ。
今日の天気が一日の途中で雨が降るのではなく、一日ずっと雨だったとしたら俺は間違いなく外出を断っていた。
かといって、逆に天気が良くてもこの場所に俺を連れ込む口実が立たなくなる。
この筋書きを実行に移すには大前提として、
それだけではなく、食事に行く場所、その後に俺と一緒に遊びに行く場所、それらを総括して
言葉にすれば簡単に思えるが、難易度はかなり高い。更に、自分で言うのもあれだが誘導する相手が俺だ。もし、誘導途中で急な仕事が入ればアウト。運に左右される要素も大きい。
「そうだね。今の総司も結構新鮮かも」
「そうかい」
固まっていた星野の表情が和らぎ、微笑みながら俺を見て言う。
その台詞に微かな悔しさを覚えつつ、俺は星野から視線を逸らした。
こいつの掌で踊らされていた。だというのに、俺はそんな象がアリに倒されたに等しい驚天動地の敗北に対して、
それ以上に、今のこいつから目を逸らしたかった。
だって、これ以上こいつと目を合わせていたら、
「でもね。それ以上に私、結構悔しいんだよ?」
「は…?何を言って─────」
すぐ傍に気配を感じ、視線を上げたその直後。
顔の左右を何かが横切る。気付いた時には、すぐ鼻の先に星野の顔があった。
「だって、総司のすぐ手が出せる所に無防備な私がいるっていうのに、何もしてくれないじゃん」
先程横切ったのが星野の両手だったのだと気付いたのは、今、俺は星野に壁ドンされているのだと自覚してからだった。
「見ようと思えば見れたのに、私の裸も一切見てくれないしさ」
「お前、シャワー浴びながらこっちの様子見てたのか」
「見てたよ。当たり前じゃん」
何が当たり前なのかさっぱり分からなかった。
というかこいつ、今の口振りだとまるで─────
「あまり思わせぶりな事を言うな。まるで俺に抱かれたいみたいだろ」
「まるで、じゃなくて事実その通りだよ」
「───────」
今日だけでこいつに驚かされるのは何度目だろう。しかもその中でもダントツで、今の台詞に心臓が跳ね上がった。
「ねぇ総司。こんな私でも、直接言葉で言うのは恥ずかしかったんだ。だから、こんな回りくどい方法で、もし総司が私の気持ちに気付いてくれたらなって。それであわよくば、襲ってくれたらいいなー、なんて思ってたけど…。総司にはそれじゃダメなんだよね?」
こいつは、何を言っている?
いや─────何を言おうとしている?
四宮家の中で戦い、研ぎ澄まされた俺自身が警鐘を鳴らす。
それと同時に、とっくに捨てたと思っていたもう一人の俺がごみ箱から顔を覗かせて、力づくでも星野を止めようとする
その微かな硬直が、星野の言葉を続けさせる空白となる。
「好きだよ。愛してる」
至近距離で、今まで見た星野の─────いや、誰のものよりも綺麗だと思える笑顔を向けられながら、俺は星野から愛の言葉を向けられた。
「…好き、大好き」
俺に言葉を囁いてから一瞬、笑顔を解き、だけど何故か嬉しそうに表情を綻ばせながら星野は愛の言葉を繰り返した。
「やっぱり…。総司、嘘じゃないよ」
「…あぁ」
「私、今、生まれて初めて心の底から好きだって、愛してるって言えてるよ」
「分かってる」
ずっと、星野は
嘘を本物にしたくて、嘘を叫び続けてきた。
そんな星野の気持ちを、初め俺は笑った。
だって、そうだろう?嘘を本当にしたいなんて、そんな面白い矛盾笑わずにはいられなかった。
それを分かっていてなお、足掻くこいつの末路を見てやりたくて、俺は苺プロへの投資を決めたのだ。
それがこんな事になるなんて─────これっぽっちも考えていなかった。
…分かるさ。お前の嘘なんて、俺には簡単に見抜ける。
今の言葉に嘘がない事だって、聞くだけで分かる。
「…総司。今の私の気持ち、分かる?ずっと欲しかったものが手に入った今の私の気持ち、分かる?」
「…嬉しくないのか?」
「嬉しいよ。…嬉しいけど、それ以上に怖い」
欲しかった愛の感情を手に入れた星野は、その嬉しさよりも怖いのだという。
その理由を俺が尋ねるよりも早く、星野は口を開いた。
「総司に拒絶されるのが怖い」
ふと気付く。
星野の瞳の中でいつも瞬いていた星のような輝きが、黒く霞んでいるように見えた。
「私はずっと、総司の事情も何も考えないで、振り回し続けた。今日も、この気持ちが抑えられなくて…伝えたいが為に、同じ事をした」
「星野」
「我が儘で、馬鹿で、空気読めなくて…。だから、皆にも嫌われるんだって分かってたのに、私は大好きな総司に同じ事をし続けた」
「星野」
「総司。私、総司に嫌われたくない。今までずっと、あんな事をしてきたのに今更だけど…私─────「もういい」─────」
星野の瞳が揺らいでいた。
さっきまではあんなに嬉しそうに綻んでいた顔が、悲しく歪んでいた。
弾んでいた声も震え、星野の目から零れ落ちそうになるそれを見た瞬間、俺は星野の体を引き寄せていた。
軽い衝撃が胸に当たる。
あんなに歌って、踊って、動き回り続けていた星野の体は、驚くほどに細かった。
こんなに細くて小さな体で、こいつは頑張り続けてたのか。
…俺はこいつに、
「そう、じ─────」
「俺はお前を嫌いになんかならない。…何度かムカついたし、何度か縁を切るべきか本気で悩んだ事もあったけど」
「総司?」
さっきまで震えていた筈の星野の声が据わった気がしたが、構わず続ける。
「でも、お前を嫌いだって本気で思った事はなかったよ。多分、これからも」
「…それって、私の事が好きだって事?」
「─────」
嫌いではない。そうは言ったが、いざ好きなのかと問われると…どうなんだ?
「分からん」
「分からないって」
「分からんものは分からん。誰かを本気で好きになった事なんてないし…、かぐやに対する家族愛は別として」
かぐやの事は好きだ。だが、こいつが求めているのはかぐやに対する好きとはまた別の意味のものだ。
そして、その好きを星野に対して抱いているのかと問われれば、正直な話、分からない。
好きだと言うのは簡単だ。俺の中で、星野へ好きだって言う事に抵抗は全くない。
ただ、それを心の底から、本心で言えるのか?俺の中で疑問符が浮かぶ。
「…それ、物凄くもやもやするんだけど」
「仕方ないだろ。分からないっていうのが今の俺の本音だ」
「納得いかない!それもう、私が好きって事なんじゃないの!?」
「…そう、なのか?」
「私に聞かれても分かんないよ!」
キレられても困る。いや、こいつがキレるのも分かるが。
「だけど、納得してほしい。俺がこの気持ちに向き合って、答えが出るまで待ってくれないか?」
誠心誠意を込めて、俺は初めてかぐや以外の相手に
ずっと他人に命令ばかりしてきた俺が、お願いをするなんて─────と、ほんの少し新鮮な気持ちを味わいながら、俺は星野からの返答を待─────
「やだ、待てない」
つ間もなく、呆気なく拒否された。
「おい」
「無理です、待てません。私の総司に対する愛が溢れすぎててもう駄目です。ちゃんと責任取ってもらいます」
「そう言われても…おい、待て。お前、俺をどこへ引っ張ろうとしてる」
「ベッド」
星野が俺の腕の中から抜け出したかと思えば、俺の手を握ってぐいぐいと引っ張る。
その先は、こいつがたった今言った一言が答えだ。
「待て待て。冷静になれ。勢いで物事を成そうとするな。お前は獣畜生じゃなく人間なんだ。頭を働かせろ、もっと良い解決案が見つかる」
「そんな事してたら総司への愛が器から零れ落ちちゃうよ!」
「お前の器小さじ一杯分しかないんじゃねぇの?」
「私の器は太平洋サイズだよ!」
星野に力一杯引っ張られ、力づくで振り払う訳にもいかず、遂にベッドの傍まで連れていかれる。
星野は俺の手をしっかり握りしめたまま、体を投げ出しベッドに倒れ込む。
俺もまたベッドに引き込まれ、意図せぬまま星野を押し倒す体勢へと変わる。
見下ろす俺の視線と、見上げる星野の視線が絡まり合い、両者何も言わぬまま静寂の時間が流れる。
「あのさ」
「ん?」
「俺も、思春期の男子なんだよね」
「十五歳だもんね。知ってるよ?」
「こんな事されたら、いよいよ我慢も限界なんだけど」
俺だって男だ。
とんでもなく可愛くてスタイルも良くて、それに加えてこの上なく好きだと気持ちを直球に向けられ続けたら、俺だって我慢の限界を迎えてしまう。
「いいよ」
俺の最後通告を受けた星野から、何の迷いもない一言が返って来た。
「総司の好きなように、私をメチャクチャにして」
続いた星野の言葉に、完全に理性の糸が切れた。
俺は、星野に覆いかぶさり、勢いのまま彼女の既に殆ど開け切っていったバスローブに手を掛け、体を重ねた。
流石の総司でも耐えられませんでした。
多分、二十歳越えてたら耐えてたんじゃないかな?という作者の勝手な想像。