今までと比べたら短いです。
早いもので、俺が苺プロダクションのCEOとなって二ヶ月が経った。
苺プロダクションの経営は、まあ絶好調とは言いづらいが、それなりに軌道に乗りつつあるといったくらいか。
B小町もカミキもそれなりに頑張ってるし、その結果はしっかりと売り上げに繋がっている。
特にB小町に関しては、結果が出始めるのはまだまだ先の事だろうと予想していたのだが、良い意味で当てが外れた。活動方針を変えた事で落ちていた売り上げが、今はかなり持ち直してきている。
このペースでいく事ができれば、来年には以前の売り上げに追いつけるだろう。そう簡単にはいかないだろうが…。
「…まあ、分かってた事だが」
外は照り付ける日差しで気温が上がり、さぞ暑くなっている事だろう。冷房ガンガンな俺の部屋には関係ない事だが。
部屋のデスクに載っているのは、七枚の資料。B小町メンバーそれぞれが、今後どうなっていきたいかが記されている。
勿論、前置きとして
「やっぱ、このままアイドル活動をしたいって奴は
歌手、役者、モデル。いずれはこうなりたい、という彼女達の思いが記された資料を見ながら、大きく息を吐く。
このままアイドルを続けたい、と考えるメンバーは居なかった。
しかし、それもそうだろう。アイドルなんて短命な職業、何十年も続けようと考える方がどだい可笑しな話だ。どこかで区切りをつけて、出来る事なら円満に卒業し、別の道を探る方が自然だ。
「…その辺はいずれ、だな」
とはいえ、もう少し先の話だ。まずはB小町の一員としてしっかり事務所の売り上げに貢献して貰わねば。彼女らが希望した道だって、あの世界の中で燻ってしまえば叶わぬ夢となる。
真に臨むものが芸能界にあるのであれば、まずはB小町のメンバーとして上を目指す。それが、何よりの近道だ。
まあ、その話はすでにしてはいるが─────
「…」
不意に鳴り響くは、ダースベイ〇ーのテーマ。音が鳴る方に目を向ければ、ちかちかと光を発する携帯電話。
俺は着信音は全く弄っておらず、全て初期設定のままだ。
「…ただいまこの電話は電源が入っていないか、電波が届かない所にあるから通話を切れ」
『電話出てるじゃん』
電話を取り、通話に出れば思った通りの相手の声が聞こえて来た。
『総司、今日お休みでしょ?どこか行かない?』
「…待て。行く行かないの話よりもまず、何故俺が今日休みなのを知っている?」
何度も言っているが俺は忙しい。世間ではまず休日であろう日曜日、祝日も俺には関係ない。
だからといって、一週間毎日仕事という訳ではなく、必ず週に一日は休みが入る。どの曜日に入るかは決まっていないが。
だからこそ分からない。俺だって、前の週になるまでどの曜日になるか分からない休みの日を、何故
『だって総司、休みの前日にうちの事務所に来る事が多いでしょ?佐藤社長に聞いたら昨日来てたって言ってたから、今日はお休みじゃないかなって思って』
「怖ぇよ、ストーカーか」
恐怖を感じた。こいつは
『失礼な!総司は毎日忙しいから、休日くらいは外に出して息抜きしてもらおうっていう私の思い遣りだよ?』
「で、最後は俺の金で美味い飯にありつこうってか」
『…てへ?』
「切るぞ」
スピーカーを耳から離し、親指でボタンに触れる。
『あー、待って待って待って!嘘です、冗談です、そんな事微塵も思ってないからぁっ!!』
ボタンを押す前に聞こえてくるのは星野の叫び声。
その声に、微かな
「あのさ、今日夕方から雨だから外出たくないんだが」
『それ遅くなるまでに止むって予報じゃん…。それなら、雨降るまでに帰ろうよ。それなら私にご飯奢らずに済むし、いいでしょ?』
「…俺に飯を集らない、だと?お前、星野じゃないな?」
『私が言えた事じゃないのは自覚してるけど、その台詞は流石に失礼だと私は思います』
本当にこいつが言えた事じゃないな、とは口には出さず、デスクに置かれた時計を見て今の時刻を確認する。
「…昼はカニでいいか」
『っ─────うんっ!』
ご馳走にありつけるのがそこまで嬉しいか。聞こえてくる声だけで、今、星野が満面の笑みを浮かべているであろう事が伝わってくる。
それに対して俺は大きな溜め息を吐いてから、今から準備すると告げてから電話を切る。
さて、準備といってもするのは着替えくらいのものだが。
流石にTシャツとジャージで赤坂まで行ける程、俺の肝は据わっていない。
クローゼットを開き、白い七分袖のシャツとゆったりとした黒いワイドパンツを出す。今日は35℃になるとか言ってたし、これで良いだろ。
すぐに今着ている服から取り出した服へと着替え、引き出しの中から腕時計を取り身に着ける。
最後に傘を持っていくかを数秒悩み、雨が降る前に帰るつもりだし、いらないと結論付けて傘は持たない事にする。
財布と携帯を持って、部屋を出る。
「出掛ける。夕方までには戻るつもりだ」
「護衛は」
「いらん。ただ、迎えを頼むかもしれないから、念のためいつでも車で出られる様にはしておけ」
「かしこまりました」
部屋の前で待機していた赤木に声を掛けてからその場から離れる。
廊下を歩き、玄関へとやって来たが、そこにはすでに先客がいた。
「あ」
「あ、って何だよ」
買い物にでも行っていたのか、何かが入ったビニール袋を持ったそいつは俺の姿を見ると表情を固まらせ、小さく声を漏らした。
「い、いえ。お出掛けですか?」
「あぁ。
「えぇ、まぁ…」
どうにも早坂の歯切れが悪い。
何か俺に疚しい事でもあるのか。それにしては、じろじろと俺の事を見ているが─────何なんだ。
「…不躾ですが、総司様。一体どこに、誰とお出掛けになるのですか?」
「…俺がどこに誰と出掛けようと、お前に関係があるのか?」
「答えられない場所に、答えられない相手とお出掛けになられるのでしょうか」
「…」
こいつ─────。
事実、場所はともかく相手に関しては気安く言えるものじゃないから困る。が、こいつにならいいか?
口の堅さは
「前、ここに泊めた奴がいただろ。そいつと飯に行ってくる」
「…あの、総司様がお姫様抱っこで連れて来た女の子、ですか?」
「あぁ。もういいだろ、行ってくる」
これ以上は何も言って来ない早坂の横を通り抜け、扉を開けて外へ出る。
…最後に見た早坂の顔が死んでいたような気がしたが、気のせいだろう。気にしない方が良い気がする。
何も見なかった事にした俺は、そのまま庭を通り抜けて敷地外へと出る。
星野と会ってから何度も通って来た道を行き、何度も使った駅から目的地を目指す。
その途中で星野から駅に着いたとメールが来て、改札口で合流しようと返信を返す。
着くのが早すぎる。俺が承諾する前から行ける準備が出来てたな、あの野郎。
心の中で毒を吐きつつ、俺も目的の駅に到着し、電車を降りて改札口へ。
「総司!」
すでに先に着いていた星野が、人混みの中から俺を見つけて手を振る。
この人混みの中からよく見つけたな、と感心しながら星野と合流。
「さて、行こうか!」
「おい。逃げないからその手を離せ」
「やだー。いいじゃん、このまま行こうよ」
「お前は自分が芸能人である事を自覚しろ。あと、方向が逆だ」
星野の足が止まり、逆方向へと俺達は足を向ける。なお、星野の手が離される事はなかった。
駅前のタクシー乗り場までそのまま行き、そこで捕まえたタクシーで目的の店へ向かう。星野の手がようやく離れたのは、タクシーに乗り込んでからだった。
運転手に店の名前を伝えると、すぐに車が発進する。
「いやぁ~、楽しみだなぁ。前に食べたカニとどっちが美味しいだろ」
「知らん。俺も今日初めて行く」
「そうなの?」
いつも星野を連れて行っている店は、必ず一度でも俺が足を運んでいた場所だが、今日行く所はそうじゃない。
星野もそれは知っていたから、俺が初めて行く場所だと聞くと驚き、目を丸くする。
「流石にネタが切れた」
「アッハッハッハ」
「…そんだけお前に連れ回されたって事だぞ。少しは罪悪感を覚えろ」
呑気に笑う星野を睨みつける。そうすると当然、今の星野の格好が視界に映る。
いつもの事だが、俺と出掛ける時の星野は必ず地味な服装だ。斉藤から徹底的に教育されているんだろう、これも変装の一環だ。
しかしそれでもなお、星野の容姿に陰りは見えず、その輝きは抑えられない。現に、タクシー運転手の若めの男が、ルームミラーを通してちらちらと星野を覗き見ている。
─────本当、外見は良いんだよな。かぐやの次に。
性格はともかく、外見は良い。かぐやには負けるが。そこは譲れない。俺の中での一番は、
「どうしたの?」
「いや。その服似合ってるって思ってな」
見られている事に気付いた星野に言ってやる。
俺としては、その地味な格好がお前にはお似合いだという意味合いを込めた皮肉だったのだが─────
「そう、かな?…えへへ」
星野は嬉しそうに、蕩ける様な笑顔を浮かべた。
…何故?
「チッ」
あと、運転手が直後に舌打ちをした。
聞こえてるぞコラ。何でだよ。
そうこうしている内に目的の店へと着く。
降り際に、星野が今度は腕を組んできて、離せと言っても離れず、更に運転手からまたもや舌打ちが聞こえてくるという。
何で俺は休みの日にこんな目に遭っているんだ。断って部屋で大人しくしてれば良かったと、早くも小さく後悔の念が湧いてくる。
だがそれも、カニを食べれば一瞬にして霧散した。だって美味いんだもん。
特にカニ飯が美味かった。米が苦手の星野も
うん、決めた。次の帝との模試の賭けはここにしよう。絶対に次勝って、帝にここのカニを奢って貰おう。
カニは本当に美味かった。個室があったから静かに過ごせ─────は出来なかったけど、星野のせいで。
でも、帝と来た時は静かに食べられる事だろう。あいつは騒がしくはないし。
腹一杯食べ終わり、店の外に出た時には昼の時刻をとっくに過ぎて、三時に差し掛かろうとしていた。
夕方から雨の予報だし、降り出す前に帰るつもりだったから、星野にもう帰ろうと声を掛けたのだが─────
『もうちょっと!もうちょっと、買い物に付き合ってほしいんだけど!』
初めは断った。だが、付き合ってくれないと帰りは別れるまでずっと腕を組んで歩くと脅され、屈する事となった。
近くの服屋に入り、始まったのは小さなファッションショー。
これはどう?これはどう?これは?これは?と、様々な服装を見せられる事になり、俺は無の境地で『いいんじゃね』と返事をし続けた。
だが一つだけ、
少し悔しさを覚えたのは秘密だ。
「おい」
買い物も終わり、良い時間となって流石に帰ろうと外へと出た俺と星野。
タクシーを探しつつ、駅の方向へと歩いていた俺達だったが、現在その足を止め、コンビニ前のスペースで休んでいた。
「俺は雨が降る前に帰りたいって言ったよな」
「はい」
「ここに来る前に帰ろうとも言ったよな」
「はい」
「雨、降ってきたんだが」
「ごめんなさい」
理由は、雨が降ってきたから。予報よりも少し早い雨だが、それでもここに来る前に帰っていれば避けられた。せめて駅周辺まで行っていれば、濡れずに自力で帰れたものを。
「…迎え呼ぶか」
「─────」
俺が呟いたその時、星野の表情が微かに変わった気がした。それを俺は気に留めず、携帯を取り出して赤木に電話を掛けようとした。
「ねぇ、総司」
この時、表情が変わった星野に感じた違和感を流さず、どうしたのかと尋ねていたらどうなっていただろう。
「私、近くに雨が止むまで休める丁度いい場所を知ってるんだけど─────」
もし天気予報で、この雨がそう時間が掛からない内に止むものじゃなく、明日まで降り続けるものだと言っていたなら、どうなっていただろう。
後の俺と星野は、この時の出来事を笑い話として親しい友人には話をする事となる。
だが、今の俺にそんな事を知る由もないし、今の俺にとっては色んな事を大きく揺るがす出来事が起きようとしていた。
「行く?」
星野は吸い込まれそうになる瞳の星を強く輝かせながら、俺にそう問い掛けるのだった。
早坂は多分、部屋に戻ってから総司の行動を思いながら脳が壊されていくと思う。それで、雨が降っても帰ってこないから更に想像を加速させて更に脳が壊されていくと思う。
なお総司君はアイにどこかへ連れていかれる模様。早坂もあいなのに、この差は何なんだ(笑)。