捨て仔実装

男が店に着いたのは開店1時間前、9時頃の事だった。
市内では一軒きりの実装専門ペットショップが男の店だ。
県道に面した小さな店だが、実装類がペットとして認知されるにしたがって売り上げを徐々に伸ばしている。

よく晴れた天気に機嫌を良くして鼻歌を歌っていた男だが、シャッターの前にダンボールが置いてあるのを見て嫌な予感が脳裏をかすめる。
この店を開いてから今までに何度か有った事だ。

蓋を閉ざし、上面をガムテープで簡単に止めてある。
空気穴らしき穴が開いているのを見て、男の不安は確信に変わった。

「やれやれ・・・いくらウチが実装類専門のペットショップだからって、自分の所でもてあました実装を押し付けられても困るんだよな・・・」

ガムテープを引きちぎって蓋を開けると、中で二匹の仔実装石が眠っていた。
ぼろタオルの上で幸せそうに惰眠をむさぼる仔実装石。
箱の隅にはプラスチックの小皿があり、中にはクッキーか何かの欠片。

まぶしさに目を覚ましたのか、少し大きい方の仔実装石が寝返りを打って目を開けた。
自分の置かれている状況がわかっていないのか、不思議そうに男の方を見上げている。
もう一匹はまだ完全に目が覚めていないのだろう、目をこすりながら何かつぶやいていた。

男は仔実装達に現状認識してもらう事にする。
寝起きの仔実装に笑いかけながら話しかけた。

「よぉ、お前らご主人様に捨てられたぞ。わかる?」

男を見つめる仔実装の顔色が、少し青ざめるのがわかった。


店頭に捨て仔実装を置きっぱなしにしてはおけない。
捨てられた事を理解し、ショックで泣き出す少し小さい仔と、その事を薄々感じていたのか慰めるようにしている少し大きい方の仔。
ダンボールを抱え上げ、2匹とも店内に入れる。

通常、捨て実装石は即刻処分している。
捨て実装や野良実装をペットとして売るのは店の評判に響く上、商品を卸してくれるブリーダーとのトラブルにもなり、ペット用実装石の価値を瓦解させる。

この姉妹は生後2週間程度、もう固形物を口に出来るほど成長している。
余裕があれば里親募集の張り紙を出しても構わないのだが、感染症や衛生面での検査もされておらず伝染病の予防接種も受けていない仔を店の商品達と一緒にしておくのははばかられる。

手早く首をひねって生ゴミに出そう、そう考えた男が仔実装をつかみ出そうとして、箱の中に手紙が入っているのを見つけた。

「大きい方はお姉ちゃんでテテといいます
 小さい子が妹のチュチュです」
幼い筆跡で、ピンク色のキャラクター物の便箋に書かれたメッセージ。

「勝手にお店の前に捨てて申し訳ありません
 可愛がってくれる人にあげてください」
その下に添えられた、硬筆の一文。

男のこめかみに血管が浮き上がってくる。
ペットショップを経営するくらいだ、この男も人並み以上に動物が好きだ。
実装類の販売を商売に選んだのは、商売事で動物の命を扱えば色々とやりきれない事もあるが、実装類に対してはさほど良心の呵責を感じないからであった。

それでも、無責任にペットの運命を放棄する態度には許しがたい物を感じている。
何より、商売事でしている事と慈善事業を混同されている事が耐えられなかった。

「・・・かわいがってくれる人・・・ね、いいだろう・・・」

男の目が剣呑な輝きを湛える。
事務所の物置から工具箱を取り出し、ペンチのような物を用意した。
金属製の環を布や革製品にはめ込むための工具、ハトメだ。

「おい、テテ」
妹の背中をなで、慰めるようにしている姉仔実装がこちらを向く。
ピンセットでその左耳をつかみ持ち上げる。
不安に怯え、痛みに涙し、泣き声を上げてもがく仔実装。
それら一切を無視して耳にハトメを打ち込む。

耳は毛細血管や神経が集中している、そこをゴツい金具で打ち抜かれたのだから痛くないはずが無い。
パンツから糞があふれるほど漏らしながら泣いている。
しきりに左耳に手を伸ばそうとしているが、手が短い仔実装の身体では傷口に届かない。
届いても金属製のハトメを実装石がはずせる訳が無いが。

「チュチュ」
泣いている姉の横で、涙目で姉を覗き込む妹実装を呼ぶ。
ビクッと身体を震わせ、泣き笑いのような表情でこちらを振り向く妹実装。
その右耳をつまんで持ち上げる。
小便を漏らしながら泣き出す妹実装の右耳に、ハトメを押し当てた。


姉妹にハトメを付け終えた。
傷付いた耳から血を流し、抱き合ってすすり泣く二匹。
見るからに仲の良さそうな光景に、男の心の奥で黒い物が鎌首をもたげる。

「・・・そうだな、あれが使えるか・・・」
事務机から鋏を取り出し、仔実装達の服を切り裂いていく。
痛みに怯え、鋏の音に恐怖し、糞尿を漏らして抵抗する仔実装を押さえつけ、確実に手早く服を取り去る。

頭巾を残して裸に剥かれ、不安げに抱き合う姉妹をバックヤード内の懲罰槽に放り込む。

懲罰槽はその名の通り、粗相をした実装を放り込んで罰を与えるための物。
コンクリートで出来た流し台を流用した物で、充分な深さがあり、どれだけ汚してもそのまま水洗いできる。
蓋を閉じて放置したり、もっと直接的な手段を用いたりするのが基本の使い方だ。

仔実装を一匹ずつつかみ上げ、耳のハトメに懲罰槽の外に置いてある機械から伸びたコードをつなぐ。

冷たいコンクリートの中に降ろされ、姉妹は互いに触れ合おうとする。
だが、手と手が触れた瞬間
「テピェッ!?」「テチュァ!!」
弾かれたように転がる二匹。

耳のコードはある機械・・・低周波治療器に繋がっている。
低周波治療器とはいっても人間用の物とは違う。
実装石の躾に使用する為に改造が施されているカスタム品で、家庭用コンセントから電源を取れる上に通常の機器に施されている遮断装置を外してある為、恒常的に刺激を与え続ける事が出来る。

この姉妹はどんなにお互いを頼りにしようと、絶対に触れ合うことが出来なくなったのだ。
幾度か電気ショックを浴び、ようやく触れあうと電撃が襲う事を理解した二匹に声を掛ける。

「ところでお前らは今日からウチの仔になったわけだが」
「テ?」「テチュ?」
情けないマヌケ面で見上げる二匹。
「お前らに新しい名前をやるよ。テテ、お前は今日から「ゴミ」だ。チュチュ、お前は今日から「クズ」な」
「「・・・・・・」」
「捨てられた仔実装にはお似合いの名前だろう?ゴミクズ、呼ばれても返事しなかったら折檻だから覚えておけよ」

開店準備のため店内に戻る男の背中に、仔実装たちの泣き声が当たって散った。


この仔実装たちにとって「捨てられる」のは初めての事ではない。
野良実装の仔として生まれた彼女たちだったが、産みの親は初めての出産と育児で疲れ果てていた。
餌を与え、安全を確保し、教育を施す、それらの負担によるリスクと仔に対する愛情・・・本能的な保護欲とでも言う物を天秤にかける。
なまじ賢い親だったのが災いしたのだろう。
親は本能に克ってしまった。

雨の日、彼女たち姉妹はダンボールごと公園の外に置き去りにされた。
立ち去る親に助けを求めたが、返ってきたのは

「お前たちは捨てるデス、勝手に生きればいいデス」
無常な言葉だけだった。

6匹いた姉妹は寄り添い、互いの体温で暖を取りながら助けの手を待った。
自分たちを愛し慈しんでくれる親が戻って来るのを。
しかし彼女たちのもとに訪れたのは、腹を空かせた野良実装石だった。
次々と食われていく姉妹。
もしそこに「小さいニンゲン」が来なかったら、この2匹も助からなかっただろう。

母親はついに助けに戻ってはくれなかった。
だが「小さいニンゲン」が、生き残った彼女達を拾ってくれた。
物置の中ではあったが雨風をしのげる場所に寝床が置かれ、ふわふわでいい匂いのするタオルを布団代わりにもらった。
生まれて初めて美味しい物を満腹するまで与えられ、「特別な名前」まで与えられた。
「大きいニンゲン」が物置の異変に気付き、2匹を捨てるまでの4日ほどの間、仔実装たちは幸せの絶頂で過ごした。

故に二匹は誤解していた。

「捨てられて辛い思いをする事」と「拾われて幸せな思いをする事」がセットになっていると。
今は痛くて寒くて下が固いしお腹も空いてる。
だが、今の辛さを我慢したらきっともっと良い暮らしが待ってると。

「小さいニンゲン」からもらった、甘くておいしいかたまりの事を思い出しながら、二匹は冷たい床の上でまどろむ。
もう二度と、暖かな黄金期が訪れる事が無いのも知らずに。


「おい、ゴミ、クズ。エサだ、起きろ」
懲罰槽に男の声が響いた。
「テチュン・・・」「テチ〜」
朝、2匹が拾われてから数時間が経過していた。
ついいつもの習慣で姉妹の感覚を確かめようとして触れてしまい、電気ショックを受けもんどりうつ。
「テピィィ!!」「チャァァ!」

「元気な連中だな・・・ゴミ、来い」
男の声に気付いているのかいないのか、姉実装は電撃で痺れた手先をペロペロと一心に舐めている。
「・・・クズ、こっちを向け」
妹実装は尻を高く上げた四つんばいの格好ですすり泣きしている。

「・・・・・・呼ばれたら」
耳のハトメに伸びるコードを掴み
「返事をしろと」
徐々に吊り上げ
「言ったよな?」
ぶらぶらと振り回す。
耳に全体重が掛かり、激しい痛みに耐えかね泣き出す。

「食前の折檻だ」
アメリカンクラッカーの要領で、二匹を打ち付ける。
ペタン、ペタン、ペッタン、ペッタン、ペッチン、ペッチン
「「テ!テピ!テチョ!テェェッ!テチィィ!!」」
体がぶつかる度に襲う電気ショック、耳に掛かる体重、叩きつけられる鈍痛。
全てが仔実装たちを苛んでいた。

息も絶え絶えになった二匹だが外傷自体はそれほどでもない。
懲罰槽に戻されしばし泣きじゃくっていたが、男がアルミホイルに載せたエサを床に置くと鼻をひくつかせて目で追った。
「ゴミ、クズ」
「「テチュ・・・」」
「エサだ、食え。早い者勝ちだぞ」
「テチィ・・・テチャアア!?」「テテ、テ!?テチュゥ!!」

突進した二匹だが、エサの載るアルミホイルに乗った瞬間通電する。
ショックでひっくり返るクズと、手を押えてうずくまるゴミ。
何が起こったのか正確に理解できていないなが、ただでは食事にありつくことが出来そうも無いことを知った二匹は呆然とエサを眺めるのだった。


うずくまって痛みに耐える二匹だったが、間近で嗅いでしまったエサの香りに惹き付けられれば恐怖より食欲が勝ってしまう。
よだれを垂らしながらエサに釘付けになっている。
アルミホイルに載っているのは缶詰の仔実装離乳食「テチュンプレミアム・エクストラゴールド缶」の試供品だ。

「・・・とろける舌触りのお肉と14種類のお野菜エキスが絶妙に配分された、仔実装ちゃんに最適な栄養バランスの実装フードです。実装香成分配合で食欲の無い仔実装ちゃんでも飛びつく美味しさ!・・・か」
横書きを読み上げながら冷ややかに二匹を見る。

「その銀色に二匹一緒に触ると痛くなるんだ。一匹だけ乗れば痛くないぞ」
その言葉を聞いておずおずとアルミホイルに触れるゴミ(姉)

「テチ?テ・・・テッチ!」
安全を確認するやエサに突進してかぶりつく。
「テッチィ〜〜〜〜ン♪」
「そうかそうか、旨いだろうなあ。なにしろ実装フードの中でも最高級グレードの代物、愛護派セレブ御用達の逸品だからな」

一心不乱にむしゃぶりつく姉に、クズ(妹)は気が気でない。

「テチィ?テチュチュ?テチュウ〜〜ン?」
血を分けた姉に対して媚びポーズをとりながら、しきりにアピールする。
ゴミの食べているフードをスプーンに少量擦り付けて、クズの鼻先に塗りつけた。
クズは鼻をひくつかせ、舌を伸ばして舐め取る。
「テッチュゥ〜〜〜〜ン♪」
舌に広がる極上の旨味に、痛みも寒さも忘れ一瞬で桃源郷の心持ちになるクズ。

これが味気ない固形フードだったら、姉も妹の分を確保する頭が回っただろう。
しかし、提供されたエサは実装石の理性を破壊するのが目的のような味付けを施された極上の実装フードだ。
理性が無いも同然の仔実装にとって、食事を途中で止めることは不可能だ。

「テチュ!テチュッチュン!」
見る見るうちにエサが減って行きクズが抗議するが、ゴミはもはや聞いていない。
己の食欲を満たすことしか頭に無くなっている姉に、クズが切れた。
「テチ!テチュア!テビャアアアアアアアアアア!」

アルミホイルに触れば電撃が襲う事を忘れたのか、それとも痛みに対する恐怖に怒りが勝ったのか。
クズはアルミホイルに飛び乗り、電撃で奇妙にギクシャクした踊りを見せた。
ホイルにべったり座り込んでエサに貪り付いていたゴミもまた、吐瀉物と糞尿を撒き散らして転げまわる。
二匹が電撃から自由になったのは、けいれんした挙句ホイルから二匹揃って落ちたためだった。

冷たいコンクリートの上で悶える二匹の目に、今までに無い光が宿っていた。


息も絶え絶えになりながら互いに睨み合いを続ける仔実装二匹。
男はそれに満足そうな視線を向け、懲罰槽に一番安く味気無いドライフードをばら撒く。
二匹を仲違いさせる疑心暗鬼、その第一歩を踏み込ませたと男は思っていた。
だが、仔実装たちの中に芽生えているのはもっと深刻な物であるという事を知る由も無い。

翌日。

懲罰槽を覗いた男が見た物は、コードを体中に巻きつけけいれんする二匹だった。
どれほどの時間通電していたのか、熱を持ったコードや金具、互いの体が触れている部分が低温火傷を負って爛れている。

二匹にとって「捨てられて辛い思いをする事」と「拾われて幸せな思いをする事」はセットなのだ。

捨てられた。幸せな名前を奪われた。寒く、冷たく、熱く、痛かった。
今の辛さを我慢すればもっと良い暮らしが、以前より暖かい寝床、以前より快適な暮らし、何よりあの「一番美味しい物」。
それらが待っていると信じきっている。

それなのに「一番美味しい物」をお腹一杯食べる事ができない。
なぜだ?
姉が、妹がいるからだ。
かつて「辛い思い」をした中に、姉妹を失った事が含まれていたのを二匹とも忘れてはいなかった。
幸せが巡ってこないのは、姉妹が減るという不幸が含まれていないからだ。

前提の欠落した理論が仔実装を突き動かした。
互いに食事を邪魔された事の恨み、現状に対する苛立ちもその背を押す。
暗闇の中手探りで襲い掛かり、電気ショックの痛みにたじろいではまた跳びかかる。
揉み合う内にコードが絡み合い、身動きが取れない事に気が付いた時にはもう遅すぎた。
その半身を低温で数時間に渡って蒸し上げられ、もはやこのままでは死を待つのみだった。

2週間が経った。

実装ショップの前を行きつ戻りつ中をちらちらと窺う少女の影。
営業スマイルで声を掛けると、おずおずと店内に入ってきた。
「すいません、あの・・・里親募集の実装石の仔ってどれですか・・・?」
「ああ、捨て仔の事?ちょっと体壊してるから奥に寝かせてるんだけど・・・見ない方がいいと思うよ」
「あ、あの、もしかしてそれって2週間くらい前にお店の前に捨てられてたんじゃないですか?」
男の目の奥に、ちらりと嬉しそうな光が踊る。
「いや〜、2週間前?そのときは捨て仔は見なかったよ。今の仔は4日前に店の前に捨てられてた仔達でね・・・」
「?」
言いよどむ男に小首をかしげて先を促す少女。

「いや・・・君は虐待派って知ってる?実装石を虐めるのが好きな人達の事なんだけど、そういう人達に捨てられたらしいんだよね。名前はテテチュチュだ、って書いてあったけど・・・見る?あんまりお勧めしないけど」
息を呑む少女。

「み・・・見せて・・・ください」
「そう?・・・じゃあちょっと待っててね」

男が段ボール箱を持って戻って来た。
「ああ、ああああ・・・」
覗き込み、口元を押さえ、何かを堪える少女。
その箱の中には仔実装がいた。
だがこれは何匹と言えばいいのか。
加熱され、壊死した部分を切り落とされた二匹は互いの足りない部分を補う為に縫い合わされている。
今や「一身」同体となり、切り離されればおそらく互いに死を待つのみであろう。
にもかかわらず、未だに互いの存在を認めず、己の幸せと相手の命を交換しようと醜く相争う。
おそらくはこの少女が拾い、可愛がり、捨て去ったであろう実装石たちの末路がこれであった。

男は少し離れた所からその光景を眺める。

「・・・どうする?その仔実装・・・拾ってあげるかい?」

—終—

引用元:実装石スクアップローダー (pgw.jp)