五話くらいで終わる予定だったけど、見通しが甘すぎた。多分十話くらいになる。
という事で、短編から連載に変更。そして、この話を投稿するにあたってタグを変更しています。
理由は、この話を読んで頂ければ分かると思います。
時が流れるのは早いもので、一年が始まってからもう四か月が経った。世間ではゴールデンウィークが始まり、今頃行楽地は大いに賑わいを見せているのだろう。
だからといって、俺には全くもって関係はないのだが。旅行なんてするつもりはないし、休みの日は静かに過ごして疲れを取りたいというスタイルだ。
…ここ数年はそんなスタイルとはかけ離れた休日を過ごしてきたがな。休日なのに逆に疲れる、なんて事だって多かった。
それを考えたら、俺の体は本当に頑張ってるな。大丈夫だ、今日は多分ちゃんと休めると思うから。
「あら、総司。休みの日に家にいるなんて珍しいわね」
部屋でコーヒーを飲みながら読書なんてして、俺好みの静かな時間を堪能していると、ノックもなしに部屋の扉が開かれる。
そこから現れるのは、俺の姿を見とめて驚いた顔をする我が妹、かぐやだった。
「ノックぐらいしたらどうだ」
「居るとは思わなかったもの。貴方、休みの日は必ずといっていいほど出掛けてるじゃない」
睨みの視線を利かせながら冷たく文句を言うが、かぐやは全く堪えた様子もなく言い返してくる。
「…言っていい、じゃなくてその通りだよ」
その台詞に軽い訂正を入れながら、妹から外出大好きアウトドア人間認定されていた事実に、大きく溜息を吐いた。
「その本、読みたかったのだけど」
「あ?今俺が読んでんだから我慢しろ」
「まだ読みかけなのよ。続きが気になって仕方ないわ」
「やっぱりページが開いた形跡あったのはお前のせいか」
この本を読むために棚から取り出した時、俺は違和感を覚えた。この本を買ってからまだ読んだ事がないにも関わらず、ページが開かれた跡があったのだ。
瞬時に俺の脳内で犯人が一人に絞られる。今目の前にいるかぐやだ。
俺が居ない間に勝手に部屋に入り、本をくすねるなんて愚行を犯すのはこいつしかいない。
かぐやの次に俺との距離が近い、近侍の早坂という可能性も一瞬浮かんだが、あいつはメイドである以上、俺に向けるべき最低限の礼儀というのは心得ている。
「仕方ないじゃない。貴方が居ないのだから、確認のしようがなかったもの」
「そこは引き下がれ阿呆が。勝手に他人の部屋に入って他人の物を勝手に持っていくな、この四宮が」
「最後の一言、少しぐさりと来たわ。でも、貴方も
言いながら、本棚から一冊の本を取り出し、デスクの椅子を引いて腰を下ろしてかぐやも読書をし始めた。
だから─────と口を突いて出そうになった声を抑え、またも溜息を吐いてから視線をページに落とす。
生まれた時からの付き合いなんだ。何を言ったって無駄だという事くらい分かり切っている。それならば、無駄な事にいつまでも付き合わず、自分がしたい事に時間を割くのが建設的だろう。
「でも本当に珍しいわね。今日は何も予定を作らなかったの?」
そうして沈黙が流れて数分程だろうか?不意にかぐやが口を開いて尋ねてきた。視線を上げてかぐやの方を見ると、かぐやは俺に背を向けたまま読書を続けている。
それならと俺も視線を戻し、かぐやの方を見ないまま口を開いた。
「別に今までも外に出る予定を作ってた訳じゃない」
「…意味が分からないのだけれど。予定が無いのに外出していたの?」
「予定はあった。俺が意図せず入って来たものだけどな」
何かが擦れる音がした。目だけを動かして見れば、怪訝の表情を浮かべたかぐやが体をこちらに向けていた。
「さっぱり分からない」
「そんな気にする事じゃない」
「貴方の言い方が興味を引くのよ。言いなさい」
勝手に興味を持っているのはかぐやの方だというのに、まるで俺が悪いみたいに言いやがって。
しかし、適当にぼかして誤魔化せばいいだろ。まさかアイドルと二人で会ってるとか他言出来ないし、第一信じられないだろうし。
「知り合いと食事に行ったりしてるんだよ」
「え─────」
星野との事を伝えないままかぐやを納得させる答え方として選んだ返答を口にする。
すると、かぐやは大きく目を見開き、口を半開きにさせて何故か絶句している。
「貴方、一緒に食事に行く友人がいたの…?」
絶句したかぐやが、絞り出すようにそう言った。
俺はカチン、とした。
「お前にだけは言われたくない。言っとくが、今言った知り合いの事じゃないが、友人くらい
「なん、ですって…?」
失礼な奴め。
身内の中でもほんの一部しか知らない、大っぴらには付き合えない、かなり縛られた友人関係ではあるが、気軽に話し合える友人が
「かぐやには居るのか?…居ないよな。休みの日も早坂とばっかりいるの知ってるのに、聞いてすまんな」
「…喧しいわね。人間の気分を害するしか出来ない音。まるで蚊の羽音ね、叩き潰してしまおうかしら」
かぐやの瞳の中で、どろりと闇が波打つ。相当キレてるらしいけど、初めに煽って来たのはこいつだからな。悪いのは全部こいつ。
煽って良いのは煽られる覚悟がある奴だけなんだよ。覚えておけ、妹よ。
「「─────」」
ゆらり、と覚束ない足取りでかぐやがこちらへ近づこうとしたその時、甲高い電子音が鳴り響く。
近くのテーブルに並べていた三台のケータイ。その内の一台が、ちかちかと光を発しながら着信音を鳴らしていた。
ケータイを開き、画面に映された相手の名前を見て、かぐやに目配せする。
いくらかの正気を取り戻したかぐやと視線を交わすと、俺の意図を察したかぐやが静かに頷くと、黙って俺の部屋から出ていく。
かぐやの足音がしっかりと離れていったのを確認してから、未だに着信音を鳴らすケータイの通話を繋げる。
「はい」
『お世話になっております。苺プロダクションの斉藤です。…四宮総司さんのお電話でお間違えありませんか』
スピーカーから聞こえてくるのは、緊張が入り混じった男の声による名乗りと俺が出たかどうかの確認。
「そうですが。どうかしましたか、斉藤さん」
質問に対して肯定で答えた後に、早急に用件を尋ねる。
電話を掛けてきたのは、星野が所属する事務所、苺プロの社長である斉藤壱護だった。
『その…、総司さんにご相談したい事がありまして。よろしいでしょうか』
「内容によりますね。お話だけは聞かせてもらいましょう」
そうして、斉藤の口から語られたのは、苺プロの内部状況だった。
現在、苺プロはアイドルグループ【B小町】を前面に押し出して何とか黒字を保っている現状。更に詳細に語れば、
だから、会社は大きく星野を売り出す。星野をどんどん押し出していき、星野の人気と会社の利益を稼いでいく。今の苺プロのスタイルはワンマンスタイルといって良いだろう。
星野がソロアイドルだったならば、それでどんどん売り出していけば良かった。
しかし、星野は【B小町】という
才能というものは時として残酷だ。一身にファンの注目を浴びる一方で、嫉妬という黒い感情を生み出す。
斉藤からの相談内容は正にそれだった。他のメンバーから、星野を贔屓しているという不満が上がっているという。
『現状、会社はアイの活躍で保っている現状です。でも、他のメンバーからの不満を無視する訳にもいきません』
だろうな、と斉藤の言葉を聞きながら、内心呟く。
二十年前ならばいざ知らず、現状ソロアイドルとして活躍している者はほぼ存在していない。
ここで、それならグループを解散して星野アイをソロでデビューさせよう、なんて試みようものなら、流石のあいつでも才能は埋もれ、駄目になるだろう。
そうなれば、星野の活躍で保っているも同然の会社がどうなるかなど、想像するまでもない。
倒産、破産、待ったなしだ。
「それじゃあ、そろそろ本題に入りましょうか。相談とは何です?」
返ってくる答えは分かり切っているのだが、一応尋ねてやれば、通話の向こうで斉藤の呼吸が一瞬止まったのが聞き取れた。
数秒、沈黙が流れた後に、斉藤の声がスピーカーから流れる。
『この現状をどうにかしたい。…アドバイスを頂けないか、と考えた次第です』
「…」
やはりか、という失望を隠さず俺は大きく息を吐いた後、口を開いた。
「斉藤さん。俺が投資を決めた際の契約について、覚えていますか?」
『…会社の経営については口出ししない』
「そうです。それも、この条件は貴方から言い出した事だ」
あの時は、
「俺は、
『っ─────!それでも!』
息を呑んだ斉藤に畳み掛けるように言葉を重ねると、突然大声が上がる。
スピーカーからは何かが倒れる音もした。恐らく、立ち上がった時の勢いで椅子が倒れたか。
『俺は確かにアイに夢を見た!でも、だからってあいつらをどうでも良いなんて思った事は一度たりともないんです!』
「散々贔屓をしておきながら?可笑しな話だ」
『まずはアイを前面に押し出すことでB小町の存在を世間に認知させ、その人気を確実なものとする形で築き上げていく。そうなれば自然と、他のメンバーにも注目が集まってみんな等しく人気も上がっていく。俺は、そう見積もって考えていたんです』
「無理ですね。あんな売り方をしても、上がるのは
斉藤からの返答はない。スピーカーの向こう側が沈黙した所で、俺は更に続ける。
「貴方はよくライブの付き添いに行っているそうですが、気付かなかったのですか?俺はライブの映像を見るだけで気付きましたよ。客が呼ぶのは、
これに対しての返答もない。それなら、まだまだ続けさせてもらおう。
「ハッキリ言わせてもらいます。貴方は経営者としての才能が皆無だ。何しろ、大きな輝きに目が眩み、守るべき社員を見ようとすらしていなかったのだから」
『そんな、ことは─────』
「ない、と?本気でそう思うなら、今ここでそう言ってみてほしいものですね」
か細く、斉藤が俺の言葉を否定しようとしたが、途中で途切れる。というより、途切れさせたと言った方が正しいか。
しかし、俺が割り込んでからも
「…条件があります」
『え…?』
「え、じゃなくて。相談に乗ってほしいのでしょう?」
『あ…え、えぇっ!?良いんですか!?』
「何を驚いているんですか。貴方から持ち掛けてきたくせに」
散々好き放題言ってきたが、別に斉藤を─────苺プロダクションを見捨てるつもりは俺にはない。
面倒臭いとは思っているし、本当にここで俺が介入する価値があるのか、甚だ疑問ではあるが…ここで見捨てたら、流石に後味が悪いし、何より
『それで、条件とは…?』
「あぁ、簡単な話です。四宮の傘下に入ってください。正確には、俺の…ですけど」
『…え?』
「その上で、俺が考えるこれからの方針について今から伝えます。…言っとくが、ある意味これまでアンタがとってきた方針とは真逆だからな」
斉藤の話を聞く限り、苺プロダクションは少ないながらの黒字は出しているが、その状態も恐らくそう
このままでは近い内に内部から崩壊していくだろう。目下優先すべきは
その方法は至って単純、星野の贔屓具合を軽くする。
贔屓自体をなくすつもりはない。何しろ、何度も繰り返すが苺プロは星野の活躍で保っているようなものだからだ。
そして、他のメンバーもその事だけは分かっている、と思いたい。そこら辺は実際に話してみないと分からないから、近い内に会社に赴いて直接話してみるつもりだ。
『しかし、そうなると会社が…』
「分かってるよ。他メンバーの意識を変えていくには長い時間が要る。だがこの会社にはその為の時間がない」
斉藤に言われるまでもない。
星野への好感度を高めるとはいかずとも、内部崩壊を確実に回避するだけでも相当の時間を恐らく要する。
自分から提示してきた条件を破って俺に縋るまでに焦っている斉藤からの話を聞かされる限り、それ程までB小町は追い込まれているのが分かる。
「…何でそこまで酷くなるまで放って置いた」
『返す言葉もございません』
「だがまあ、策がない事はない。かなり強引な手だが」
『おぉっ!?』
そう。苺プロを倒産させず、且つB小町をグループとして売れるまで保たせる方法はある。
「それが出来るくらい稼げるタレントを呼べばいい」
至極単純。現状の苺プロでそれが出来ないのなら、
『そ、それは…。申し訳ないのですが、うちにそんな資金は─────』
「苺プロは四宮の傘下に入るんだ。そのくらい俺が何とかしてやる」
『そ、総司様…っ』
「その声きもいから止めろ」
三十代のオッサンのうっとりボイスとか寒気しかしないから止めて欲しい。あと、その声で様付けするのも止めて欲しい。
この一瞬で、苺プロに関しての事を全て投げ出そうかと本気で思ったから、頼む。
『しかし、うちなんかに来てくれるタレントなんているんですかね?』
「…」
言っちゃ悪いが、苺プロは弱小事務所だ。もし、どこかの大手の事務所が仮に星野を欲しがったとして、本腰を入れて苺プロを潰しにかかったとしよう。
四宮の傘下に入っていない苺プロであれば、何の抵抗も出来ずあっという間に飲み込まれるだろう。社長はこいつだし、間違いない。
そんな不安定な弱小事務所に来てくれる、優秀なタレントなんて─────心当たりが一人いるんだよな。多分、俺が口説きに掛かれば、それなりの確率で来てくれそうなのが。
だがなぁ─────うーん…。
いや、今は選り好みなんてしている余裕はない。確かに色んな意味で危険を感じるが、
「一人、思い当たるのがいる」
『マジですか!?』
「交渉の為の時間を少しくれ。コンタクトを取るのにも時間が要りそうだし。それよりも先に、B小町メンバーとまず話がしたい。これから空いてる日付を言ってくから、都合の良い日をそっちで選べ」
『わ、分かりました!』
星野と出会う前は、芸能プロダクションの経営に関わるなんて思いもしなかった。
だがまあ、芸能界なんてこんな機会でもなければ関わる事なんて滅多にないだろうし、貴重な経験だと思う事とする。
次の日、俺は親父から許可を貰い、正式に苺プロダクションは四宮傘下の会社と相成った。
そしてこれは始まりでもあった。
俺の運命を大きく変える、あの出来事の切っ掛けとなるのである。
勿論この時の俺は、そんな事など知る由もない。
という事で、前半だけですがかぐや様の登場でした。
多分、完結までにもう一回か二回くらいか、出番があると思われます。
そして、総司が苺プロダクションの経営に関わる事になりました。
どうなるんだろう?(すっとぼけ)