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魔術師クノンは見えている 作者:南野海風

第十章

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316.前夜





 来た時以来ではなかろうか。


「――皆、帰り支度は済んだかな?」


 夕食のテーブルには、全員が揃っていた。


 クノンと、同期であるレイエス、ハンク、リーヤ。

 準教師セイフィ、造魔学の兄弟子カイユ。


 それからレイエスの侍女兼護衛フィレアとジルニ。


 そして、開拓地の者たち。


 領主代行を務めるミリカ。

 王宮魔術師レーシャ。

 文官ワーナーと、騎士ダリオとラヴィエルト。


 今日は、開拓地で過ごす最後の夜だ。

 明日の朝、ディラシックへ帰る予定となっている。


「行く先が違う人もいるから、この場で言わせてもらうね。


 約一ヵ月、僕の用事に付き合ってくれてありがとう。とても助かったよ」


 クノンは言った。

 いつもの、主に女性に対する軽薄さが嘘のように。


 実に誠実な声だった。


「ありがとうございました」


 と、ミリカも続ける。


「皆さんのおかげで、この地は住みやすくなりました。細かい雑事から大きな仕事まで、皆さんの尽力に感謝します。

 この先、近くに来られた時などはぜひお立ち寄りください。歓迎いたします」


 この地の責任者として、そんな発言もあったが。


 それ以外は、特に何もなく。

 非常に穏やかに、最後の夕食の時間は過ぎていった。





「ミリカ様」


 デザートが終わり席を立つレイエスは、皆と談笑するミリカに歩み寄る。


「はい?」


「何か?」とミリカが促すと、彼女は言った。


「私は社交辞令が判断できないので、はっきり教えてください。

 先の言葉を信じて、本当にまた来てもいいですか?」


 先の言葉。

 一瞬どれのことか、と迷ったミリカは――社交辞令という言葉で察した。


 ――近くに来られた時などはぜひお立ち寄りください、のことだろう。


「ぜひ来てください。私はレイエス様を待っていますよ」


 ならば答えは一つだ。


 社交辞令どころか。

 むしろレイエスには絶対また来てほしいと思っている。


 ここに来た当初。

 歓迎して抱きしめたあの時。


 あの時は間違ったが、今では間違いではなくなったと思っている。


 聖女レイエス。

 彼女は抱いて歓迎したい人となった。本気で。


「本当に来ても構いませんか?」


「あなたのために温室のスペースを空けておきましょう。それが答えです」


 ――温室のスペースを空けておく。


 レイエスにとっては、これ以上ない誘い文句だった。


「承知しました。いずれまた会いましょう」


 温室と実利。

 うまい野菜、光る種。


 感情が乏しいレイエスと、この地を育てる義務を負うミリカ。


 ――これほど情以外で成り立つ関係も、珍しいかもしれない。


 表向きは、一見仲が良さそうにも見えるのだが。


「クノン。事前に話していた通り、私たちは明日から別行動です」


「あ、うん。また魔術学校で会おうね」


「はい。失礼します」


 レイエスは一礼し、侍女たちを連れて食堂を後にした。


 彼女らは、聖教国セントランスに数日滞在する予定である。


 まっすぐディラシックに帰るクノンらとは別行動だ。


「俺ももう休むかな」


 同じく別行動となるカイユが立ち上がる。


 そんなレイエス、カイユを筆頭に。

 一つずつ椅子が空いてゆき。


 最後には、クノンとミリカだけが残った。


 食器も片付けられて、使用人もいない。

 

 二人きりとなり。

 クノンが立ち上がることで、静寂は破られた。


「――星空を見に行きませんか? 僕のお姫様」


「――はい」


 差し出されたクノンの手を、ミリカは躊躇うことなく取る。


「まあ僕は見えませんけどね。でもまあ仮に見るなら星空よりミリカ様を見ていたいし、見るべきでしょうね。いやむしろ自然と目が離せない状態になってしまうかもしれない。僕を惑わせる美しいお姫様、もっと僕を惑わせてほしいな。見えないけど」


「ええ、はい、とりあえず私か星空を見に行きましょうね」


 残りの時間を惜しむようにして、連れ立って屋敷を出た。





 夜の開拓地を歩く。

 誰もいない、まだまだ造りかけの集落。


 この一ヵ月。

 時々こうして歩いていた。


 手を繋いで歩くだけ。

 だが、それでも立派なデートだった。


 吹く風は冷たい。

 でも、繋いだ手が温かい。


 それだけでクノンもミリカも満足していたのだ。


「またしばらく会えなくなりますね」


 ただ、それも今日までだ。


「そうですね」


 別れたくはないが。

 しかし、二人とも、思ったより穏やかでいられた。


「正直、私はクノン君が魔術学校を卒業するまで、会えないと思っていました。私がディラシックへ行ったのも、特別な用事があったからですから。


 ――もう、こちらのことは気にしなくていいですからね。


 クノン君はクノン君のやるべきことをしっかりやって、それから帰ってきてください」


「……」


 ミリカの言葉に、クノンは何も返せなかった。


 気にしなくていい。

 そう言われても、気になるのだから仕方ない。


 だが。


 あまり気にするのは、よくないことだと思う。

 それはちゃんとわかっている。


 ましてや頻繁にここに来る、というのもよくないだろう。


 ミリカの言う通りだ。

 クノンが今やるべきことは、開拓地での作業ではない。


 魔術学校で学ぶこと。


 それが最優先である――と、クノンもわかっている。


 だが、それでも気になるのだ。

 好きな女性のことを気にしないでいられないのだ。


 どうしても気になるから、今ここでこうして歩いているのだ。


「……もっといろんな置き土産を残したかったな」


 開拓作業は、思った以上に進んでいた。

 ここでクノンができることは、あまりなかった。


 きっとこのまま残っても同じことだし。

 何度来ても同じだろう。


「充分残したと思いますよ」


「そうですか? ……そうでしょうか?」


 次に見る時は、もっと開拓は進んでいるはずだ。


 もはやクノンの意思意向に関係なく。


 それはそれでいいと思う。

 仕方ないとも思う。


 ミリカが優秀だから開拓が進む、という証明でもあると思う。


 ただ――将来自分の領地になる、という実感が、あまりにもなさすぎるだけで。


 ……いや。


「そう、ですね」


 クノンは考えた。


 開拓はこのままミリカに任せればいいのかも、と。


 開拓地の状況は理解した。

 レーシャやダリオといった、優秀な協力者がいることも確認した。


 思ったより困窮していなかった。

 いいじゃないか。

 腐る理由がないじゃないか。

 

 ミリカに苦労してほしいわけではない。

 そこに文句をつける理由なんて、ないじゃないか。


 開拓は、任せればいい。


 そこからの発展は、クノンがやるから。

 学校を卒業して帰ってきてから、自分でやるから。


 だから。


 今はミリカを信じて、任せればいい。

 気にしながら、心配しながら。


 それでも信じればいい。


 そう、割り切ろう。


「ミリカ様、この開拓地をよろしくお願いします。

 困ったことがあったらいつでも連絡してください。飛んできますから」


「はい。クノン君もしっかり学んできてください。

 私はあなたに恥じない女になって、待っていますから」





 各々が開拓地最後の一日を過ごし。


 出発の日がやってきた。





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