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魔術師クノンは見えている 作者:南野海風

第九章

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315.幕間  立ち話と誤解





「――おまえ大丈夫か?」


「――ええ、魔術に失敗は付き物ですからね、いちいち落ち込んでられませんよ」


 多機能豊穣装置の試作品が完成し。

 そして壊れて。


 その翌日である。


 早朝、屋敷の前にいたクノンを見付け、カイユは声を掛けた。


 昨日、魔道具が壊れたことで。

 一番ショックを受けていたのは、きっとクノンである。


 皆頑張っていた。

 それだけに思い入れも強かった魔道具だけに、全員それなりに思うことはあった。


 あの聖女でさえ。

 何に関しても特に感情が伴わない聖女レイエスでさえ、落ち込んで見えたくらいだ。


 クノンは発起人にして指揮者、開発リーダーだ。

 人一倍ショックだったに違いない。


「ちょっと泣きましたけど、大丈夫です」


 泣いたのか、とカイユは思った。


 まあ、泣くか。

 あのバカみたいに細かいガラスへの細工をまたやると思うと、カイユも泣きたくなるから。


 多機能豊穣装置。

 結局あれは、内部構造が全部砕けていた。


 カイユが必死でガラスに刻んだ魔法陣も粉々だ。

 修復なんて考えられないほどに。


 ――思い返すと確かに泣きたいな、と思う。


 何徹もした自分の仕事が、一瞬で無に帰したのだから。


 そう考えたら、泣く。

 普通に。


「ほら、もうすぐ帰るでしょう? たぶん明日か明後日になると思いますが」


 ――クノンは「一ヵ月くらいの遠征」という括りで皆を集めた。


 魔術師は忙しい。

 だから期間は厳守だ。


 たとえどれだけ心残りがあっても。


 多機能豊穣装置は開発に失敗。

 開拓地に置いて行きたかったが、それは叶わなくなった。


 でも、それでも滞在期間は延ばせない。 


「ミリカ様には、落ち込んだ顔は見せられないですから」


 なるほど、とカイユは頷く。


「男の子じゃん」


「当然です。僕は紳士ですから」


 確かにちょっとだけ紳士的だな、と思う。


 ならば大丈夫だろう。


 自分が苦しい時。

 自分のことじゃなくて、自分の婚約者のことを考えられるなら。


「それで、カイユ先輩はどうですか? 例の首の開発は」


 魔伝通信首のことである。

 この一ヵ月、カイユはほとんどそっちの開発に集中していた。


「あ、そうそう」


 その話があった、とカイユは思い出した。


 伝えるべきことがある。

 どこかのタイミングで、と考えていたが、今思い出した。


「成果はまだない。

 まあ元々一ヵ月くらいでどうにかなるのか、って話だったからな。それはいいんだ」


 手応えは微妙だ。

 だが、前進はしている。


 いずれ形になるだろう。

 少々長丁場にはなりそうだが。


「俺、帰りは別行動だから。ディラシックと距離があった方が都合がいいからな」


「え? じゃあここに残るんですか?」


「それはない。俺がいたら気を遣わせちまうだろ、他国籍だしよ。

 そもそもここじゃ材料が手に入れづらい」


「ああ、そうですね」


 手元にあるものだけでなんとかしよう。

 そう考えたから、多機能豊穣装置は……という直近の苦い教訓もある。


「あのカボチャのケーキがもう食えないのは惜しいけどな。

 アーシオンかセントランスに滞在しようと思ってる。どっちでもいいから迷ってるよ」


 カイユは風属性なので、移動は楽だ。

 本当にどちらでも構わない。


「滞在、長くなりそうですか?」


「たぶんな。ロジー先生は半年以上を見てるから、最短半年かな。

 他に親しい人もいるし必要ないと思うけど、時々でいいから先生の様子を見てくれよ。


 あ、でも必要ねぇか? あの人今自力で歩けるしな」


「まあ、ベルトの様子も見たいですし、時々食事にでも誘ってみますね」





 そんな立ち話をしていると。


「おはようございます、クノン君。カイユさん」


 屋敷からミリカが出てきた。


 麦わら帽をかぶっているので、これから畑仕事だろうか。


「おはようございますミリカ様。今日のあなたは昨日のあなたより一日分美しくなっていますね。明日はもう一日分美しく気高いあなたになっているのかな? すでにこの世の美のすべてを追い越しているのにまだまだ美しくなるなんて。行き過ぎて一周回って逆に美しくなくなる可能性さえ感じてしまい不安になってしまいますよ、僕のお姫様」


 ――しばらく開発に集中していたクノンだけに、セリフが長い。


 そしてカイユは驚く。

 これだけ長くしゃべったのに中身がなさすぎることに。


 魔術師としてのクノンと、それ以外としてのクノンの差が、すごい。


「クノン君ったら。もう。そんなことばっかり言って」


 まあ。

 ミリカが嬉しそうだから、これが二人の関係なのだろう。


「おはようミリカさん。じゃあ俺はこれで」


 滞在期間は、あと一日二日。

 別れればまたしばらく会えなくなる、婚約者同士である。


 邪魔者は早々に退散を――


「ん?」


 ぱたぱたと軽い足音が近づいてきて、カイユは振り返る。


 と。


「いぇー! 遊びにいこうぜクノンさまー!」


「さまぁー!」


 駆けてきた子供二人が、クノンの左手と右手を取って、走り出した。


「え!? えっ、何!?」


 割と肝が据わっているクノンでさえ戸惑う、突然の行動だった。


「――クノンさまー! 婚約者同士の邪魔しちゃダメだろー!」


「――めだろー!」


「――なんの話!? なんの話!? ちょっといったん止まって危ない僕見えあっ滑ればいいか!」


 ……行ってしまった。


 あっという間に、止める間もなく。


「婚約者同士の邪魔……?」


 それはまあ、クノンとミリカのことだろう。


 だとしたら。


 カイユが連れていかれるシーンだったのではなかろうか。


「ミリカさん、あれって……ぉ」


 唖然としたカイユが横を見ると、ミリカは子供たちの背中を見ていた。


 とんでもなく据わった目で。

 冷徹ささえ感じさせる横顔で。


 掛けようとした言葉が詰まるくらい、真剣な顔だった。


 ちょっとだけ気分を害したのかもしれない。

 婚約者との時間を邪魔されて。


「どうやら誤解が広がっているようですね。カイユさん、失礼します」


「あ、うん」


 ミリカはすたすたと歩いて行った。


 早足で。

 もはや声を掛けることさえ憚られる、為政者の圧を放ちながら。





 何はともあれ、皆元気。


 もうそれでいいことにして、カイユは黒ウサギを回収して、屋敷へ戻るのだった。





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