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魔術師クノンは見えている 作者:南野海風

第九章

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314.幕間  最後の一滴から





「いくら飲酒の許可が出ているからって――」


 約束のブツを渡し、ジルニが地下へ戻ると。


 付いてきた同僚フィレアが、宣言通り説教を始めた。


 さすがに約一ヵ月の引きこもり。

 それだけの間、一切仕事をせず、酒を呑んでいただけ。


 いくら事情があろうとも、フィレアが怒る理由はわかる。

 確かに調子に乗りすぎた、とジルニも思っている。


 だから甘んじて受け入れる。


 ただ。


 呑んだくれにも言い分はあるのだ。


 まさに神器。

 そう呼ぶに相応しい神の酒樽は、この遠征が終われば、返却せねばならないのだ。


 それを思うと。

 どうしても酒樽から離れたくなかった。


 今しか呑めない酒がある。

 今しか呑めない酒がある!


 今しか呑めないなら、今、思う存分呑むしかないじゃないか!


 ……とは思うものの、やりすぎたとも思っている。


 フィレアの説教が続く中。


 説教されているジルニは、考えていた。


 ――なんとか神の酒樽をモノにする方法はないか、と。


 やはり手放すのがつらいのだ。

 最後の一滴から、更にまだ一滴が欲しい。


 もちろん一滴では足りない。

 もっと欲しい。


「聞いてるの?」


「ああ、うん。聞いてる」


 聞いてはいる。

 聞き流している、と言った方が正しいかもしれないが。


「……あのさフィレア」


「何よ。まだ説教は終わってないわよ」


 かなり不機嫌そうなフィレアに、ジルニは構わず質問する。


「フィレアはグレイ・ルーヴァを知ってる? 個人的に連絡が取れるとか」


「は?」


「だって同じ魔術師でしょ? なんか関わりがあるとか、コネがあるとか。ないの? 魔術学校に行ってたんだよね?」


「……」


 ――突然何を言い出した、と思ったフィレアだが。


 グレイ・ルーヴァ。

 かの魔女は、魔術師にとっては特別だ。


 魔術界の頂点。

 世界一と言われる実力。

 天使も悪魔も制する、などという真偽不明の逸話の数々。


 雲の上の存在である。

 どんな実力を持つ魔術師でも、あの魔女には敵わないと言わしめる存在だ。


 フィレアにとっても特別な存在だ。

 会ったことはないが。


 個人的に連絡。

 コネ。


 ――なくはない、が。


「なぜそれを聞くの?」


「え? さすがにそれはわからない?」


 フィレアの顔が、更に不機嫌そうに歪む。


「神の酒樽が欲しいから交渉したい、とでも言いたいの?」


「正解」


 今酒のことで説教されている時に、これが言える勇気。

 さすがは腕利きの冒険者だ。


 ……さすが、とは言わないか。


「一発殴っていい? いいわよね?」


「質問に答えてくれるなら――いてっ!? ほんとに殴った!?」


 ――神職にあるフィレアでも、もう、ちょっと、我慢できなかった。


 平手で思いっきり横っ面を引っぱたいてやった。


 とてもすっとした。

 ちょっと気が済んだ。





 ちょっと気が済んだので、説教は終わりだ。


「まあ、約束だからね」


 地下室の掃除をしながら。

 困った同僚の質問に、フィレアはちゃんと答えることにした。殴ったし。


 もうじきこの遠征は終わりである。

 だから、撤収の準備を始めるのだ。


 たくさんの酒樽にカップ。

 テーブルや椅子代わりの木箱。

 食器類。


 よくもまあ、いろんなものを持ち込んだものだ。


「グレイ・ルーヴァとのコネだっけ? ……あるにはあるわ」


「ほんと!?」


「ええ。私の親友が彼女の直弟子になったから。たぶんまだ魔術学校にいると思う」


 フィレアも魔術学校の卒業生だ。


 二級クラス出だ。

 だから特級クラスの生徒とは、あまり面識がない。


 今名前が売れている天才魔技師ゼオンリー・フィンロールなどは、会ったことはない。

 一応は同期になるのだが。


 二級クラスでは優秀だったフィレアだが。

 特級の生徒は、他クラスの生徒など知りもしないだろう。


「卒業してからは会ってないのよ。

 手紙で季節の挨拶くらいはするけど、向こうは忙しいみたい。年一回返事が来るくらいね」


「へえ。忙しそうだね」


「お互いやることがあるからね」


 せっかく今はディラシックにいるのだから。

 だから、一度くらいは会いたいな、とは思っている。


 でも、お互い仕事がある。

 もっと言うと、相手はグレイ・ルーヴァの直弟子になっている。


 わざわざ時間を作ってもらうほどの用事もない。

 どうせ会っても、近況報告くらいしかしないだろう。


 ゆえに呼び出す気にはなれない。


 会いたいとはずっと思っているが。

 なかなか機会がない。


「そのフィレアの親友、紹介してくれない?」


 どうやらジルニは、彼女からグレイ・ルーヴァに会う道筋を考えているようだ。


 人の紹介で誰かに会う、という流れは、自然だとは思うが。


「その前に、冷静に考えてほしいんだけど」


「何を?」


「グレイ・ルーヴァと会えたとして、本当に神の酒樽を譲ってもらえると思う?」


「――もし世界の半分となら交換してもいいって言ったら、私は世界征服に乗り出すけど?」


 なんてセリフだ。


 思わずジルニを見ると。


 彼女は、至極真面目な顔をしていた。


「できるかどうかはともかく、やる」


 堂々の世界征服宣言だった。


 ――酒で脳をやられたんだな、とフィレアは思った。


 かわいそうに、と。


「憐みの目で見ないでよ。いいでしょ、どんな野望を目指したって。冒険者が夢見ないでどうするのよ」


 まあ、いい。


 ジルニが酒で脳をやられていたとしても。

 ただのバカだったとしても。


「いろんな意味で無理でしょ」


「なんでよ」


「グレイ・ルーヴァは、ジルニと同じ酒好きだから」


「……」


 ジルニの表情が消えた。


「あ、じゃあ無理だわ。私なら世界を貰えるより神の酒樽の方がいい」


 ただの酒好きでも、そこまで言えれば大したものだ。





「――やだ! 離れたくない!」


 と、おもむろにジルニは、神の酒樽に抱き着いた。


「あのさぁ……」


 フィレアは呆れるばかりだ。


 酒樽にすがりつく同僚の姿は。

 まるで恋人に捨てられた女のようだ。


「別れたくない! 酒呑みたい! ずっと酒呑みたい! 酒が呑みたい……!」


「……」


 なんというか。


 ここまでダメな奴だとは思っていなかった。

 もう呆れるばかりだ。


 いや。


 これもまた、神の酒樽の力なのかもしれない。


 よっぽど旨い酒が作れるのだろう。

 酒好きが、世界を手中に収めるよりも、優先するくらいだから。


「……酒か。そういえば親友も結構……」


 好きだったな、と思い出す。

 でも好きなくせにすごく弱かったな、と。


 懐かしい。


 普段はあまり思い出さないのに。

 ジルニのせいで、しっかり彼女のことを思い出してしまった。


 ――そういえば。


「確か彼女も、酒樽の魔道具を造ろうとしていたっけ……」


 在校中の話だ。

 あれは結局どうなったのだろう。


 できたのか、それとも……。


「今の話詳しく聞かせて!」


「わっ」


 酒樽から離れたジルニが、今度はフィレアにすがりついてきた。


「お願いだよ! 酒をくれ! 私に酒をくれ!」


「酒をあげる気はない。……けど」


 思い出してしまったせいだ。

 今、ひどく彼女に会いたくなってしまっている。


 会うためのいい口実、とも思えないが。


 一応用事はある。

 だから連絡くらいは取ってもいい、かもしれない。


 それに、それくらいはしないと、ジルニはまず諦めないだろうから。





 背が高くて、気弱で、優しくて。

 とんでもない落ちこぼれで。


 なんの縁があったのか、あのゼオンリーとコンビを組んで。


 それから一気に特級クラスに駆け上がった。

 本当は、誰よりも優れた才能を持っていた親友。


 ―-災約の呪詛師アイオン。


 今頃彼女は何をやっているのだろう。






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