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魔術師クノンは見えている 作者:南野海風

第九章

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312.多機能豊穣装置 最後に





「これが第一段階です」


 ハンクどころか、全員で伸びたり伸ばしたり限界まで伸ばしたりして。


 結果、光の膜はベルトみたいに細長くなっているが。


 それでも何も問題はない。


 形を変えることを前提に造っているから。


「自由に形を変えられる。

 つまり効果範囲を自分で決められるわけです。


 まあ、基本は球形か楕円形だとは思いますが――あの、遊んでないで、聞いてもらっていいですか?」


 帯のようになった光の膜。

 それを、折りたたみながら聖女の頭に巻き出したレーシャを止めつつ、クノンは続ける。


 なぜそんなことをしたか、理由はわからないが。


 きっと王宮魔術師ゆえだろう。

 王宮魔術師の好奇心で、聖女の頭に巻いてみたくなったのだろう。


 本人まるでどうでもよさそうだし。

 なすがままだし。


「その膜は、魔力でも変形させられます。皆さんなら膨らませることもできるはずです」


 聖女の頭が。

 いや、頭にかぶせた光の膜が大きくなる。


 折りたたんだ部分も再び一体化し、また球形に戻る。


 ――銀髪だけに、色合いが混じって、聖女の髪とも一体化して見える。


 まあそれでも問題はない。


「なるほど」


 光の膜を膨らませた聖女が納得している。


 寝ぐせで爆発しているかのような頭で。

 無表情で。


「で、これが第一段階です。あ、レイエス嬢、それ以上はもう膨らまないから。そこが限界」


 どんどん頭を大きくしていく聖女に限界を告げつつ、クノンは続ける。


「次に、形を決めた膜に魔力を込めると、起動します。

 レイエス嬢、この植木鉢に設置してみてくれる?」


「わかりました」


 頭にあったそれを外し、聖女は足元にある鉢植えの上に置く。


 と――なんの抵抗もなく膜を通過し、地面に半分沈んだ。


 鉢植えを覆う光。

 見た目だけは、よく見る聖女の「結界」のようだ。


 そして。


「魔力を込めます」


 聖女が自身の魔力を吹き込むと、――起動した。


 球体の上部に、赤い魔法陣が浮かぶ。


「これで豊穣装置が機能しました。

 上部の魔法陣は、太陽や周囲の光、熱源に合わせて移動したり、大きさを変えたりします。光を集めて熱にしそれを蓄え、膜の中の温度と環境を一定に保ちます。

 鳥よけと害虫よけ、多少の雨風を防ぎ、膜を構成する水が定期的に霧となって中の植物に注がれます。

 最初に出す膜の規模にもよりますが、一度設置したら数日は放置しても構いません」


「すばらしい」


 多くの植物を抱えている聖女としては、嬉しい機能である。


「だいたいこんな感じなんですが――問題は肝心の豊穣効果なんですよね」


 聖女の「結界」。

 そこからいろんな要素を分けて、分析して、徹底的に調べた。


 二週間の内の八割は、だいたいこれに費やしたと思う。


 まだ試行が足りない。

 なので、「恐らくは」という言葉は取ることができないが。


 恐らくは、豊穣の効果も、あると思う。


 こればっかりは、少々長い目で観察しないとわからないのだ。


 相手は植物である。

 植物である以上、即時効果がわかる、とは言えないから。


 まあ、仮にないとしても。

 植物が育つ最適な環境を整える、という役割は果たしているはずだ。


 普通に育てるよりは、成長しやすいだろう。





「あとは細々したことになるけど――」


 多機能豊穣装置を渡す。

 皆に試してもらうために。


 その横で、クノンは説明を続ける。

 まあ、聞かなくてもいい部分なので、これくらいでいい。


「温度の調整や膜を生み出す水の量など、感覚でいじれるようになっています」


 多機能、と名付けた所以である。


 どこでも。

 どんな環境でも。


 変わらず同じ機能を発揮するように、と。


 もちろん、冬でもだ。

 温度調整機能で、冬であっても夏の作物が作れるはずだ。


 しかしまあ、この辺は、長い時間を掛けて調べていくことになるだろう。


 そして――それはこの開拓地の皆に任せたい、と思っている。


 ここで実際使ってみて、データを集めてもらいたい。

 言わずともレーシャがやってくれるだろう。


 まだまだ試作品だとクノンは思っている。


 二週間でできる最高の物を造った、とは思っているが。

 まだまだ改良の余地はあるはず。


 もちろん、実際使ってみた結果、欠点が判明することもあるだろう。


 改良はレーシャに任せるか。

 それとも、師ゼオンリーに頼むか。


 どちらにせよ――


  バキン


「……」


 今。

 今、ものすごく。


 不吉な音がしたような。


「え、うそ……」


「あ……、あ、……」


「……私触ってないし……」


 そして、何やらブツブツ言っている声。


 聞きたくない類の声が聞こえる。


「あれ? 今何か壊れました? 鉢植えとか割っちゃいました? まあまあ、そういうこともありますよ。ありますよね。あるある。ありますよねぇ」


 クノンは朗らかに言った。


 しかし、誰も答えない。

 動きもしない。


「…………誰か、何か言ってください。僕の想像通りのことが起きていたら……僕、泣きますよ? 泣いていいんですか? 泣きますよ? 本当に泣きますからね?


 ――ハンク!? ねえセイフィ先生!? リーヤ!? カイユ先輩!? レイエス嬢はこういうの平気だから答えてくれるよね!? 今そこで何やってるの!? ねえ!?」


 それでも。


 誰も動かず。

 何も、言わない。

 

 聖女も、ちょっと。

 感情が乏しい彼女でさえ、何も言えなかった。


 今はそれなりにショックを受けていたから。













 尊敬する師匠へ


 前略、ゼオンリー様。

 まだまだ寒い日が続く昨今、いかがお過ごしでしょうか?


 まあ、この手紙を書く直前にお会いしていますが。

 きっと変わらずご健勝であることでしょう。


 師の王宮魔術師としての腕を知り、僕も未熟ながら難しい作業に挑戦してみました。


 結果はいずれ知ると思いますので、この手紙では触れません。

 ここでは書ききれない量なので、ご了承ください。


 また、今は詳しく書きたくない個人的な事情がありまして。


 たとえるなら、そう。


 二週間の結晶が一瞬で水泡に帰すというか。

 そういうことがありまして。

 いささか平常ではいられない心境となっています。


 具体的に述べるなら、ちょっと泣いちゃいましたね。

 久しぶりに泣きました。



 師匠が知ることを前提で書きますが。


 実は少々利権関係が難しく、その話が落ち着くまで、手出しはしないようお願いしたいのです。


 いろんな国の人が関わっています。

 だから、今手を出すと、揉めると思います。

 

 あなたが手を出せば、完成は早いでしょう。


 水泡に帰したので、こちらはまた一からやり直しですから。


 でも、できれば、僕に任せてほしいです。

 魔術学校で、仲間と一緒に、完成させたいので。

 


 改めて思いました。

 師の背中はまだまだ遠いのだ、と。


 精進します。



  不肖の弟子クノン・グリオンより 





追伸


 何かを造るって本当に難しいですね。

 まさか一瞬ですべてが台無しになるなんて。


 誰にも、油断も落ち度もなかったのに。


 いや、落ち度があるとすれば、素材の強度にこだわるべきだった。


 手元にある物だけで組み立てようとした僕のミスなのでしょう。









第九章完です。


お付き合いありがとうございました。



よかったらお気に入りに入れたり入れなかったりしてみてくださいね!





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