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魔術師クノンは見えている 作者:南野海風

第九章

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311.多機能豊穣装置 8





「では始めましょうか」


 サンドイッチを腹に収め、クノンは気合を入れる。


 大詰めだ。

 ここまで積み上げてきたものを、一つの形にするのだ。


「これからのことを、大まかに説明しますね」


 書類から目線だけ上げ、カイユは「ああ」と返事をする。


「構造は多く分けて六つ。内四つが内部機構になります。


 外部に関しては、すでにセイフィ先生にお願いして造ってもらっています。

 必要になるであろう部品も揃えたので、現状では問題ないと思います」


 事前に部品は用意してある。

 一応失敗しても大丈夫なように、少しだけ余裕もある。


「えっと、どこにやったかな――」


「――待て待てちょっと待て!」 


 立ち上がるクノンを、カイユが慌てて止める。


 目的地に直進しようとしたから。


 床にある書類の山を無視して。

 ぶつかって崩しても関係ないとばかりに。


「俺が持ってくるから動くな! 片づけないにしても無駄に散らかすなよ!」


「ははは、使用人によく言われます」


「言われてんじゃねぇよ! ……どれだ? この辺か?」


「はい、その辺にある――」


 その辺に無造作に置いてある色々を拾い集め、テーブルに並べていく。


「まず、こちら。これが外部構造になります」


 思ったよりはるかに小さい、手に収まる金属棒だ。


 中が抜いてあるので筒状だ。


「剣のグリップみたいだな」


「まさにそんなイメージです。装置を大きくすると持ち運びができませんから」


 なるほど、とカイユは頷く。


 多機能豊穣装置、と銘打ってあるのだ。

「多機能」には機動も含まれるわけだ。


「次に、この中に五種類のガラスを入れます。それぞれに魔法陣を描き、五つの効果を持たせます」


 この「魔法陣を描く作業」が、カイユに任せたい仕事になる。


 ガラスは小さく、薄い。

 かなり細かい作業になる。


 より正確に言うと、クノンが刻んでカイユが魔術媒体となる塗料を塗る。


「そして『結界』を模した『水球』で、全ての効果を維持する。これで豊穣効果のある『水球』ができる、予定です」


「予定か」


「開発段階ではできたので、できるとは思います。でも魔道具造りに絶対はないですから」


 皆、現段階でできる最高の仕事をしたと思う。


 特にハンクだ。


 彼はかなり苦労して、クノンの注文をこなした。

 ハンクが考案した魔法陣を魔道具に落とし込むのが、一番難しいと思う。


「それじゃ先輩、お願いします」


「ああ」


 ――こうして、最後の作業が始まった。





 開発は難航した。


「――やべっ。失敗しすぎて材料切れた」


「――えっ!? 白髭熊の塗料がなくなったんですか!?」


 なぜか屋敷に貯えらえていた、高価な素材を惜しみなく注ぎ。


「――なんか目が疲れましたね。おっと、僕には関係ない疲労だったかな!」


「――その冗談もう六十回くらい聞いてる」


 気が付けば時間が経っていて。


「――先輩は疲れました? 僕は疲れてますよ」


「――ちゃんと疲れてるよ。……こう細かい作業ばっかやってると、一徹でもきついな。腰もいてぇし肩も重い。左目開かねぇ。なんか物が二重に見えたり時々意識がなくなったりもしてる」


「――奇遇ですね。僕もです」


 疲労は蓄積し。

 

「――先輩、僕ちょっと死んでいいですか?」


「――おー。俺ももうすぐ死ぬから寝ろ」


 時には死んだように眠り。

 起きたらまた作業に戻り。


「――なんか逆に意識が冴えてきました」


「――ヤバイ兆候だな。俺もずっと冴えてるけど、気絶する前に自分から寝ろよ」


 肉体も精神もギリギリまで削り、限界を超えて活動する二人。


 ゆっくり休めたのは、五日後のことだった。





「――それで、できたのがこれになります」


 丸一日、死んだように眠った後。


 クノンは開発に関わった全員を集めて、自分たちの努力の結晶を見せた。


 見た目は剣のグリップ。

 ポケットには入らないかもしれないが、持ち運ぶには問題ない。


 重くもないし、かさばらない。


 しかし、外見はシンプルでも内部は違う。


 内部構造。

 特に五つのガラス魔法陣は、クノンとカイユが限界まで振り絞ってようやく完成させたものだ。


 これが多機能豊穣装置。


 見た目には地味なただの棒でしかない。

 が、皆がちゃんと知っている。


 これは、今自分たちができる全力が詰まっている、と。


 こうして形になると、感無量である。


「効果は……まあ、だいたいわかってると思うので、今は触れません」


 皆が開発に関わっているのだ。

 開発が進めば進むほど、自ずとどんなものか察しもついただろう。


 長々した説明など、今はいらないはずだ。


 ――苦労した、とクノンは思う。


 何度か失敗もしている。

 あまりにも細かく複雑な構造なので、もう一つ造るとなると、気が遠くなりそうだ。


 しばらくは考えたくない。

 いずれまた造るとは思うが、今はいい。


 だが。 


 これなら師ゼオンリーが見せてくれた、あのルーペにも負けていないと、クノンは思う。


 ……まあ、この人数で日数を掛けてようやく師の仕事に並ぶかどうか。


 そう考えると、実力差を感じずにはいられないが。


「これから試行を行っていくので、まだ試作品に近いですね。

 これからたくさんデータを取っていく必要があります」


 理論上はできているはずだ。

 しかし、理論だけでうまく行くなら、苦労しない。


 重大な見落としがあったり、ミスがあったり。


 理論を乱すイレギュラーなんて、いくらでも転がっているから。

 

「それでは使用したいと思います」


 クノンは多機能豊穣装置を握り、魔力を込めた。


 と――先端が淡く光り、それが広がっていく。


「おお……」


 声を漏らしたのは誰だろう。

 しかし誰も興味ない。


 皆、次第に膨れていく光の膜しか、見ていない。


「これくらいかな」


 魔力の供給を止めると、光の膜が装置からぽろりとこぼれた。


 ふわりと地面に落ちる。

 割れもせず、ただそこにある。


「ハンク、持ってみて」


「あ、ああ」


 一番近くにいたハンクが、地面に落ちた光の球体を持ち上げる。


「形、変えてみて」


「ああ……おお」


 伸びる。

 縮む。

 ぐっと握っても破けない。


「すごいな。これ、水なんだよな?」


「うん」


 クノンの「水球(ア・オリ)」より更に頑丈な、いや、柔軟な水の膜だ。

 

 聖女レイエスの「結界」の効果を合わせることで、異様な柔軟性を再現することができた。

 思わぬ副産物だったと思う。


 やり尽くした感があった水球(ア・オリ)の可能性が、また広がった気がする。





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