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魔術師クノンは見えている 作者:南野海風

第九章

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310.多機能豊穣装置 7





「――見て! 空から聖女が!」


「――あれが聖女……なんて神々しいの……!」


「――祭りじゃぁ! 聖女様降臨祭をするんじゃぁ!」


 外が騒がしい。

 何やら開拓民たちが騒いでいるようだ。


 しかし、クノンはもう反応できない。

 疲れた意識が、声を意味のあるものとして、認識してくれない。


 もはや立ち上がる気力も残っていないのだ。


「……半日、くらい」


 一応、それくらいの調整をしておく。

 起きられるか自信はないが。


 そして、身を投げた水ベッドに、意識を奪われていく。


 徹夜何日目か。

 憶えていないし、あまり興味もない。


 ただ。

 それより気になるのは。


 もうすぐ期限と区切った二週間が経つことだ。


 各々に任せた実験、研究データはたくさん届いている。


 すべて有益なデータだ。

 無益なデータなど一つもない。


 今回は使い道がないだけで、いつかどこかで役に立つだろう。


 それらの中。

 やはり注目したのは、レーシャとセイフィのレポートだ。


 片や王宮魔術師。

 片や準教師。


 レポートの要点がまとまっていて、非常に読みやすい。

 しかもクノン好みの細かい部分の箇条書きが……。


 と。


 そんなことを考えている間に、完全に意識は眠りに落ちていった。





「――おいクノン、クノン」


 揺らされ、覚醒し。


「夕方!?」


 クノンは飛び起きた。


「あー……夜だ」


 そう言ったのは、カイユである。


 夜。

 つまり、半日以上寝ていたわけだ。


 危惧していた通りに。


「……寝過ごした……」


 時間調整をした水ベッドは、もう水蒸気となって消え失せていて。


 クノンはそれでも起きず、床で寝ていた。

 倒れるようにして。


 おかげで身体中が痛い。


「でもまあ、夕食前ならまだ大丈夫ですね。かろうじて夕方ですからね!」


 前向きに考えよう。

 悔やんでいる時間さえ惜しいのだ。


 クノンは立ち上がり。

 疲労と床のせいで重くなった身体を伸ばし、全身をほぐす。


「……いや、夕食もとっくに終わってる。夕方じゃなくて深夜だな」


「言わないでください」


 残り期間が怪しくなってきたこの時期に、うっかり寝過ごすなど。


 これは痛いロスだ。


「今日から俺の出番だって言ってたのに、おまえが出てこないから来たんだよ」


 そう、カイユの出番は今日からだ。


 口調からして、クノンが呼ぶのを待っていたようで。

 待ちきれなくて様子を見に来たのだろう。


 いや、待ちきれなかったというか。


 今日が終わりそうだったから、だろうか。


「ほら、サンドイッチ貰ってきたから。おまえは食ってろ」


「あ、すみません」


 気が付けば腹が減っている。


 夢中になっている間は気にならないが。

 こうして研究から離れると自覚する。


「……あれ? ちょっと片づけました?」



 機材や試作品はともかく。

 そこかしこに積み上がった書類は、崩れている場所もある。


 この短期間で、恐ろしいほどのレポートの数量だ。


「テーブルの上だけな」


 テーブルの上だけは、少し片づけた。


 サンドイッチを乗せた皿を置く場所もなかったから。





「この辺でいいのか?」


「お願いします」


 ちょくちょく顔を出していた甲斐があり。

 カイユは、簡単な概要だけは把握していた。


 それだけに理解も早い。


 カイユは書類に目を通していく。

 クノンが力尽きた辺りの、最新データが殴り書きされているやつだ。


 読みづらいだろう。

 意識が朦朧としながら書いたのだ、意味不明なことも書いているかもしれない。


 クノン本人でさえ解読が怪しいものも何枚か……。


 しかしカイユは何も言わず目を通していく。


 その間、クノンは腹を満たす。


 からっからになっていた腹に、食べ物が入っていく。

 たぶん一日ぶりくらいの食事だと思う。


「――さすがだな。もうだいたい形は固まってるんだな」


 多機能豊穣装置。


 名前だけではどんなものになるのか、想像もできなかったが。


 だいたい十日。

 それでここまで形にしたわけだ。


 優秀な協力者が多いというのを差し引いても、驚異的な発想力だ。


「そうですね。


 レイエス嬢が『結界』の形を変えられるようになったのが、とても大きかったです。

 あと、『結界』を運ぶ魔術を開発したリーヤたち。


 でも一番を言うなら、やっぱりハンクかなぁ。僕につきっきりで、僕の思い付きを全部やってくれましたから」


「聖女の『結界』か。そういえば……いや、いいや」


 ――今日、聖女レイエスが高く飛んで行って大騒ぎになり。


 それからゆっくり降りてきて、また大騒ぎになった。


 無駄に神々しい降臨っぷりに、数少ない開拓地の年寄りが「迎えに来た」だの「祭りをしたい」だのと元気に訴えていた。

 お迎えどころか、たぶん長生きするだろう。

 元気そうだったし。


 しかしまあ、わざわざ今話すこともないだろう。

 そもそも魔術師なんて、多かれ少なかれ騒ぎを起こすものだから。 


「だいぶ細かい作業になるな。しかも思った以上に小さいし、これは……」


 カイユは魔道具には詳しくない。

 だが、造魔学と似通った部分が多い。


 それだけに想像くらいはできる。


「……俺が手伝えることはあるのか?」


 かなり高度な技術を使うようだ。

 これは本物の魔技師に頼むくらい、厄介な代物ではないか。


「もちろん」


 しかしカイユの疑問を、クノンは否定する。


「これから仕上げというか、大詰めになります。

 そうなると、ここにいる面子では、カイユ先輩に任せるのが一番です」


 開発を始める前。

 クノンは大雑把に、開発の流れを決めていた。


 その結果、だいたい流れ通りに事が運んだ。


 あとは形にするだけなのだが。


「そうか? 俺そんなに器用じゃねぇぞ?」


「器用ですよ。

 水分の一滴でも増減したら失敗する造魔学で、結果を残してきたんだから。


 先輩の属性が土なら、今よりもっとすごい腕利きの細工師になれたと思います。風であれだけやれるのが羨ましいくらいです」


「俺は水がよかったけどな。でもない物ねだりをしても仕方ないからな」


「そうですね。僕は水でよかったと思ってますけど」


「はいはい羨ましいこった。早く食えよ」


 多機能豊穣装置の開発は、いよいよ大詰めとなる。





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