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魔術師クノンは見えている 作者:南野海風

第九章

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308.多機能豊穣装置 5





「――はあ。予想外に時間食っちまった」


 カイユは逃げるようにして、屋敷を出てきた。


 こんなに昼食が長引くとは思わなかった。

 なんというか……間が悪かったのだろう。色々と。


 ミリカが胸の話に食いついた。


 かなり小声で囁いた使用人の言葉なのに、まさか聞こえたとは。


 数日前。

 使用人の手荒れが気になって、カイユは軟膏を造って渡したのだ。


 その時、少しばかり世間話をして。

 医師みたいなものだ、と簡単な自己紹介をしたら、色々と相談されて。


「もう少し胸があればなぁ」みたいなこぼれ話から。

「一応大きくする薬はあるけどな」みたいな返答をして。


 それが噂になってしまったらしい。


 まあ、男装している身ではあるが、カイユも女である。

 乳や尻や太腿が気にならない、とは言わない。


 理想のプロポーションもあるし。

 理想に近づきたいとも思う。


 ましてやミリカは、十代半ばのうら若き少女である。

 特に気にする年頃だろう。


 ――人体改造は造魔学の範疇でもある。


 だからできることはできる。

 が、面倒臭いし、思った以上に手が掛かるのだ。しかも難しい。


 その人に合った、その人だけの薬を調合するのである。


 いくつも適合テストを重ね。

 そして、人体を造り変えるほどの強い薬を使う。


 雑にやれば、拒否反応やらなんやらで大変なことになる。

 最悪命に拘わるのだ。


 師ロジー・ロクソンも、よほどのことがなければ請け負わない類の仕事である。


 それよりは、新しく造った方が早いし楽だ。

 生体パーツは、材料さえあれば簡単に造れるから。


 その代わり、仕上がりは一切不自然も不都合もないものになる。


 それはそうだ。

 当人の身体の形を無理なく変えるのだ、移植や詰め物とはわけが違う。


 ――なんて長々説明することはできないので、「ここにある機材では難しい」とだけ答えて断ったが。


 それから「何が必要だ」「要求はお金か」「言い値でいいから頼む」等々。

 なかなか席を立つことを許してくれなかった。


 やはり美貌。

 女の美への執着は、並々ならないものがある。





 まあ、その辺はさておき。


「今何やってるんだ?」


 脱出に成功したカイユは、予定通り屋敷の庭先にやってきた。


 近くにいた聖女たちを見付けて声を掛ける。


 ずらりと並ぶ鉢。

 それを覆う光膜。

 

 そして、それに対して何かしている三人。


 レイエス、リーヤ、セイフィだ。


 パッと見では、何をしているかわからないが。

 何かしているのは間違いない。


「いいところに!」


 と、強く反応したのはセイフィだ。


「どうした先生?」


 ――来る道中でちょっと揉めて、以降は少し距離を置いた関係になっていたが。


 そんなセイフィが激しく手招きする。


「クノンの指示がめちゃくちゃなのよ! ちょっとやってみて!」


「え? ……どうなってるんだ?」


 冷静じゃなさそうなセイフィではなく。

 静かに見ているリーヤに問うと。


「聖女の『結界』をご存じですか?」


「ああ、だいたいは」


 ――魔を払い防ぐ、聖女の固有魔術だ。


「それを魔術で触れ、影響を与えてほしい、って」


「それは……」


 セイフィが騒ぐのもわかる。


「結界」は魔術を弾き、遮断する。

 かなり強力な障壁なのである。


 セイフィは準教師だ。

 その肩書きを持つ時点で、知識も魔術も相当できる。


 ゆえに思うわけだ。

 できるわけがない、と。


 カイユも、これに関しては同意見だ。

 聖女の「結界」とはそういうものなのだ。


 先達の魔術師たちが解明した事実である。

 今更異を唱えるのも時間の無駄だ。


 そもそもの話。

 大昔に魔王の攻撃を防いだのが、聖女の「結界」なのだ。


 それを、ただの一魔術師がどうにかできるか、という話である。


 だからこそ――クノンの指示に考えさせられる。


「俺も先生と同じ意見だよ。でも、それはクノンもわかってると思うんだ」


 と、カイユはしゃがみ込んで、鉢植えを覆う「結界」を観察する。


 手を伸ばす。

 何の抵抗もなく、すり抜ける。


「ふうん……これが『結界』か。面白いな」


 物理的な影響はない。

 しかし魔術は通さない。


 ――面白い、とカイユは笑う。


 ちなみに「障壁により物理を防ぐ『結界』」もあるのだが。

 今回は、そちらはなしだ。


「先生、この状態で魔術を使ったらどうなると思う?」


「え……」


「結界」に手を突っ込んでいるカイユ。


 その手から。

 つまり、「結界」の内側から(・・・・)魔術を使ったらどうなるか、だ。


「『結界』は魔術を通さない。魔力を通さない。

 それを踏まえてなんとかならないか、って試みだろ。


 まだ始まったばっかだろ? 諦めないで色々やってみろよ」


 昨日宣言があり、今日から始まった研究だ。

 試すべきことは、まだまだたくさんあるだろう。


 第一、クノンが造りたい物を考えたら。


 苦労しないわけがない。

 簡単なわけがない。


「――つーわけで俺は行く。時々様子を見に来るから頑張れよ」


 思った以上に面白そうなことをやっていた。

 負けてられない。


 カイユはカイユでやることがある。

 出番が来るまで、己のやるべきことをやるだけだ。









「――……すまんそろそろ限界……」


 もうテーブルから身を起こすことができない。


 連日、研究室に入り浸りのハンクは。

 いよいよ限界を感じていた。


 多機能豊穣装置の開発が始まり、いくつの夜を超えただろうか。


 ハンクだけではない。

 皆、結構ギリギリの状態だ。


 開発に夢中になっている。

 だから、魔術師たちは時間の経過を忘れている。


 わかるのは、己の身体の限界だ。


 疲労や睡魔、かすむ視界と。

 それらが直接意識に訴え掛けてくるのだから、当然だ。


 そして本能が囁くのだ。


 これ以上徹夜したら死ぬ。

 これ以上休まなかったら死ぬ、と。


「寝ていいよ。僕はもう少し」


 書類の束の向こうから、クノンの声が返ってくる。


 クノンも疲れているはずだ。

 なのにその声は、疲れを感じさせない。


 楽しそうだ。

 実に楽しそうだ。


 だからハンクは――


「クノン止めて。そろそろ危ない」


 部屋を出て。

 その場で昏倒しそうな身体を引きずるように歩き。


 通りすがりの使用人に、クノンのことを頼んだ。


 ――たぶん、クノンはもう正気じゃないから。


 徹夜の果て、疲労の果てに。

 今、とっくに限界を超えて、命を燃やしている状態だから。





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