307.多機能豊穣装置 4
――「レーシャ様が参加すると、かなりややこしいことになるじゃないですか。正直なところ、現在の状況でも完成した後の利権関係は揉めそうだし……」
――「そこをなんとか!」
――「でも国に全部報告するでしょう? しないといけない義務があるでしょう?」
――「ある! でも参加したいの!」
――「……困ったなぁ。太陽のように輝くあなたの頼みなら、なんでも聞き入れるのが紳士です。でもこの件は僕だけの問題じゃないから……」
――「じゃあ黙ってる! 国には内緒で!」
――「レーシャ様の立場でそれやったらダメでしょ。怒られるくらいじゃ済みませんよ。クビになりますよ」
――「なってもいい! もうクビとかどうでもいい!」
――「いやそれは……困ったなぁ」
と。
ドアの向こう側で、揉めている声が聞こえる。
困っているクノンと。
我儘言っているレーシャと。
「……」
ミリカは静かに、その場を離れた。
揉めている声を聞いて近づき。
聞くでもなく、話を聞いてしまった。
あれは魔術師同士の会話だ。
ミリカが口を出すべき問題ではない。
――何にせよ、よかった。
それが確認できただけで、今は充分だ。
「――あ、カイユさん」
少し早い昼時である。
朝の仕事を終えて食堂へ行くと、そこには珍しい人がいた。
「やあ、ミリカさん。食事かな?」
テーブルに一人、カイユが座っていた。
「珍しいですね、この時間にここにいるなんて」
カイユは、借りている部屋から滅多に出てこないのだが。
出てくるのは、ウサギの世話の時ばかりだ。
昼食も、使用人に頼んで運んでもらっているはずだ。
屋敷内だけに、それくらいの融通は利く。
「まあ、うちのリーダーが動き出したから。……あ、ミリカさんは聞いているかな?」
うちのリーダーとは、クノンのことだろう。
彼が連れてきた魔術師たちの代表、という意味だ。
「はい。昨日相談がありました」
――そう、クノンから相談を持ち掛けられた。
開拓地にそぐわないものを造りたいけどいいか、と。
本音を言えば、あまり歓迎はできない。
ただでさえ、王宮魔術師が好き勝手やっているのだ。
これ以上何かあるなんて大問題だ。
しかし。
しかしだ。
その時のクノンの顔を見て、否とは言えなかった。
開拓地に来てから、ずっと彼は悩んでいた。
ミリカは魔術師じゃないから、何も言えなかった。
聞いたところで、きっと何も答えられない。
それがわかっているから触れられない。
ただただ遠巻きに見守るしかなかった。
そんなクノンが、ようやく、元気な顔で言ったのである。
――大掛かりな物を造りたい、と。
久しぶりに元気そうな、何も悩んでいないクノンを見たのだ。
反対できるわけがない。
現に、元気そうに動き出している。
さっき聞こえた会話で確信した。
「俺は後から手伝ってくれって言われてるんだ。
でも、どんなことしてるか気になってね。食事が済んだら皆の様子を見に行こうと思っている」
そう、他の人たちは動き出している。
カイユだけ、今はのんびりしているわけだ。
「皆、楽しそうにやってますよ」
屋敷内では、クノンたちが。
庭先では、聖女レイエスたちが。
夢中になって何かしている。
そしてレーシャも必死で「混ぜてくれ」と交渉している。
こんな時、自分も魔術師だったらいいのに、とミリカは思う。
それと同時に。
二人とも魔術師だったら、きっとうまくいかないだろうな、とも思う。
――もしミリカも魔術師だったら。
それこそクノンにはついていけなかっただろう。
腕の差。
魔術に対する情熱、意欲。
そして才能と発想。
きっと劣等感を抱かずにはいられない。
ずっとクノンを見てきたのだ。
彼がどれだけ魔術に傾倒し、没頭し、夢中になり、功績を重ねてきたか。
ミリカは全て知っているつもりだ。
少なくとも、魔術学校へ行くまでは。
そしてあの頃にはもう、王宮魔術師に認められていたのである。
魔術師じゃないから一緒にいられるのだ。
きっと。
だからこそ。
ミリカも覚悟を決めなければならないのだろう。
魔術師を夫にすると、きっとあまり家庭を顧みない。
自分勝手で我儘で、魔術に夢中で。
クノンなら、幼少の頃と変わらない。
このまま歳を取っていっても、本質的には変わらないだろう。
それに付き合っていく覚悟を。
クノンに振り回されるであろう生活を、覚悟するべきだ。
向き合って幸せを確認し合うような夫婦にはなれない。
全身全霊でクノンを支えることになる。
きっと、そんな感じになると、思う。
「――もしかして悩んでる?」
「え?」
「クノンのこと。許嫁なんだよね?」
カイユは鋭い。
ミリカは王族である。
悩みや感情は、あまり顔に出さないよう教育されている。
出すのは、時と場合と相手に寄る。
しかし、彼は見抜いているようだ。
王族の仮面で取り繕っている、ミリカの心を。
「あんまり難しく考えなくていいと思うよ。
知ってると思うけど、クノンは難しいことはしてても、難しい理由で動いてないから。
深読みすると逆に心が離れそうだ」
「……カイユさんは……いえ。ご助言ありがとうございます」
カイユは大人だ、とミリカは思った。
そして自分はまだまだ子供だ、とも。
「失礼します――あ、ミリカ様もお食事ですか?」
と、使用人リンコが食堂へやってきた。
カイユの食事を運んできたようだ。
「ええ。用意して」
「わかりました」
リンコはカイユの前に、お皿を並べていく。
「――カイユ様」
と、彼女は小声で話しかける。
「――胸が大きくなる薬を持ってるって噂は本当ですか?」
かすかに。
そう、かすかに聞こえただけ。
もしかしたら聞き間違いかもしれない。
いやきっとそうだ。
そんな夢のような薬があるなら世界はどうなっている。
きっと戦争が起こっている。
でも。
でもでも。
その小さな望み、小さな希望に、小さなむ……慎ましやかな胸が高鳴って仕方ない。
だから、気が付けばミリカは立ち上がって、言い放っていた。
「――待ちなさいその話詳しくお願いします!」