サブタイでもう誰が出てくるのか分かると思う。
自分で言うのもあれだとは思うけど、俺の時間は、常人と比べて価値が違う。
例えば丁度、俺の右手にあるビルに事務所を抱えている某生命会社。その社長へ俺が数分でも話をしに行けば、狂喜乱舞されるレベルだ。その数分間で何とか俺に気に入られようと、それは滑稽に見えるレベルで足掻く事だろう。
…星野に会うまでは親父の手伝いをするだけだったんだけどな。【苺プロダクション】への投資を始めたのを切っ掛けに、ちょっと小遣い稼ぎのつもりで他の企業にも投資をしてみたら、面白いくらい資産が増えていった。
去年からは親父からいくつか企業の経営を任されてるし、そんな俺は学生生活も相まって多忙を極める。
だからこそ、俺の一分一秒は貴重なのだ。
「総司ー!こっちこっち!」
そんな俺を気軽に呼び出せる星野は、本当に良い度胸をしてると思う。社長…斉藤も、今でこそ週刊誌の心配しかしなくなったけど、星野が俺に飯を奢らせてる事を知った時なんか、顔を真っ青にして土下座してたからな。というか頭を下げる勢いが凄すぎて、凄い音が鳴ってた。
床に頭を突けてもなお頭を下げようとして、両足浮いてたからな。もうちょっとで三点倒立出来そうだった。
さて、関係ない話はここまでにしておこう。
週に一度あるかないかの貴重な休日を、またもや星野の呼び出しによって潰された俺は渋谷のハチ公前に来ていた。
すでにそこには星野ともう一人、
「いやー、ごめんねー?折角の休日に来てもらっちゃって」
「その謝罪は何度目だろうな。反省の伴わない謝罪に意味はないって、知ってるか?」
「知らなかったー」
この野郎。
「そうそう。この子が総司に会ってみたいって言ってた子だよ」
「…」
この瞬間、キレる寸前だった俺に気付いたのか否か、絶妙なタイミングで星野と一緒にいた男を差す。
星野に話を振られた男は一歩前に出て、柔らかい笑みを浮かべながら口を開く。
「始めまして、四宮総司さん。アイから何度もお話を聞いてる内に、一度お会いしたいと思って…。お忙しい所にお越しいただいて、ありがとうございます」
「…いや。そこのバカと違って、礼儀は弁えているみたいで安心してるよ」
「ん?バカって、誰の事かな?」
てめぇだよ、とは口に出さず、視線も向けないまま再び口を開いた男の言葉を待つ。
「自己紹介が遅れました。劇団ララライに所属しています、
「知ってるだろうが、四宮総司だ」
「はい。よろしくお願いします」
何というか、こいつの目はどこか星野に似てるというか、そんな感じがした。
血縁関係を疑ってる、という訳じゃない。この吸い寄せられる、天性の瞳とでもいえばいいのだろうか。
こいつもまた、星野と一緒で、才能に満ち溢れてるのだと一目見てすぐに分かった。
だからこそ、強く思う。
こいつと星野は決定的に違う。俺としては、この出会いを最後に二度と関わりたくないものだ、と。
そんな俺の気持ちを口には出さず、挨拶もそこそこに場所を移動する。
星野とカミキのお勧めという喫茶店まで行き、四人席に案内された俺達はそれぞれの場所で腰を下ろす。
…で、なんで星野は俺の隣に座るかな。お友達の隣に座れば良いものを。
は?俺が移動すれば良いって?やだよ、あいつに近付きたくないから。あいつの隣とか、黄光の兄貴と並んでお茶する方がマシだわ。
というか、この喫茶店のメニューは何でこんなに読みづらいんだ?このふらぺちーの…?で合ってるのか知らんが、これ何?
あとさっきから気になってるんだけど、何でサイズのshortとtallは英語なのに、grandeとventiはイタリア語なんだ?
「総司は何飲むか決まった?」
とりあえず、意味が分からないメニューは避けて、普通のドリップコーヒーを飲む事にする。
星野の問い掛けに頷いて答えると、ちょうど傍を通りかかった店員に星野が声を掛ける。
「“ショートソイオールミルクアドリストレットショットノンシロップチョコレートソースアドホイップフルリーフチャイラテ”一つ」
「???」
店員がハンディを取り出してから、星野の口から突如出てきた英単語の羅列に俺は内心大いに戸惑った。
いや、一つ一つの単語を嚙み砕いていけば意味は分かるのだが…一瞬呪文かと勘違いしそうになったぞ。
「僕は“グランデバニラノンファットアドリストレットショットノンソースアドチョコレートチップエクストラパウダーエクストラホイップ抹茶クリームフラペチーノ”で」
「!!???」
こ、こいつまで呪文染みた長い注文を…。というか出たなフラペチーノ。マジで何者なんだお前は一体。
「総司はどうするの?」
「え?あ、ドリップコーヒーのホット。ショートで」
おい、そんな「それだけ?」とか言いたげな目でこっちを見るな。星野はともかく、初対面の筈の貴様も見るんじゃない。
あとそこの店員。アンタの顔も覚えておくからな。
「もしかして総司って、スタボ初めて?」
「…世間知らずとでも言いたいのか?」
「いやー。天才とか麒麟児とか言われてるのに、スタボのメニューは分からないの面白いなって」
スターボックス。流石の世間の流行とかそういうのに疎い俺でも、その店の名前自体は知っていた。下校中、生徒同士で「帰りスタボに寄ってこう」という会話は割と聞こえてくる。
が、その実態まではさっぱりだった。ましてや、ドリンクのカスタマイズにあそこまで注文を付けられるとは。
…もし次の機会があれば、俺も何か頼んでみるか。
と、闇鍋をするような気分で考えてみたり。いつになるかは分からんが。
数分もしない内に注文していた三つのドリンクが届く。
あんな大量のカスタマイズを注文したというのに、星野達が頼んだ飲み物は見た目スッキリしている事に軽く驚きつつ、俺の手元に来たコーヒーにミルクを混ぜて口に含む。
「四宮さんは、こういう場所にご友人と来たりはしないんですか?」
「あー、来ない来ない。だって総司、友達は私以外いないもん」
「お前は何を勝手に答えている。あとさりげなく自分を友達にカウントするな」
お前にとって俺はただの財布だろうが、と付け加えれば、星野はケラケラと笑い、このやり取りを見てカミキが苦笑いをする。
「でも事実、こういう場所に一緒に来る相手なんて私以外いないじゃん」
「…」
「ほら図星ー」
俺に指を差してまたもケラケラと笑う星野。
こいつは一度〆てやった方がこいつのためになるかもしれない、と割と真剣に考えた瞬間である。
「…アイ、楽しそうだね」
「ん?楽しいよ、そりゃ。友達と一緒にお茶してるんだから」
友達と財布の間違いだろ、と心の中でツッコミを入れつつコーヒーの二口目を飲む。
チェーン店だと舐めてたかもしれない。ここのコーヒー、結構美味いぞ。
「ううん。いつも僕が見ているアイと、四宮さんが一緒にいる今のアイ。全然違うよ」
ふと、カミキが気になる事を口にするからコーヒーの面に落としていた視線を上げる。
カミキは笑いながら星野を見ていて、その視線を受ける星野は目を丸くしてキョトンとしている。
「四宮さんの話をしてる時もアイは凄く楽しそうだし。…アイにとって四宮さんは、特別な人なんだね」
「─────」
星野の表情が呆けたまま固まる。
いや、何だその表情は。今の台詞のどこに驚く要素がある。
そりゃ、お前にとって俺は特別な人間だろう。何しろ、お前は俺を財布扱いしているんだからな。
一週間前だって、こいつはマジで俺にフグを奢らせやがったからな。「四宮の後継者と地下アイドルの交際なんて、格好のネタになるよねー」とか脅してきたからなこいつ。地下アイドルが
…本当に、こいつのアイドルとしての才能がなければ、俺の平穏な日々の為に社会から抹殺してた所だぞ。本当に運が良いなこいつは。
「そう、かもね」
「─────」
ポツリと呟きを溢した星野は、小さく微笑んでいた。その微笑みに思わず目を奪われる。
それは、俺がずっと見てきたどの笑顔とも違う。星野自身が出そうとして浮かべていたあの天真爛漫で、嘘で塗り固められた笑顔ではなかった。
─────こいつ、こんな笑い方も出来たのか。
星野の仮面がほんの少し剥がれた事に、喜びを感じながら─────俺は同時に、複雑な念も抱いていた。
そこまで嬉しいか。
まあ、星野アイが野望達成に一歩近付けた事を喜ぶとしよう。その経緯が、余りに俺に対して不調法なのは目を瞑ろう。今回だけはな。
「…どうした?」
「べっつにー。ちょっと私、お花摘みに行ってくるねー」
「…あぁ、便所か」
「お花を!摘みに!行ってきます!アイドルはトイレになんか行かないんだよ…!」
決してあり得ない、幻想でしかない捨て台詞を残して星野は去っていく。その方向にあるのは─────幻想を抱く愚か者達の為に、言わないでおいてやろう。
「…で?星野が居なくなった途端、取り繕うのは止めるのか?」
「取り繕う必要なんてないでしょう?貴方は僕を一目見て、見抜いていたんだから」
星野と似た吸い込まれそうな瞳の奥からあふれ出す、どろりとした暗い闇。星野が傍にいた時は微かに見て取れたそれは、今こうしてこの場に居るのが俺と二人のみになった瞬間、堰が決壊した。
こいつが言った通り、ハチ公前でこいつの目を見た俺は、その奥にある暗い衝動を感じていた。その正体までは流石に読み取れなかったが、予想は出来る。
今のこいつの年齢と立場、それらから考察するに─────歪んだ承認欲求の渇望、といった所だろうか。
星野から聞いた話では、この
将来を熱望され、持て囃され、それでもなお自分という存在を実感できない。
「お前みたいな人格破綻者は、巣穴から出てくるんじゃねぇよ」
「酷いなぁ。これでもまだ、誰かに手を出してはいないんですよ?」
「そうか。んで、お前にとっての栄えある一人目は、星野アイだって事か」
「えぇ。…そのつもりでしたよ」
カミキの唇の形が歪む。こいつはさっき、
歪んだ欲望。渦巻く殺意。膨れ上がる狂喜。それら全てが、一心に俺に向けて注がれる。
「アイは本当に素晴らしい。今まで僕が出会ってきた命の中で、最も価値があると感じさせられました。彼女はきっとこれから、たくさんの人に愛されて、たくさんの人に価値を与えられて─────そんな彼女の命を僕が奪ったら、なんて考えたら…」
とはいえこいつも、ここが公衆の面前であると認識出来るくらいには冷静さを残しているらしく、言葉を語る声は周囲に聞こえないよう抑えられていた。
それでもなお、震えあがるその声からは、隠しきれない狂気がハッキリと感じられる。
「でも、彼女が最近変わっていくんです。悪い意味ではなく、良い意味で。僕の知らない所で、彼女の価値がどんどん重くなっていくんです。…理由はすぐに分かりましたよ。彼女はしょっちゅう、貴方の話をしていましたから」
「そうか」
コーヒーをまた一口、含みながらカミキの話に耳を傾けてやる。
「貴方を一目見た瞬間、形容し難い何かが燃え上がりましたよ。…貴方の前では全ての人間が霞む。そう確信した」
「褒めても何も出ないぞ」
「そんなつもりはありません。僕はただ、事実を語っているだけですから」
四宮という肩書と、何百年と続いてきた家を十代半ばにして継ぐ事を決定付けさせた能力。自分で言うのもあれだが、確かに俺は大層な人間だろう。
しかし、何だこれは。何で俺は男からこんなにも熱烈に褒め倒されているんだ?
…もしかしてこいつは、そういう趣味だというのか?
いやでも、俺と会うまでは星野にお熱だったみたいだし─────もしや二刀流?
「いつか、貴方の命の重さを感じさせて頂きます」
何だろう。一見、こいつの言葉って狂気に満ちてて恐ろしく思えるんだろうけど…あぁ駄目だ。もう駄目だ、俺にはもうこいつの言葉が全部、
あー、寒い。寒気がしてヤバい。必死に堪えて悟られないようにしてるけど、今俺の体は小刻みに震えている。
「…僕なんて眼中になし、ですか。ふふ、それもまた一興です」
黙ってたら、何か変な勘違いをし始めた。
興味?大ありだよ。だってお前、マジで二刀流だったら俺の貞操を狙ってるも同然じゃん。ついでに貴方を殺しますとか、何だよそれ。
殺害予告ならされ慣れてるけど、今までそんな殺害予告はされた事ねぇよ。ちょっと怖ぇって。
「用も済みましたし、僕はこれで帰ります。ここにドリンクの代金を置いていきますね。会計の時に使ってください」
俺にこれまでの人生の中で、感じた事がない類の恐怖を残したカミキヒカルは、そう言い残して去っていった。
いや、普通に怖かった。年下の癖に俺に恐怖を感じさせるとか、やるなあいつ。
「あれ?ヒカルは?」
コーヒーを飲んで気を落ち着けていると、いつの間にかとい…お花摘み(笑)から戻って来た星野が、テーブルの近くできょろきょろと辺りを見回していた。
「急用が出来たって帰ったぞ」
「えー!?総司に会いたいって私を呼び出したのはヒカルなのにー。勝手に帰るなんて、失礼しちゃうなー」
「お前が言うな」
何時だったか、カニが食べたいと呼び出しておきながら、俺がトイレに行ってる間に社長に呼び出されたとかで、勝手に帰りやがった不調法者が何を言ってやがるのやら。
「んー…。仕方ない。ならこれから、二人でデートしよっか!」
「…一応聞いてやる。どこに行くつもりだ?」
「近くに美味しいお寿司屋さんがあるから、行ってみよう!」
「やっぱ俺の金で美味い飯を食いたいだけじゃねぇか」
こいつの口からデートとか聞こえた瞬間に疑いはあったが、思った通りだった。
カミキ。お前、俺が星野に良い変化を与えたみたいな事を言っていたが、それは勘違いだ。
こいつはやっぱり、俺の事を財布としか見ていない。
「さぁ、行こー!」
「あーもうどうにでもなーれ」
もう星野に逆らう気にもなれず、手を引かれるままに歩いていく。
別に、どんな高級店に連れていかれても、俺の財布が軽くなる事はないし。
この程度の事で、こいつの活動へのモチベーションに繋がるのなら安いもんだ。
カミキ「┌(┌^o^)┐貴方の命の重さを感じたい」
総司「…(ゾワゾワゾワ)」
もっとこう、対決染みた話にする予定でしたが、やっぱりラスボスとの対決は原作で、主人公にやって貰わなきゃ。
という事で路線を変更し、軽くギャグテイストを加えてしまいました。そのせいで原作ラスボスが、この作品ではサイコパス系バイになってしまった…。