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魔術師クノンは見えている 作者:南野海風

第九章

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304.多機能豊穣装置 1





 大掛かりな魔道具を造る。


 そうクノンが宣言した、翌日。


「――なあ、私は必要か?」


 約束通り。

 ハンク・ビートは、朝早くにクノンの部屋にやってきた。


 昨晩、名指しで呼ばれたのだ。

 よりによって火属性が。


 これから何をするか、どうなるか。


 正直楽しみで仕方ない、のだが。


 一番の疑問は、火属性のハンクが呼ばれた理由だ。

 しかも一人だけ。


 今日が楽しみすぎて、なかなか寝付けず。

 うつらうつらしながら一晩考えても、まるでわからなかった。


 多機能豊穣装置。


 そう名付けられた魔道具に、火はどう拘わるのか。

 

 疑問しかない。

 そして、それと同じくらい、期待もしていた。


 ハンクが想像もしていなかった、火の使い方に触れるかもしれないから。


 匂いつきの火。

 そんなおかしな発想を出したクノン。


 それを実現し、意外と役に立つことを身をもって知ったハンク。


 ――やる気になったクノンには、やはり、期待はしてしまう。


「とりあえず移動しよう。ここでやったらダメ、って昨日怒られちゃって」


 と、クノンはまず移動を促した。


 テーブル一つあれば事足りる。

 そんな小さな魔道具造りならまだしも。


 ちょっと大掛かりな物を造るとなると、使用人イコが許さなかったのだ。


 よりによってベッドがある部屋でやるな。

 他に空いてる部屋がたくさんあるのにここでやるな、と。


 確かに使用人の言う通りだった。

 なので、他の部屋に準備した。


 クノンの部屋の、隣の部屋。


 そちらに移動すると……確かに準備が整っていた。


 大きなテーブルには機材が並び。

 椅子は四つ。


 それと、白紙の束。

 ペン。


 簡素だし色々足りていないが、ちゃんと魔術師の部屋になっていた。


「それでハンク、なんだっけ?」


 テーブルで向かい合い、改めて話を戻す。


「私は必要か、って聞きたいんだ。私は火属性なんだが」


 一番豊穣から遠くないだろうか、と。


 ハンクは素直に疑問を口にする。


「必要だから呼んだんだ。むしろこの魔道具に最も重要なのは君だと思う」


「本当に?」


「うん。必要なのは熱なんだよ」


「なるほど、熱か」


 完成図が見えないので、具体的には言えないが。


 しかし、熱が必要なら、確かに火属性が適任である。


「えっとね、ハンクには――」


 と、クノンは白紙を一枚取り、そこに簡単な絵を描く。


 球体。

 その上部の一部に、魔法陣のような模様を入れる。


「ここ。ここに入れる火の魔法陣を用意してもらいたい」


「ああ、うん」


 それは絵でわかった。


 問題は、だ。


「効果は?」


 魔法陣には効果が必要だ。

 ハンクで言えば、火属性の効果を帯びたものが。


 クノンは、絵の横にガリガリと文字を書きながら、やや早口でまくし立てた。


「太陽光を浴びると、太陽の熱を微増、拡大する効果があるやつ。球体内の温度によって魔法陣が大きくなったり小さくなったりして、中の温度を一定に保つんだ。できれば太陽の熱を蓄積して、夜の間もあんまり温度が下がらないものがいいかな」


「ちょっと待った」


 思ったより複雑な注文が来た。

 しかもちょっと早口で。


「魔法陣は描けるが、あまり複雑なものはできないぞ」


 長年、教師の助手という下積みをしてきたハンクである。


 魔術に関することなら、割と幅広く対応できる。

 それだけいろんなことを経験してきたから。


 ただ、はっきり言えば器用貧乏だ。


 一通りはできるが、より専門的になると対応できない。


「大丈夫、僕も手伝うよ。頑張ろうね!」


 頑張ろう。

 無責任だが、どこまでもやるしかないと思わせる言葉である。


「……ああ」


 なんだか、思ったより大変そうだ。


 ――しかし。


 ハンクはこれを待っていたのだ。

 せいぜい疲れ果てて「もう無理寝る!」しか考えられなくなるほど、追い詰められたい。


 そうじゃなければ、来た意味がないから。









 昨夜。

 クノンの宣言は、それなりに影響を与えていた。


「――レイエス様、さっきのクノン様の発言は……」


 なんと言っていいのか。

 本気で言葉に迷う侍女フィレアに、聖女レイエスは言った。


「気になる以外の言葉はありません」


 クノンから簡単な指示が出た後。

 すぐに解散となり、レイエスは部屋に戻ってきた。

 

 フィレアもついてきた。

 一応、レイエスの世話もあるから。


 同じ侍女のジルニは、また地下に戻った。


 魔術師ではない彼女である。

 さっきの話は、あまり気にならなかったのだろう。


「多機能豊穣装置。多機能豊穣装置、ですよ。要するに豊穣の力を魔道具で造り出そうという発想です。

 気にならないわけがない。興味しかありません」


 レイエスはやはり無表情だし、いつも通り淡々と言葉を述べるが。


 付き合いが長くなってきたフィレアには、なんとなるわかる。


 今彼女は興奮している。

 いつになく。


 傍目には全然わからないが、なんとなくわかる。


「いや、気になるとかじゃなくて、なんというか……いいんでしょうか?」


 自分でも何を言えばいいのか。

 フィレアにも漠然としていて、正確には言えないが。


 しかし。


 豊穣の力とは、聖女が持っている力。

 つまり聖なる力、神の授けし力である。


 それを造る魔道具なんて、存在していいのか。


 神の領域に挑もうとしているようで、微妙に抵抗感があるというか……うまく言葉にできないが、不敬な印象を受けてしまった。


 きっと名前が悪いのだ。


 単純に、植物成長促進機とか、そんな名前だったらすんなり受け入れられたと思うのだが。


 豊穣と付いただけに。

 なんだか禁忌に触れている気がするのだ。


「――これはいけない」


「はい?」


 しかし、レイエスは聞いているのかいないのか。


 今座ったと思えば、また立ち上がる。


「クノンに詳細を聞いてきます。気になりすぎて我慢ができません」


「ダメですよ。こんな時間に行ったら迷惑だし、何より『構想中だから話せない』って言っていたではないですか」


 さっきの席でも、レイエスは質問したのだ。


 それはどういうものか、と。

 どういう効果があってどういう作用でどんな豊穣で何を中心に育てるのか、野菜なのか薬草なのか、霊草はいけるのか、いけないのか、どうなんだ、と。野菜を育てていると見せかけて果物も育てるつもりじゃないのか、と。


 まあ、植物に関することだ。

 レイエスが食いつくのは、予想はできた。


 ちょっと興味持ちすぎじゃないかとは思ったが。


 しかしクノンは、まだ構想中だから話せることはない、と返した。


 その時はレイエスも納得したが――


「気になります。気になります。他所事がこんなに気になるなんて」


 いや。

 納得しているようで、していなかったようだ。


「やはり聞いて――」


「ダメですよ。さあ寝ましょうね。寝たらすぐ明日になりますよ」


 無表情で、建ったり座ったりを繰り返し。

 ものすごくそわそわしているレイエスを、フィレアは寝かしつける。


 なんだか初めて子供らしいレイエスを見た気がする。


 ――それから六回ほど繰り返しながらも、夜は更けていった。





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