302.やる気が出た
「――なんか画期的なの造りたい!」
クノンはやる気に満ちていた。
昨夜、師ゼオンリーと夜通し話したからだ。
ゼオンリーはクノンの先を行っている。
いつか追いつき、追い越すつもりだったが。
追いつくどころか離されていることがわかった。
あの魔道具のルーペ。
明らかに、今のクノンが辿り着けない、高次元の物だった。
あれはすごい。
あれはクノンの師匠としてではなく、王宮魔術師としての発明だったのだと思う。
ふんだんに盛り込まれた技術は、無駄も隙もなく。
もはや芸術のようにさえ思えて……。
仮眠がてら一眠りしたものの。
目が覚めても興奮冷めやらぬクノンは、訴えた。
「――お、おう……そうか……」
絶対にこの場所にいる。
それが確定している、造魔学の兄弟子カイユに。
露骨に言うと、絡んでいた。
彼の研究室となっている空き部屋。
いろんな物が増え、今やごちゃごちゃである。
ただ、それでもそれなりに整頓はされている。
増える資料とレポート。
水槽で育てられている生体パーツ。
ずらりと並ぶ生首たち。
ケージに入れられてのんびりしている黒ウサギ。
几帳面な面のある、カイユらしい研究室となっていた。
「ちなみに先輩、成果の程は?」
開拓地に来て、少し時間が経っている。
遠く離れた人と会話する魔道具――魔伝通信首。
カイユが開発に没頭しているそれは、今はどうなっているのか。
「いまいちだな。進展はあるのかないのか……まだ手探りだ。あ、それは試作品な。一応使えるぜ」
ずらりと並ぶ生首の一つを、クノンは手に取った。
並べられている通り。
試作品はいくつかできている。
この開拓地内くらいの距離なら、会話できそうな物はできた。
だが、改善点は山積みだ。
「僕も何か造りたい!」
なぜか生首を見せつけつつ、クノンは主張する。
苦悶に歪む生首を突きつけられた形である。
「造れよ。……すでに色々造ってると思うけどな、おまえは」
カイユの言う通りではあるのだが。
特定の巣箱に手紙を飛ばす、通信水魚。
自動荷車。
そして、水分調整器。
開拓地に来てから、三つほど新しい魔道具を造っている。
ちゃんとこの地に合わせて。
必要な物を、と考えての三つだ。
少し地味かもしれないが。
しかし、絶対に無駄にはならない三つだと思う。
だが。
「もっとすごいのを造りたいんです!」
「そう言われてもなぁ。あとそれ近づけんな」
クノンが迫る。
苦悶の生首を突きつけながら。
――なぜこんな表情で作ってしまったのか、とカイユは少し後悔した。
最初は遊び心ありきだったので気にならなかったが。
改めて見せられると。
どこまでも罪深い表情で造ってしまった、と今は思う。
「それにみんなちょっと暇そうなんですよ! こんなに魔術師を連れてきたのに!」
「それは仕方ないだろ」
まだ約半年ほどしか経っていない開拓地、という話だった。
クノンもそれを考慮して、たくさん魔術師を連れてきたのだ。
しかし、実際はどうだ。
この開拓地は、半年どころか二年くらい頑張ったんじゃないか。
それくらい開拓が進んでいるのだ。
生まれて半年の開拓地なら。
前情報通りの開拓地だったなら、クノンの人選でよかったはずなのに。
「――こうなったらやるしかないんじゃないかって思ってきちゃってて」
「あ?」
クノンの気配が変わったことを感じ、カイユは首を傾げる。
「なんか案があるのか?」
苦悶の生首を抱き締めて、水槽に育つ筋繊維を見詰めるクノン。
その表情は、どこか思い詰めて見える。
まあ、見てはいないかもしれないが。
あと首を置け、と思った。
「先輩は、レイエス嬢の『結界』の話って聞いてます?」
「聖女のか? 詳しくは知らないが、霊草が育てられるって話だっけ?」
「それです」
クノンは頷き、生首を置いた。
そして次の生首を抱いた。
髭面のおっさんが大笑いしている首だ。
――その首も置け、とカイユは思った。
「僕は今年、水魔術で『結界』のようなものができないか実験するつもりです。
僕だって霊草を育てたいですからね」
「そうだな。俺も育てられるもんなら育てたい。……え? それやるの?」
「無理です。
少なくとも、ここに滞在する程度の時間でできるとは思えないです」
霊草の人工栽培。
いろんな魔術師が挑戦し、失敗し、今も誰かが挑んでいる難題である。
クノンだって、実験はするつもりだが。
成功する見込みはまるでない。
成功したのは、聖女レイエスのみ。
もしかしたら他にもいるかもしれないが。
少なくとも、直近で成功して公になっている例は、彼女の偉業のみだ。
聖女固有の魔術「結界」。
それにより聖地を造り、そこでなら育つという……そういう理屈である。
「でも、豊穣の力だけならどうかな、って思ってて」
そして「結界」には、豊穣の力がある、らしい。
「豊穣の……ああ、なんか植物がよく育つってやつだな」
あまり聞かない効果なので、カイユもうろ覚えである。
「そこですよ」
「お?」
「肥料ではない、魔術的な効果で成長促進効果を与える魔道具。それを造るしかないんじゃないかって」
「……悪い、さすがにピンと来ない」
そもそもカイユは魔道具に詳しくない。
造魔学と親和性が高いから、多少話に付き合えるだけだ。