299.早朝の密談
「――ゼオンか」
「――よう」
ゼオンリーとダリオは、食堂で顔を合わせた。
まだ空も暗い早朝。
開拓民たちは皆寝ている時間だ。
この開拓地で一番朝が早いのは、見回りの騎士ダリオである。
早朝の見回り。
朝の訓練。
そして朝食となる。
後輩騎士ラヴィエルト・フースと兵士アーリー・ホーンズ。
彼らもほぼ同じスケジュールで動いているが。
それでも、一番はダリオである。
屋敷の見回りがてら覗いた食堂に、知った顔がいて少し驚いている。
いや、知った顔ではなく。
いないはずの顔、か。
彼は我が物顔で座り、書類を読んでいる。
ダリオに視線を向けることもない。
「なぜいるんだ? 今は王宮魔術師は来るな、と言われていなかったか?」
「魔力溜まりの件でちょっとな。おまえが見付けたんだろ?」
「ああ……まあそうだが。
しかし、おまえが出張るほどの案件か?」
魔力溜まりなどそこまで珍しくもない。
わざわざ王宮魔術師が。
中でも優秀なゼオンリーが動くほど重要な件ではない、とダリオは考えるのだが。
「そっちも訳ありだ。あんまり聞くなよ、言えねぇから」
「そうか。じゃあな」
軽く会話を交わすと、ダリオはそのまま食堂を出ていこうとした。
見回りがてら覗いただけだ。
ゼオンリーがいる理由も聞いたので、もういい。
の、だが。
「なあダリオ、今セイフィ来てるだろ?」
書類から目を離さず、ゼオンリーは言った。
「ん? セイフィ先生か? 知り合いか?」
「魔術学校時代の馴染みだ。……あ? あいつ教師になったのか? 準教師じゃなかったか?」
と、ここでゼオンリーは初めてダリオを見た。
「いや、どうかな。皆からは先生と呼ばれているから、そうだと思っていたんだが」
クノンや他の者が、セイフィを先生付けで呼んでいた。
だからそうだと思ったのだが。
しかし、正確な役職は聞いていない。
「彼女がどうかしたか?」
「呼んでくれ。今すぐだ。それが終わったら俺は王城へ帰る」
「慌ただしいな」
「それも訳ありだ」
それからしばしの間をおいて。
「――いつから呼び出せるほど仲良くなったっけ?」
不機嫌を隠そうともしないセイフィ・ノーザがやってきた。
「おう、久しぶりだな。相変わらずパッとしねぇ魔力してんな。もっと鍛えろよ。同じ土属性として情けねぇ」
「うるっさいわね! なんで朝一であんたの人生なめきった顔見なきゃならないのよ! てゆーかいつまで先輩ヅラしてんの!? 卒業して十年以上経ってるのに学生気分引きずってんじゃないわよ!」
ゼオンリーは笑った。
「倍以上言い返すところは変わんねぇな。座れよ、話がある」
「はあ? お願いします、は? 俺と話す時は絶対にまずお願いしてからにしろ、とか言ってたわよね?」
「言った俺が忘れたことを憶えてんじゃねぇよ」
「言われた方は忘れないものだから」
「……まあ、そうかもな」
と、ゼオンリーは書類を置いて視線を向けてくる。
「ではセイフィ先生、俺の話を聞いてくれませんか? お願いします」
貴族らしく礼をする。
優雅に。
紳士らしく。
なまじ顔がいいだけに、非常に様になっている、が。
「ヤダ。あんたに使う時間が勿体ない。――これもあんたに言われたセリフだけど」
「わかったわかった、在校中は悪かったよ。今振り返ると俺もやりすぎたと思うし、ちょっと恥ずかしいんだ。思い出したくねぇ。
それに話があるのは本当だ。別に懐かしい顔がいるから呼んだってわけじゃねぇ」
――ゼオンリーが大人になってる、とセイフィは思った。
在校中のゼオンリーしか知らないセイフィである。
こうして、少々大人の対応を取られると……
嫌でも、過ぎた年月を思い知らされる。
いつまでも学生気分が抜けないのは自分の方か、とさえ思う。
「何よ」
と、ゼオンリーの隣の椅子に座る。
確かに無駄に人を呼びつけるような男ではない。
他人のことはともかく、自分の時間は大切にする男だ。
無駄で無意味な呼び出しではない。
そう思ったからこそ、セイフィも応じた形である。
そうじゃなければ、この男と会いたいだなんて、思うわけがない。
学生時代のゼオンリーは。
セイフィにとっては、天敵だったから。
「まず確認する。おまえ魔術学校の教師になったのか?」
「は?」
「俺、少し前にディラシックに行ったんだ。滞在期間が短かったからおまえには会わなかったが、おまえのことは聞いたんだ。
その時は準教師として働いている、って話だったが」
「ちょっと待って。少し前にディラシックに来たの?」
「弟子に会いにな」
弟子。
そういえばクノンとゼオンリーは師弟関係だったな、とセイフィは思った。
「でもあんた、今王宮魔術師でしょ? 国から離れられないんじゃないの?」
魔技師として頭角を現したゼオンリーは、世界的に名が売れている。
だから役職も、現在どうなっているかも知っている。
耳に入ってくるのだ。
聞きたくなくても。
「聞くなよ。ややこしい事情があんだよ」
本当にややこしい事情がありそうなので、それ以上は聞かない。
よくよく考えたらレーシャと同じなのだ。
むしろ行動の全てが訳あり、と考えた方がいいだろう。
「今も準教師よ。まだ正式採用されてない」
「――だっせえ! その歳でまだ正式採用されてねぇのかよ! 何回試験落ちてんだよおまえ! バーカ!」
「殺すわよ!!」
本気で殺気を放ち出すセイフィに、ゼオンリーは言った。
「だっせぇけど好都合だ。おまえ別口の教師にならねぇか」
「殺すわよ! 何の話よ! ぶっ殺すわよ!!」
怒りに満ち、立ち上がってまで言い放つセイフィに。
ゼオンリーは座ったまま、静かな静かな視線を返す。
「――新たな魔術学校を作るって計画がある。六ヶ国合同計画っていうんだが」
「……え?」
沸騰していた頭が、瞬時に冷えた。
新たな魔術学校?
六ヶ国合同計画?
何の話だ。
この男は今、何の話をしている。