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魔術師クノンは見えている 作者:南野海風

第九章

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297.師が来た





「――ようクノン。久しぶりだな」


 その日の夜、眩しい人がやってきた。


 まだ食堂のテーブルにいて、だらだらミリカと話していた最中。

 彼女が彼を連れて帰ってきたのだ。


「あれ、師匠?」


 そう、師ゼオンリーである。


 ――昼過ぎに発ったレーシャは、夕食時を過ぎた頃に戻ってきた。


「あー疲れた。アレを当てにしてなきゃこんなのできないって」


 戻ってきた報告と、確かに送り届けた報告と。

 その二つを言外に示したレーシャは、くたびれた声を漏らして食堂を出て行った。


 アレ。

 地下の酒場のことだろう。


 さすがの王宮魔術師でも、長距離を最速で往復するのは厳しかったのだろう。


「総監は? あの人が来るんじゃないか、って話だったんですが」


「そのロンディモンドの使いが俺だ。『おまえの目』の事情も知ってるから俺に行け、ってよ」


 と、ゼオンリーは空いた椅子に座る。


 ゼオンリー・フィンロール。

 クノンの師であり、王宮魔術師の一人である。


 少し前に魔術都市ディラシックで会ったので。

 久しぶりの再会、という気はしない。


 久しぶりの再会で間違いないはずなのだが。


「この俺を使いっぱしり扱いしやがって――あ、紅茶くれ。あとなんか軽く食い物も」


 食後の片付けをしに来た使用人リンコを捕まえ、ゼオンリーは流れるように注文する。 


 ――で、だ。


「総監はなんて言ってました?」


 魔力溜まりの件は、レーシャが報告したはず。


 その返答をゼオンリーが持ってきた、という流れらしいが。


「まあ正直に言うと、今あのおっさんは国にいねぇんだ」


「え?」


 王宮魔術師は王都を出ることができない。

 その魔術と知識を外部に漏らさないために、だ。


 だが。


 その王宮魔術師をまとめている責任者が、国にいないとは。


 最も離れてはいけない。

 規則を破ることを許されない立場の人のはずなのに。


「あんま大っぴらには言えねぇんだが、六ヶ国合同計画っつーデカいプロジェクトが始まったんだ。

 あのおっさん、今はそっちに掛かりっきりになってる。もちろん王命な」


 六ヶ国合同計画。


「なんかすごそうですね。国と国が国境を越えて協力し合って、という感じで……?」


「らしい。俺も詳しくはわからねぇんだ。

 ただ――おっさんが動く案件だからな。間違いなく魔術絡みだろうぜ」


 それはクノンも予想している。

 ただ、名称から内容を察することは、難しい。


「そんな話が……」


 黙って会話を聞いていたミリカだが、彼女も初耳らしい。


「話自体は結構前からあったんだが、動き出したのは最近だ。

 他国が絡む以上は最高機密扱いだし、あんたは半年以上前に王都を離れただろ」


 ミリカが王都から離れてから、計画が発足したようだ。


「ついでに言うと、このプロジェクトを立ち上げたのはロージャ・ヒューグリア……うちの第四王子だ」


「ロージャお兄様が!?」


「第四王子が!?」


 ミリカとクノンは驚いた。

 驚いた点は違うが、同時に驚いた。


 ミリカは、半ば国外追放されている兄の名前が出たことから。

 帰ってきたのか、と。


 クノンは、レーシャ以外の王族の魔術師の名が出たことから。

 義理の兄の魔術師だ、単純に興味がある。


 女性だったらなおよかったのに。

 紳士として、そう思わずにはいられない。


「あんたは知ってるよな? ロージャ殿下の扱い」


 第四王子ロージャ。

 彼もレーシャ同様、魔術に目覚めた王族の一人である。


「え、ええ……詳細まではわかりませんが。

 上の王子王女(きょうだい)たちの嫌がらせで国から放り出されていた、と認識しています」


「そうそう、そいつな。

 その第四王子は、嫌がらせを嫌がらせで返すことを選んだ――その結果が六ヶ国合同計画だ。


 国から放り出された……要するに玉座から遠ざけられたことを逆手にとって、他国との交流を計ったらしい。

 そして国境を越えた計画を考え、六ヶ国の協力者を集めた。


 凱旋だよな、まさに。


 ハブられてた王子が、六ヶ国をも巻き込む大プロジェクトを引っ提げて帰ってきたわけだ。これがうまくいった暁には……って感じで、上層部は今忙しいわけだ」


 ゼオンリーは終始笑みを浮かべ、軽く話していた。


 しかし、実際は軽い話などではない。


 大変な話である。


「師匠、それ話していいことなんですか?」


 ここは、王都から離れた辺境の地。

 そういう情報もなかなか入ってこないのだが。


 それにしたって、内容が内容だ。


 誰彼構わず話していいこととは思えない。

 動き出したばかりなら、尚更。


「おいおい、相変わらずおまえは呑気だな。しっかりしろよ、クノン」


 溜息混じりにゼオンリーは言った。


「――魔術師が動く案件なんだぞ? 俺たちには無関係だ、なんて考える方が不自然じゃねぇか?」


「……」


 クノンは言葉に詰まった。


 ――それはどうなのか、と。


 ゼオンリーはともかく。

 自分は関係ないんじゃないか、と。


 ゼオンリーは王宮魔術師。

 国の命令や意向は、無視できない。


 でも、クノンはまだ魔術学校に通う生徒。

 もっと言うと見習い魔術師だ。


 つまり、なんだ。


「師匠」


「あ?」


「その六ヶ国計画、話によっては師匠が僕を巻き込むつもりでしょう?」


 クノンの指摘は鋭かった。

 その証拠に、ゼオンリーは心底面白いという顔で笑った。


「おまえは俺の弟子だからな。師匠の厄介事はおまえの厄介事でもあるんだぜ」


 すごく嫌な台詞だな、とクノンは思った。


「……」


 ミリカもそう思っていた。





 まあ、だいぶ話は脱線したが。


「レーシャから報告は聞いた」


 運ばれてきた紅茶と軽食。

 パンとスープという簡素な食事を前に、ゼオンリーは言う。


「かなり興味深い話だが、一旦保留な」


「はい? 保留?」


「先の話の通り、ロンディモンド(おっさん)が動けねぇ。

 国にいないから、まだ報告もできてねぇんだ。


 俺が対応してもいいが、さすがにこの案件に勝手に手を出したら怒られると思う。ガチでな。


 だからおっさん待ちになる。

 俺はこの歳になってまで怒られたくねぇからな」


 魔力溜まりは、魔力というものを解明するカギになる、かもしれない。


 だから最高責任者の指示を待ちたい。

 それがゼオンリーの意見だ。


 いや、王宮魔術師の総意かもしれない。


 ――確かにその方がいいかも、とクノンは思った。


「急ぎの案件じゃないから待つ、ということですね」


 他国のことじゃない。

 時間制限があるわけでもない。


 今すぐどうにかしないといけない。

 そういう話じゃないから、ロンディモンドの時間が空くまで待つ。


 という意向だ。


「それじゃ師匠はもう帰るんですか?」


 魔力溜まりの件は、ロンディモンド待ち。


 その返答を聞いた以上、ゼオンリーの用事は済んだことになるが。


「帰ってほしいのか?」


「はい」


「あんたにゃ聞いてねえ」


 間髪入れず返事をするミリカに、ゼオンリーは呆れた視線を向ける。


「まあ、言われなくてもすぐ帰るけどな。

 ちょっと居づらい状況になってるのは聞いてる。他国の連中が来てるんだろ? ここで会うのはあんまり良くねぇよな。


 聖女レイエスもいるんだろ? あいつたぶん俺の顔知ってるしな」


 違反の多い王宮魔術師だが。

 それでもゼオンリーは王宮魔術師だ。

 

 自国の者ならともかく、他国の者たちとは接触しない方がいいだろう。


 魔術師ならなおさらだ。


 魔技師ゼオンリー。

 魔術師界隈ではそれなりに名が売れているので、身元がバレると面倒臭そうだ。


「明日には引き上げる。今日はもうレーシャが飛べねぇだろうしな」


「そうですか。慌ただしいですね」


 さっき来たばかりなのに。

 積もる話も色々あるのだが。


「来た理由はほかにもあるしな。そっちは解消するつもりだ」


「ほか?」


「憶えてるか? おまえの『鏡眼』を再現する魔道具を作る、って話」


「憶えています」


 さらりとした口約束だった。

 世間話くらいの感じの。


 でも、ゼオンリーなら、必ずやり遂げると思っていた。


 だから憶えていた。

 いつかその日が来ることを心待ちにしていた。


「試作品を持ってきたんだ。

 おまえがいるなら答え合わせもできるだろ?」





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