歯生え薬の治験が開始される
歯生え薬の治験が開始される / Credit:Canva

約1%の人は、生まれつき歯の数が足りない「先天性無歯症」を患っています。

大阪市北区の医学研究所北野病院に所属する高橋 克(たかはし かつ)氏ら研究チームは、そのような先天性無歯症の患者を救う「歯生え薬」を開発しました。

そして2024年5月3日付の北野病院の『プレスリリース』では、2024年9月から歯が数本程度欠損している人間に対して治験を開始すると報告しています。

先天性無歯症患者向けの「歯生え薬」の研究は、2030年の実用化に向けて進んでいるのです。

そして将来的には、これらの研究が、先天性無歯症だけでなく、永久歯の次の「第3生歯」を再生させることに繋がるかもしれません。

目次

  • 先天性無歯症の患者を救う「歯生え薬」の研究
  • 世界初!歯生え薬の治験が2024年9月から始まる

先天性無歯症の患者を救う「歯生え薬」の研究

歯の数が少ない先天性無歯症の一例。
歯の数が少ない先天性無歯症の一例。 / Credit::Wikimedia Commons

生まれつき歯が欠損している疾患を「先天性無歯症」と呼びます。

成人の口には通常32本の歯がありますが、人口の約1%は、この先天的な疾患により歯の本数が少ないのです。

またその中でも6本以上の歯が欠損しているケースでは、遺伝が大きく関係していると言われており、全人口の0.1%が該当します。

これらの患者は、人工の歯を用いた代替治療しかなく、また顎骨の発達期である幼少期から無歯症であるため、歯科インプラントなどの対応自体が困難となる場合もあります。

こうした背景にあって、足りない歯を生やす治療方法の開発が望まれてきました。

では、「歯生え薬」の開発は本当に可能なのでしょうか。

実は、先天性無歯症の原因となる遺伝子の多くは、マウスとヒトで共通しています。

そして、北野病院の高橋氏ら研究チームは2007年に、USAG-1タンパクの遺伝子欠損マウスが、過剰歯(かじょうし:歯の本数が増えること)になることを発見しました。

USAG-1を欠損したマウスでは、残存乳切歯が生き残り、余剰歯として萌出する
USAG-1を欠損したマウスでは、残存乳切歯が生き残り、余剰歯として萌出する / Credit:京都大学_失った歯を再生する新薬(2021)

「USAG-1タンパク」という一種類のタンパク質が、ヒトの歯の成長を抑制していると分かったのです。

その遺伝子が欠損しているマウスは、歯の成長が抑制されないため、本来の数よりも多くの歯が作られてしまいます。

この現象を利用すると、歯の無いマウスに歯を生やすことも可能かもしれません。

2019年には、先天性無歯症のマウスにおいて、USAG-1タンパクの働きを止める薬を投与することで、歯を生やすことに成功しました。

また同様の実験は、ビーグル犬などを対象に実施されており、成功を収めてきました。

そしてこの度、ヒトを対象とした「治験」が開始されようとしています。

世界初!歯生え薬の治験が2024年9月から始まる

2024年3月、北村病院の高橋氏ら研究チームが開発する、先天性無歯症患者を対象とした「歯生え薬」の研究計画が、厚生労働省所轄の独立行政法人「医薬品医療機器総合機構(PMDA)」によって承認されました。

これに伴い研究チームは、治験を開始することにしました。

奥歯の無い健常人の男性を対象に治験が始まる
奥歯の無い健常人の男性を対象に治験が始まる / Credit:Canva

治験の対象者は、奥歯(臼歯:6歳ごろに乳歯の奥に生える最初の永久歯)の欠損・欠如1本以上の男性であり、その人数は30名です。

実施時期は、2024年9月〜2025年8月を予定しており、参加者には世界初の「歯生え薬」が投与されます。

この試験では、主に歯生え薬の安全性を確認するため、治験の対象者は患者ではなく健常人です。

それでも、薬の効果が発現して歯が生えても問題無いように、「奥歯が1本以上無いこと」が条件になっています。

第二の治験では、有効性の確認も行われ、医療ニーズが極めて高い先天性無歯症患者を対象にします。

現在の想定では、2〜7歳で4本以上の先天欠如歯に該当する方が対象となります。

その対象者は、登録施設で受診し、レジストリ登録(治験対象患者候補登録)された人の中から選ばれます。

北野病院のサイトでは、「レジストリ登録するための流れ」も掲載されています。

これらの治験がどのような結果になるか分かりませんが、研究チームは、2030年の実用化を目指しています。

数年後には、先天性無歯症で苦しんできた患者や家族が救われるかもしれませんね。

フェレットに第三生歯が生える
フェレットに第三生歯が生える / Credit:高橋克(京都大学)ら, Science Advances(2021)

一方で、より大勢の人が気になるのは、「後天的に永久歯が失われた後、新しい歯(第3生歯)を生やせるのか」という疑問の答えでしょう。

これに対し、北野病院のサイトでは、今後行われる先天性無歯症治療薬の治験について、「第3生歯の研究とは異なる」と明記しています。

これらは「虫歯や抜歯、事故などで後天的に歯が無くなった人」に歯を生やす研究・治験でないのです。

しかし、がっかりする必要はありません。

高橋克氏らは、同じくUSAG-1タンパクをターゲットにした研究(2021年)で、人間と歯の数や種類が近いフェレットの前歯を6本から7本にするなど、既に動物で第3生歯を生やすことに成功しています。

研究チームは、第3生歯の再生を目指した研究も続けているのです。

そして高橋氏が述べるように、15〜20年後には、永久歯を失った人に「入れ歯」や「インプラント」の他に、「歯生え薬を使って歯を生やす」という選択が可能になっているかもしれません。

参考文献

先天性無歯症に対する歯の再生治療薬(通称名「歯生え薬」)の医師主導治験を開始
https://www.kitano-hp.or.jp/info/20240503

World-first tooth-regrowing drug will be given to humans in September
https://newatlas.com/medical/tooth-regrowing-human-trial/

ライター

大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。