挿絵表示切替ボタン
▼配色






▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術師クノンは見えている 作者:南野海風

第九章

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました
292/365

291.魔力溜まり





「――結論から言います。魔力溜まりの地を発見しました」


 部屋に通すなり述べた騎士ダリオの言葉に、クノンの思考は一瞬止まった。


 魔力溜まり。


 なんらかの理由で魔力が一つ処に留まっている状態。

 もしくはその場所を差す。


「本当に? 間違いないですか?」


 確認すると、ダリオは「恐らく」と答えた。


「私は他の魔力溜まりを知らないので、判断はできかねますが。

 しかし同行していたリーヤ君が、間違いないと思うと仰っておりました。


 彼は別の魔力溜まりに行ったことがあるらしく、それと酷似していると」


 なるほど、とクノンは頷く。


「報告ありがとうございます。……そうか。魔力溜まりがあったのか……」


 この開拓地とその周辺。


 パッと見、何もないと思っていたが。

 意外なものがあったらしい。


 これは確かに、ミリカに持っていくのは少々悩みどころだな、とクノンは思った。


 ミリカではなくクノンに報告を。

 きっとそう言ったのもリーヤの判断だろう。


「あの、クノン様」


 と、ダリオの後輩ラヴィエルトが控え目に言う。


「魔力溜まり……というのは、どういうものなのでしょう?」


「え? リーヤから聞きませんでした?」


「『僕は知らなかったことにする』と言っておりましたので。

 それ以上聞けなかったんです」


 リーヤらしい気遣いだな、とクノンは思った。


「詳しくは調査の上で判断することだけど。

 言ってしまえば『不浄の地』が一番近いんじゃないかな」


「不浄?」


「率直に言うと、邪魔な場所です。人の益になることは滅多にありません」


 だから、ミリカには持って行かなかったのだ。


 きっと問答無用で処理するから。

 彼女の立場からすれば、それが正解だから。


 魔力溜まりなどなかったものになっていただろう。

 クノンが知ることもなく。


「近づけば意識が混濁し、気を失います。

 誰かに助けてもらわないと、そのまま死ぬこともあるそうです。


 そんな場所なので、基本的に危険なだけなんですよね。

 しかも魔力を感知できる魔術師じゃないと、気付きづらいらしいし……そういう意味では毒の沼とか、そういうのより厄介かもしれませんね。


 知らない間に踏み込んで、魔力に酔って倒れてそのまま……みたいな事故もあったそうですよ」


 ――確かに何も感じなかったな、とラヴィエルトは思った。


 ダリオらは、地図を作っている最中である。

 開拓地周辺の詳細を調査している。


 つまり人里近くに危険な場所がある、ということになる。


 領主としては邪魔なだけ、危険なだけなのだ。

 ならば潰すしかないだろう。


「――でも、魔術師にとっては調査対象ですから。気にならないと言えば噓になります」


 何が原因で魔力が溜まっているのか。

 ぜひとも調べたいとは思う。


 そもそもの話。


 未だに魔力というものが解明されていないのである。

 未知の力なのである。


 魔力というものを解き明かすカギになるかもしれない。

 もちろん、ならないかもしれない。


 それこそ調査してから、ということになる。


 なる、が。


「……うーん」


 正直、わくわくしている。

 しかし手放しに好奇心に身をゆだねるのも、怖い。


 ――クノンは知ったのだ。


 自然界の魔力。

 それはつまり、精霊のことではないか、と。


 精霊のことを考えると。


 やはり思い出すのは、第十一校舎大森林化事件のことである。


 精霊。

 光と闇。

 天地創造。

 輝魂樹(キラヴィラ)


 様々な要因が重なった結果、魔術学校に森ができたあの事件。


 ――精霊の力は大きい。


 下手に触れていいものかどうか。

 悩みどころである。


 もう事後処理の後片付けはごめんだ。


「たぶんリーヤは知ってるんでしょう」


「何を、でしょう?」


「魔力溜まりの一種が、聖地と呼ばれる場所であることを。

 聖地だったらかなり幸運なんですけどね」


 もし、発見された魔力溜まりが聖地なら。


 そこは霊草の類が育つ場所である。


 聖女レイエスは、聖女固有の魔術「結界」にて、人工的に聖地を作る。

 それで霊草シ・シルラの栽培に成功したのだ。


 リーヤが「知らないことにする」と言った理由も、ここにある。

 もし聖地なら莫大な利益に繋がるから、だ。


 首を突っ込みたくなかったのだろう。

 よその国のことだから。


 まあ、可能性は非常に低いとは思うが。

 聖地なんて滅多にないから、有難いし希少価値も高いのだ。


 可能性は低いと思う。

 鉱脈があるより、はるかに。


「ミリカ様には僕から伝えておきます。ちなみにどの辺でしょう?」


「あ、はい。地図で説明しますと――」


 ダリオが広げた地図で、おおよその場所を把握しておく。


「行くんですか?」


「ええ、一応。

 潰すにしろ何にしろ、魔力が溜まっている原因くらいは調べておいてもいいと思いますから」


 クノンは魔力溜まりに行ったことがない。


 だから一度は見ておきたい。

 見聞を広げるためにも、後学のためにも。


 まあ、見えないが。









「おはようございます、ミリカ様――やあ太陽レディ。待っていましたよ」


 早朝。

 食堂へやってきた王宮魔術師レーシャとミリカは、テーブルで待っていたクノンに捕まった。


「太陽レディ? ……あ、私か」


 一瞬何かと思ったレーシャだが、思い出した。


 そういえば、今後はそう呼ぶとかなんとか言っていたな、と。


 その場限りの冗談かと思えば。

 クノンはしっかり憶えていたようだ。


「は? 太陽?」


 隣にいるミリカが、低い声で漏らした。


 クノンには聞こえなかったようだが。

 しかし、すぐ横にいるレーシャには聞こえた。


 しっかりと。

 不機嫌と不愉快のこもった声が。


「ああ……クノン、太陽レディはもういいじゃない」


「え? そうですか? 太陽のように明るく温かなあなたにお似合いの呼び名だと思いますけど。

 でも、嫌なら戻しますね。レディ」


「レディ?」


 ミリカがレーシャの横顔を見詰めながら漏らす、が。


 そこはいいだろ、とレーシャは思った。

 だってレディ以外の何者でもないのだから。


「すみませんミリカ様、ちょっとレーシャ様をお借りしたいんですが」


「ええ……まあ、断る理由はありませんが……」


 そもそも、ついさっきそこで偶然会っただけ。


 レーシャとミリカは、あまり一緒に行動はしていない。


「何をするの? 昨日の続き?」


 昨日の続き。

 自動荷車関係で、何かしたいことがあるのではないか、とレーシャは考えたのだが。


「いえ、一緒に行きたい場所がありまして」


「ふうん?」


 なんだかよくわからないが、きっと魔術絡みだろう。


 ならば拒む理由も――


「今日は二人きりなんですけど、大丈夫ですか?」


「え?」


 それは、なんだ。


 レーシャとしては全然構わない。


 構わないが、しかし。


 今は別の問題が隣に――


「クノン君、お姉さまに何の用ですか?」


 さすがにミリカも、これは気になったようだ。


「――はあ? ミリカ様の前で違う女性を誘う……?」


 黙って朝食の準備をしていた使用人イコも、これは気になったようだ。


「え? 紳士? これが私が育てた紳士のクノン様……?」


 なんだか迫真の顔で小さく呟き。


「――違うよイコ!」


 これにはクノンが反応した。


「僕は昔も今もずっと紳士だからね! ちょっと理由が……違うからね!?」


 



  • ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いいねをするにはログインしてください。
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。
書籍版『魔術師クノンは見えている』好評発売中!
『魔術師クノンは見えている』1巻書影
詳しくは 【こちら!!】

感想を書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
作品の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ