290.夜の訪問
「――やってる?」
もうもうと煙が立つそこに、彼はいた。
「ああ、クノンか。見ての通りだ」
屋敷の脇で派手に煙を上げていたのは、ハンクである。
土を盛って固めた、くらいの雑な竈のようなもの。
ハンクはその前に座り火の番をしている。
温室から戻ってきたクノンは、その煙と匂いに引かれてやってきた。
「燻製肉? ベーコン作ってる? 僕のために作ってる?」
「いや、ベーコンじゃない。ほら、来る時に仕留めただろ。羊の魔物」
来る時に仕留めたと言えば。
あの悪角山羊のことだ。
「熟成させた羊肉を燻製にしてるんだ。正直羊肉を燻製にするのは初めてなんだが……まあ、臭み取りくらいはできるからな。まずくはならないと思う」
「そうなんだ。楽しみだね」
「まあな」
ハンクの燻製技術は相当高い。
匂いつきの火、というものも早々に編み出し。
今や、かなり個性的な火魔術師として評判になっているらしい。
「それよりクノン。そろそろ単位の取れる何かをした方がいいんじゃないか?」
言われて気付いた。
そうだ。
そういうことも考えていたのだ。
ただ、思いのほか開拓が進んでいたせいで、やるべきか迷ってしまったが。
「一応、あの自動荷車は共同制作として提出するつもりだよ」
協力者が多かっただけに、簡単に事は進んだが。
そうじゃなければ、結構な作業をすることになっていた。
決して楽な作業ではない。
だから、各自一点ずつは貰えると思う。
二点は、厳しいかもしれないが。
それと伝書水魚も、リーヤとの共同制作として提出するつもりだ。
これも一点は貰えると思う。
「あとは道を作る魔道具を作ろうかなって思ってるけど、これは個人製作になるからなぁ」
全員で単位を取る。
そんな共同作業、共同実験は、今のところ思いついていない。
「道? 今朝作った……木路、だったか? あれか?」
正確には、まだ完成はしていないが。
材木が調達でき次第完成となる。
「いや、それとは別。
僕らがいなくても使えるやつ。ここの人たちだけでね」
「そんなの思いついたのか。すごいな。私には想像もつかない」
それこそ属性違い。
専攻違いだからこそだろう。
ハンクは魔道具をよくしらないから、発想がないだけだ。
「他には、この周辺の調査を考えてたんだよね。珍しいものが見つかれば、それを調べるので単位になると思ってたから。
でも……なさそうなんだよね」
ミリカから聞いても、地図を見ても。
この周辺に気になるものはない。
聖地だったり貴重な薬草の群生地だったり、もしかしたら鉱山や鉱脈があったり。
銀行脈があったり。
金でもいい。宝石でもいい。
そんなのでもあれば、充分調査で単位が狙えたと思うのだが。
しかし、ないのである。
目立ったものは本当に何もなかった。
これほどないものか、と思ったくらいだ。
――思えば、ミリカが酒を造りたいと言い出した理由。
それは周囲の状況を知ったがゆえだったのかもしれない。
金庫を埋めてくれそうな自然の資源が。
特徴的な場所が。
まるで見つからなかったから。
「貴族も大変だな」
「大変だよね。僕はまだ実感がないけど、きっと将来はたくさん悩むんだろうね」
そして、ミリカは一足先に悩み、苦労しているわけだ。
ぜひとも彼女の悩みや苦労を解消したいところだが……。
「とりあえず道作りの魔道具を作ってみることにするよ。またなんか共同作業したいけど、すぐ動かせそうな計画はないなぁ。
何か考えるか、少し待ってて」
「ああ、わかった。……確かにちょっと手を付けづらいもんな、ここ」
――皆色々やっている。
負けてられない、とクノンは思った。
その日の夜だった。
「え?」
部屋にこもって魔道具を作っているところに。
騎士ダリオ・サンズとラヴィエルト・フースがやってきた。
もう夜である。
夕食も終わり、そろそろ使用人たちは眠りにつく時間だ。
「……何かあったの?」
この時間に、クノンの部屋までやってきた。
尋常ではない。
何かあったに違いない。
というか――自分ではなく、今はまだ領主代行を務めているミリカに言うべきではないか、という気持ちもあるのだが。
「はい、内密にお伝えしたいことが……」
ダリオが声を潜めて言う。
「わかった」
と、クノンは頷きドアを開け。
二人を部屋に通した。
この時間に来たのは、ダリオらが、誰にも話せない事案だと判断したからだ。
ミリカに話さない理由はわからないが。
彼らが自分に話すべきと判断したなら、まず、聞くべきだろう。
それこそミリカに話せないことかもしれないから。
……ミリカに話せない、という話の内容が、想像もつかないが。
部屋に通すなり、ダリオは言った。
「結論から言います。魔力溜まりの地を発見しました」