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魔術師クノンは見えている 作者:南野海風

第九章

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288.地下室の秘密





「――うわ、すごいね」


 クノンは驚いた。


 これはすごい。

 まさかこんなところがあるとは知らなかった。


「すごいですよね。ここの設備は魔術学校の最先端より高度なのではないかと思います」


 聖女の手伝いをしながら、文官ワーナーとともに地下へとやってきた。


 温室の地下。

 クノンはここの存在を知らなかった。


 そして――知らなかった理由は、すぐにわかった。


「ああ……うん、そうだね。ここすごいね」


 知らなかった、というより。

 誰も知らせなかった、というべきなのだろう。


 ――ここの設備、ただただ単純に、おかしい。


 聖女の言う通りなのだ。


 最先端かどうかまではわからない。

 だが、高度な技術の結晶だということは、すぐにわかった。


 まず、大きな地下室を照らす、三つの光球。

 あれは太陽の光球ではなかろうか。


 師ゼオンリーの言葉を思い出す。


 ――「太陽光と普通の光じゃ違うんだよな。俺は太陽光を造りてぇんだ。この俺をギラギラに輝かせるのはただの光じゃ足りねぇしな」と。


 そうぼやいていたアレではなかろうか。


 それは、ゼオンリーでさえ、まだまだ構想以前の思い付きで。

 当時のクノンには、何をどうすればいいか想像も付かなかったものだ。


 今は……というか。


 現物を見て、わかった。

 

 光源。

 温かみ。

 土の香りを立たせる自然光。


 あれはただの照明とは違う光だ。


 さすがは師。

 クノンが知らない間に、こうして形にしていたようだ。


「……」


 並んで育っている光る野菜も気になるが。


 クノンはまず、地下の地面。

 土に触れた。


 少し暖かい。

 冬の地下室なのに。


「……ああ」


 これも知っている気がする。


 ゼオンリーが言っていた。


 ――「夏なんて暑いだけで鬱陶しいだろ。汗も掻きたくねぇしよ。冬も寒さが鬱陶しい。この俺が季節ごときに生活を左右されるなんてくだらねぇ」と。


 ついに季節にまで文句を言い出した、とクノンは思った。


 いや、思っただけではない。

 その時こう返した。


 子供じゃないんだから季節にまで文句言うのやめましょうよ、大人げない、と。


 いつも真面目な顔をしていた騎士ダリオが吹き出したのを、よく覚えている。


 これはアレじゃなかろうか。

 室内を一定温度に保つ、常温熱機構の産物ではなかろうか。


「うん――間違いなさそうだ」


 開拓地を知れば知るほど、薄々そうじゃないかと思っていたが。

 ここを見て確信した。


 この開拓地。

 ヒューグリアの王宮魔術師が出入りしている、と。

 

 立場上、彼らは王都を離れることはできないはずだ。


 しかし例外があることを知っている。


 だって王宮魔術師レーシャがここに住んでいるのだ。

 それに、あの立派な屋敷は、王宮魔術師総監ロンディモンドが建てたらしいのだ。


 そう考えると、彼らが出入りしていてもおかしくないだろう。


 いや――むしろ出入りしていないとおかしい。


 そうじゃないと、この地下室の説明がつかない。


 ここには高性能の魔道具がある。

 それとわからないよう仕込まれている。


 巧妙に隠されているが。

 全て見抜けるかあやしいくらい、たくさん仕込まれていると思う。


 今のクノンでも見抜けないくらい、だ。

 見えないが。


 こんなのゼオンリーや王宮魔術師以外の誰が造れるというのか。


 だから、王宮魔術師が出入りしているのは間違いないだろう。

 道理で開拓速度が早いはずである。


 そして、クノンに話さない理由。

 それは王宮魔術師が出入りしていることを知られるとまずいからだ。


 今は特に。


 よその国の人たちがいるから。

 万が一にも情報が洩れるのを防ぎたいのだろう。


 それにしても、この地下室だ。


 もはや巨大な魔道具とさえ言えるかもしれない。

 こんなにも大掛かりで、しっかりと機能しているのだから。


 ――やっぱり師匠はすごいな、とクノンは感心する。


 魔術学校でたくさん学んだし、今も学んでいる最中だ。


 しかし。


 この地下室を見ると、つくづく思う。


 いずれゼオンリーに追いつき、追い越してやる。

 そう思っていたが。


 逆に離されているかもしれない。

 それくらい、この地下室はすごい。


 今のクノンには逆立ちしたって真似できないほどに。


 本当にとんでもない師を持ったものだ。

 きっと今も精力的に新しい物、とんでもない物を生み出しているに違いない。


 ――本当にわくわくする。





「クノン、この長ネギを見てください。これをどう思います?」


 他に何が仕込まれているか、と周囲に注意を向けていると。


 聖女が棒状の物を見せてきた。


「え? すごく太い……ネギって言った!? 僕の知ってるネギじゃない! しかも光ってる!」


 まあ、光っているのはいいのだ。

 そういう植物は、学校で見せてもらったから。見えないが。


 しかし、それ以外がおかしい。


「僕の手首くらいあるし、長さも……僕より背が高くない?」


 聖女の手にあるそれ。

 ネギというにはあまりにも太ましく。まっすぐで。


「これを焦げ目が付くくらい焼くと、非常に甘くて美味しいのです」


「へえ」


 焼きネギ。

 ディラシックにいた時、侍女リンコが夕飯の一品で出してきたことがある。


 その見た目に驚いたものだ。

 あまりにもネギそのまま、という感じだったから。


 そして、確かに甘くてトロトロで美味しかった。


 ましてやそれが聖女の長ネギなら……。


 昼食を済ませたばかりのクノンが、腹の空き具合を気にするくらいには。

 間違いないだろう。


「焼きましょう」


 どうやら聖女は空腹のようだ。


「ちゃんと昼食を食べてきた方がいいんじゃない?」


 昼を少し過ぎたくらいだ。

 腹が減る時間帯だし、今屋敷に行けば間に合うだろう。


 焼きネギを食べたいなら、ネギ持参でシェフに頼んでもいいだろうし。


「レイエスさん、火と網の用意をしておきますね」


 と、文官ワーナーがいそいそと上に引き上げていった。


「……結構やってる?」


「ええ。味を見るのも観察の内なので」


 どうやらワーナーも含めて、網焼きは恒例らしい。


 先の呑み女子たちといい、聖女といい。

 結構自由にやっているようだ。





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