NHKにインターネット業務を義務づける改正放送法が5月17日の参院本会議で、賛成多数で可決、成立した。従来は「任意業務」だったNHKのネット業務が、放送と同じく「必須業務」となったのだ。ネット業務の必須化は長らく議論されてきた、NHKの今後を担う大切な業務だが、今回の着地は大失敗だと私は捉えている。その理由を解説したい。

 NHKは2015年度に「公共放送から公共メディアへ」という経営方針を掲げ、放送とネットの両輪で国民に役立つ情報を提供していくとしていた。その一環で、ネットで番組を解説したり、補足したりする「理解増進情報」と称するコンテンツの配信を無料で始めた。その代表が「NHK政治マガジン」や「NHK国際ニュースナビ」などのテキストニュースで、それぞれ非常に濃厚な解説記事が評価されていた。

 ところがネット業務の必須化を総務省で議論する過程で、NHKはネットで配信するコンテンツを、放送と原則同一にすることを自ら求めてしまった。そのため今回の法改正によりネットで配信するテキスト情報などは「番組関連情報」と位置づけられ、その名の通り放送された番組に密接に関連する情報などに限定されることになった。充実した解説や補足情報が無料で見られた従来の理解増進情報は廃止される。

 これまでよりネットを通じて提供される情報量はむしろ減ってしまう。さらに驚いたことに、まだ放送法改正案が国会で審議される前の24年3月末に、政治マガジンや国際ニュースナビなど6つのサイトの更新をNHKは自主的に停止してしまった。何の事前告知もない停止はあまりにも突然だった。

 必須業務化で進展するはずのネットでの情報発信は、なぜか逆に後退してしまった。NHKからはデジタルに強い人材が続々と流出しており、今後のネット業務にも支障が出かねない勢いだ。

新聞社と民放に配慮した妥協の産物

 NHKの現執行部がネット配信の後退をもたらしたと私は考えている。

 23年1月に元日銀理事の稲葉延雄氏がNHKの会長に就任し、同年4月に新会長の下に現在の執行部体制ができた。その主だったメンバーは副会長の井上樹彦氏を筆頭に、放送を最重視する役員で固められたと伝わる。

 実際、総務省が同年5月に開催した、NHKの今後を議論する有識者会議「公共放送ワーキンググループ」で、NHKのネット業務について「放送と同一の情報内容」と書かれたスライドをプレゼンしたのは井上副会長だった。それまでの会合で、NHKがネットで活発に情報発信すると期待して議論してきた有識者たちは明らかに驚き、憮然(ぶぜん)とした。

 NHKのその方針は、NHKのネット業務が民業を圧迫すると警戒していた民放業界や、同様の理由で理解増進情報の廃止を求めていた新聞業界とも妥協点を見いだしやすく、そのまま放送法改正案につながっていった。従来は見ることができたNHKのニュース解説などがなくなってしまうことは、国民にとっての不利益でしかない。だがそんな問題は細かすぎてあまり世間で問題視されることがないまま、法案は成立した。

テレビを持たない若者たち

 NHKのネット配信は、改正法が施行される25年秋までに必須業務となる。すでに受信料を支払っている人は、追加で費用を負担することなく、そのままネットでもNHKの番組が見られる。一方、テレビを所有していないなどの理由で、それまで放送の受信契約を結んでいなかった人のうち、ネットでの視聴を希望する者は、専用のアプリをダウンロードするなどして、新たにネット受信契約を結ぶことになる。

 そんな人、いるか?

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