第10話 祭り、屋台を巡って、騒動降りかかる

「ひどく豆臭い国だな、ジーク」

「そう言わないでくれよテオ。僕の第二の故郷なんだから」


 裡辺地方燦月市、燦月空港。日本の地方空港は九分九厘国際線に対応しているから、彼女らもミュンヘンから直接ここへ飛んでくることができた。

 銀髪と金髪、そして赤い目と碧眼の二人組である。顔立ちは血筋——というか、人種として似通っており、両者ともに美形である。

 美男美女の二人組——家族には見えない。旅行に来たカップルか、留学生の友達のどちらかだろうか。

 一方は白銀のミディアムヘアの、赤い目に尖った耳の麗人。背はスラリと高く、細身。子女のようにも見えるが、今し方の声はやや低く、男とわかる。一方は金色のロングヘアと碧眼の美少女。三尾の人狼だ。歳は離れていないように見え、欧米人で、しかも妖怪だが——人間で言えば、十代半ばくらいかもしれない。


「あのひと、あれじゃない? 今朝のニュースの……」

「えっ、こんな堂々と……?」

「でも国際線から降りてきたってことは今入国したんじゃない? 呪術師じゃないでしょ」


 周りにそんなざわめきが生まれた。

 男女は顔を合わせ、


「不幸な勘違いをされているようだぞ、ジーク」

「スナッチャーと取引した呪術師ヘキサーだね。えと……みなさん、僕たちは日本の退魔局の要請で来た者です。ドイツの血の騎士団ブルート・リッターオルデンといいます。騒がないで。僕たちは正規の騎士ですから!」

「魔剣を見せてやればいいさ。すぐ信じる」

「よせよ、僕らは秩序ある騎士なんだ。そんな見せびらかすように出すものでもないし……」


 騒ぎになりそうな気配を察したのか、空港警備員がやってきた。


Scheißeくそったれ

「テオ、それほんとやめな。もー、結局こうなるのか」


 ジークとテオと呼ばれていた人狼の麗人男女は、ため息をついてリッターライセンスを取り出した。

 その三十分後、彼らは冤罪ということがわかり、謝罪の印であるサブレをもらって、退魔局へのタクシーに乗せられるのだった。


「転移術を使わないと間に合わないだろうな」

「座標が石の中じゃないことを祈るさ」


×


「ほら、三千円ずつ。大事に使え」


 柊が封筒を、竜胆と菘、それぞれに渡した。


「僕は結界師としての稼ぎがあるのに」

「子供が気取るでない。それに妾は子供に小遣いをやる以外に金の使い道がないのだ」

「じんようゆうわに、つかってるのに?」

「人妖融和は妖怪の夢だからな。妾の個妖こじん的な理由では……まあよい、しつこいが大事に使うんだぞ。とはいえ、食いたいものを買いなさい」

「はーい」「ありがと、柊」


 柊はそれだけ世代が離れた子孫にも、息子・娘として接する。彼女自身が母親を知らない反動だと、自分自身で言っていたが、あの様子は母というか祖母だ。


「私にはないのー?」と聞く椿姫。

「お主はもうでかいだろ。ほれ、さっさと行かんか」


 椿姫がふっと微笑んで、菘の手を握った。

 場所は神社近く。道には、すでに屋台がずらりと並んでいた。昼食をおにぎり一つと味噌汁だけで済ませていた燈真は、食べ盛りということもあってすでに空腹である。なんせ、午前中の授業の体育で散々体を動かしたのだ。あまりルールをわかっていないバスケを、わからないなりにやった。穂信にボールを取られたり、わざと光希にぶつけたりと、少しはしゃいでしまい、それとなく叱られたけど。

 時間も午後二時と、人によっては遅めの昼食を取る時間帯であった。


「屋台で何食べる?」

「わっち、からあげたべたい」

「お姉ちゃんも。二人でいこっか」

「うん!」

「万里恵ちゃんも付いてくから三人だぞー」

「びっくりした、あんたいつの間に……」


 菘が嬉しそうに、人に当たらないよう小さく縮めた尻尾を振った。燈真と光希、竜胆も談笑しながら、まずは腹ごしらえをしようという算段になった。


「伊予、一応感知用の結界を張っておいてくれるか。妙な気配がする」

「わかったわ。……忌物にしては、なんでしょうね、この……禍々しい……五臓が揺さぶられる感じ。妖気がひどく乱れるわ」

「この前まではなかったろ、こんな忌物。どうも燈真たちはそこまで影響を受けんらしいが……やれやれ、老骨に響くものでなければいいが」


 こそこそとやり取りする柊と伊予に、一瞬椿姫が目を向けた。柊は「しっしっ」と手を振って、視線を振り払う。

 椿姫はふん、と鼻を鳴らし歩き出した。


 さても、祭りである。

 笛と太鼓、鈴の音色が響いていた。あちこちから美味そうな匂いがして、ひとびとが行き交う。

 同じ高校の同級生もいた。穂信は姉らしきギャルっぽい妖狐と、オドオドした人間の上級生と一緒に歩いていた。声をかけられて、燈真たちは二、三会話して別れる。


「おねえちゃん、からあげあったよ」

「おっ。お姉ちゃんいろんなの食べたいから小さいのにしようかな」

「じゃ、はんぶんこ。わっちもいろいろたべたいから」

「いいねいいね、お金はお姉ちゃんが払うから、あんたはお小遣い大事にとっときなさい」

「むふー、おねえちゃんだいすき!」


 その様子を見ていた竜胆が、「燈真と光希が出してくれるなら、僕も大事にとっとこ」と太々しく言い放った。

 燈真が「俺金欠なんだよな」と掌を返し、光希は「俺も欲しい画材あんだよな」とすげなく切り捨てる。

 竜胆はむすっとした顔で「薄情者」と言った。


 冗談はさておき、燈真は焼きそばの屋台を見つけて指差した。


「お前ら、焼きそばだって。どうする?」

「分けようぜ、焼きそばだけで腹一杯になったらもったいねえだろ」

「僕もその方がいいかな。燈真が出してくれるんでしょ?」

「甘え上手め。……ま、退魔師の報酬も入るし、全然いいけど」


 退魔師は公務員ではなく、あくまで民間の独立した会社組織の社員である。その給料は完全な出来高制で、こなした任務に応じて支払われるのだ。

 たとえば燈真の過去二回の任務の報酬は、合計して二〇万円。四等級案件と事実上の二等級案件でこの額だ——当然、椿姫には授業料を差し引かれているし、光希との一件では山分けである。それでも、燈真の取り分が手取り二〇万円。

 これを高額と取るか、それとも命の安売りと取るかは人それぞれだ。しかし燈真にとっては、破格の仕事だった。実入りの良さは、目を瞠るものがある。

 とはいえ、激痛、苦痛、死の恐怖——それを考えると、金ではどうにもならない苦労をしている、と思っていた。

 しかしそれ以上に、大勢の命を守った自負もあった。それを思えば、まあ、悪くない仕事だ。燈真はやり甲斐で仕事ができる、現代人にしては稀有な人種だった。


「三人で食うし、大盛りでいいか?」

「おう。紅生姜は多くしすぎんなよ」

「ネギは抜いてね」


 ネギ類は大抵の獣妖怪の天敵である。場合によっては中毒症状が酷く、死ぬことさえあるのだ。一見長命で膨大な妖力を持ち、多彩な術を操る妖怪は無敵にも思えるが、人間が普通に食べているものを口にしただけで倒れる弱点もある。彼らは霊的な力を持つが、同時に生物であった。

 燈真は焼きそば屋台の店主に、「焼きそば大盛り、紅しょうが少なめ、ネギ抜き」とオーダーする。店主は「あいよー」と言って、手早く麺を炒め始めた。妖怪が多い土地なので、店主もネギ類抜きオーダーは心得ている。

 麺にたっぷりの豚肉とキャベツ、にんじんを混ぜ、ソースを垂らす。

 それをパックに山盛りに入れ、紅生姜を乗せて輪ゴムで留めた。


「はい、七〇〇円ね」


 燈真は小銭を出し、商品を受け取る。

 客の邪魔にならないように、燈真たちは境内の休憩所の隅で食べることにした。


「燈真、箸一個じゃん」

「やべ。まあいいや、これ使い回すしかないだろ。子供じゃないんだし間接キスなんて気にならねえだろ」

「がさつだなあ。まあ、家で色々共有してるし今更か」

「竜胆も燈真も俺の漫画コレクション勝手に持ってくのを共有って言うなよ。無くしたと思って部屋中探し回ったんだぞ」

「悪いって。でもちゃんと俺は戻したぞ」

「じゃあ僕かも。ごめーんね」


 反省する気がない竜胆の謝罪に、光希が耳をこねくり回す。その間に燈真が先に食べ始めた。大体三分の一くらいを、大口をあけて頬張る。


「もー、耳が伸びるからやーめーろーよー!」

「反省したか? おん?」

「したってば! 許してってば!」

「しょうがねえなあ……ったく」


 光希が燈真からパックを受け取り、食べ始めた。竜胆は散々いじくりまわされた狐耳を労るように揉みほぐし、「むう」と唸る。

 ソースの味が効いたそれを食べ進める。肉も、三人で分け合うように食べた。気持ち竜胆が多めに食べられるように気を使ったのは、歳上としての自覚とプライドだった。

 竜胆も賢いからそれに気づいていて、言葉には出さないが兄貴分二人に感謝して残りを食べる。

 その間に燈真は唐揚げを買ってきた。紙のカップに入った、縁日でよくみるあれだ。日本のお祭りの代表的ファストフードである。焼きそばを食べ終わったタイミングで竜胆と空きのパックと唐揚げカップを交換する。近くのゴミ箱に捨てている間に、竜胆は美味そうに唐揚げを頬張っていた。


 ……父と再婚した女には連れ子がいた。燈真より少し下の男の子。小さい頃は兄と慕ってきたり、かと思えば兄のように振る舞ったりしていたませた子供だったが、ここ一年は全く喋っていない。

 ……出会って一ヶ月も経たない子供にはこんなにも優しいのに、何年も一緒にいた弟には疎遠のまま別れも告げず去った。

 もう少し自分に自信がつけば、彼に——義弟にも言葉をかけられるだろうか。


「燈真?」

「どーしたんだよ。遠く見て」

「いや、なんでもない」

「にいさん!」


 そこへ、菘が走ってきた。竜胆が唐揚げを飲み込んで「こ、転ぶなよ」と注意する。普段はクールぶっている彼も、妹のこととなると冷静ではいられないらしい。

 菘は両手に綿菓子を持っていた。片方を竜胆に渡す。


「たべよっ」

「うん。ありがとね」


 竜胆は妹から綿菓子を受け取り、二人で仲良くハムハム食べ始める。

 燈真と光希は唐揚げを分け合い、揚げたて熱々のそれを頬張った。やや遅れてたこ焼きを持った椿姫とじゃがバターを両手に持った万里恵が合流する。

 にわかに色めきたつ境内。絶世の美女が二人——いや、菘を入れ三人。見るな、と言う方が無理である。

 菘はそんなこと我関せず、綿菓子に夢中だ。「うみゃい」と言いながらもっさもっさ食べていく。


 客たちは当然村人だから、椿姫たちのことは知っている。稲尾さんのところの跡取り娘。そういう認識だ。

 しかし、それだけで片付けるには、彼女たちはあまりにも可憐である——まあ、椿姫はパッと見触れたら切れそう(斬られそう)な感じだから、あまり男が言い寄らないらしいが。


「にいさん、からあげたべた?」

「うん。燈真が買ってきてくれたよ。おかげで柊のお小遣い使ってないや」

「わっちも。あ……とうま、たんじょうびいつ?」

「四月十九日。ゴールデンウイーク前で良かったよ、免許取るのに困ってた」

「車は十八からでしょ」


 竜胆が冷静に突っ込んだ。燈真は「バイクの普通二輪は十六で取れるんだ」と教えた。

 菘は「むう」と言いながら、「おこづかい、だいじにとっといて……ふふ」と呟いた。

 なんでもいいが、菘も竜胆も無駄遣いをしないのは偉いな、と燈真は思った。自分が彼らと同じくらいの歳の頃なんて、節約なんてしなかった。欲しいものなんて衝動買いである。

 今でこそ金銭感覚は身につき、バイトや退魔師の仕事で働く苦労と苦痛を味わったから、大事に使おうと思える。


「菘ちゃん、じゃがバターもあるぞー」

「まりえとたべる」

「えぇ、お姉ちゃんとじゃないの? んじゃ竜胆、ほら食べるわよ」

「僕かよ」

「こんな綺麗なお姉ちゃんと食べれる経験なんてないんだから喜びなっての」


 ちょうど空いたベンチがあったので、そこに移動する。

 光希は燈真の肩に腕を回した。


「燈真、射的いこうぜ」

「いいぞ。ああいうの、ほんとに落ちるかね」

「この村は確実に落ちるぜ。ターゲットがダンボールで作ったカードで、景品と交換するシステムなんだよ」

「へえ。屋台、赤字じゃねえか?」

「いいんだよ、ここで屋台出してる連中なんてみんな趣味の副業の延長なんだし。ショバ代込みだから安くできねえだけさ」


 歩きながらそんな話をしていた。途中で光希はどこからそんなことを聞いたのか、奈良時代の建設組の名残で今も「なんとか組って言うんだぜ、それと同じで従弟制度のせいでテキヤはヤクザと混同されるんだよな」とか教えてくれる。

 妖怪ってのは色々知ってんだな、とか思いながら射的の屋台まできた。

 列に並んでしばし、順番が回ってきた。


「一回五百円。……はい、二人で千円ねー。一人三発。頑張って」 

 

 燈真はコルク銃の先端に、コルク弾をはめた。空圧式の空気銃である。

 隣の光希は手慣れた様子で構えた。銃を突き出さず、上半身を寝かせてプロのスナイパーのように構えていた。プロのスナイパーと言っても、映画とかでしか知らないが。

 燈真も見よう見まねで構えた。

 なるほど、高額商品は段ボールの的が非常に小さく、逆に駄菓子なんかは大きく当てやすい。

 勝つ勝負をするか、賭けに出るか——人の考えが出るところだ。


 燈真は、当然勝負に出る。

 狙いは商店街で使える金券五千円分である。さすがに、何万円もするゲーム機などの商品はなかった。プラモデルや、イヤホンなんかが高額枠である。

 狙いを定め、一発。ポンッと音がしてコルクが飛んだ。

 狙いは僅かに右に逸れる。

 隣では光希が外していた。どうやら狙いはプラモデルらしい。


「くっそー、いけると思ったんだけどなあ」

「思ったより難しいんだな。当てられそうなんだけど」


 コルクを再装填、二射目。

 構えよし、狙いよし。

 引き金を絞る。空気の炸裂音がして、弾丸は微かに上に逸れた。しかし、今度は掠った。的が倒れると思ったが、踏ん張りを効かせる。


「いいぃ……絶対行っただろあれ。最後の一発か」

「雷使えれば一発なのにな」

「それやったらつまんねーからなあ。それにスナイパーってかっこいいだろ」

「ちょっとわかる」


 三発目。敵は呼吸だ。燈真は息を止め、体の動きを最低限に減らす。

 撃つ。

 弾丸は、的のど真ん中にヒットした。段ボールの小さな的がひっくり返り、燈真は「よし!」と小さくガッツポーズする。


「うがぁ外したあ!」

「悪いな光希、俺は当てた」

「嘘だろ! まじかよお前……」

「はーい、金賞ね。商店街で使える金券五千円分。無くさないでね」

「ありがとうございます」


 燈真は素で渡された金券を、光希に見せつけた。


「この野郎、勝ったからってこいてやがるな」

「お前だって無縁じゃないんだぜ。これで美味いもん買って、食おうっていう俺の策略だ。竜胆と菘も誘って、まあ菘は女の子だけど男子会と行こう」

「お前結構ワルだな……いいぜ、やろうやろ——」


 屋台から離れていきながら喋っていたら、目の前に、椿姫。


「まさか、私を仲間はずれにしようとした?」

「万里恵ちゃんも忘れちゃダメでしょー。五千円あれば一切れ二千円のサーロインを二枚、私たち分は買えるんじゃない?」

「ふざけるな、誰がお前らに……」


 冗談を言い合って笑い合っている——と、

 ふと、何かが肝臓を突くような感じがした。


「おねえちゃん、こわいのがいる」


 菘が、雑木林に目を向け、慌てて竜胆の後ろに隠れた。

 その目には、同心円状のリングが二重に浮かんでいる。


(なんだ、この目……)


 普通の目ではない。

 これが……まさか、菘の術なのだろうか?


「竜胆、伊予さんか柊と合流しなさい。菘を預けたら、結界を張りつつ避難誘導に参加して」

「わかった。……姉さんたちも気をつけて」


 何かが起きようとしている。光希が、あえて雷を発生させて雷鳴音を響かせた。

 声を響かせる音響術を使い、椿姫が怒鳴るように言った。


「呪術師ないしは魍魎の発生を確認! 退魔局所属二等級退魔師稲尾椿姫の権限において、避難命令を出す! 押さず慌てず騒がず、神社の指示に従って避難しなさい!」


 周りにどよめきが走ったが、しかし魍魎にはいい意味で慣れているらしい。パニックにはならず、すぐに神社の関係者がやってきて避難誘導を開始する。

 燈真たちは札を抜いた。戦衣を封入したそれを胸に押し当てて素早く着替えると、菘がひどく怯えていた雑木林に向かって走り出すのだった。

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