第7話 転校、使いパシリと二度目の任務と
「知ってる? 転校生が来るって」
「ええ? 六月も半ばだよ? こんな時期に?」
「可愛い子だったらどうしよう……やべ、昨日家系ラーメンくっちまった、マシマシで」
「お前なんてはじめから誰も相手しねーよ」
村立魅雲村高等学校の一年二組に、期待の声が広がっていた。
当然転校生というのは燈真のことなのだが、まさか噂の半数を占める美少女説を裏切るいかつい少年がやってくるとは、彼らはよもや夢にも思っていないだろう。
椿姫は一限目の日本史の教科書を開き、雑談しつつ内容をおさらいしていた。日本史なら生き字引がいるが、その柊だって日本で起きた全てを知っているわけではないから、やはり自分で勉強するのは大事だ。
光希はクラスメイトの
あくまで自然体、誰も彼らの弟弟子が来るなんて思ってないのだ。
だからやはり、男子は美少女説で燃え上がり、女子は現実的な「なぜこの時期に? 帰国子女?」みたいな話で盛り上がっていた。
その頃、職員室では燈真が待機していた。
白いシャツに黒いブレザーと灰色のスラックス。上履きはスリッパで、シンプルなデザインである。衣替えの時期だが、今日は初日なんだからと伊予に言われ、ブレザーを着てきたが——暑い。
「
「ん、おお。暑いだろ。いいぞ」
燈真はブレザーを脱いだ。ついでにうえのワイシャツの袖も捲る。
「仕事帰りのリーマンみたいだぞ、漆宮」
「椿姫と同じこと言わないでくださいよ」
担任の
邪魔にならないように定期的にカットしているという角をいじる。生えている最中は血が通っているらしいが、カットする際に妖力で供給を断ち切り、骨組織を意図的に殺して破骨細胞を出して落とすらしい。生物が担当だからか、嬉々として教えてくれた。
曰く、「男としては伸ばしたいが、生活する上ではシンプルに邪魔になる」とのことだ。
御薬袋は「そろそろか」と左腕のロレックスを確認する。医者だったというのは本当のようだ。ロレックスは、どんなに安くとも数十万単位の値段である。公務員でも買えなくはないが、気軽に手出しはできない。
「いい時計っすね」
「結婚十年目に奮発して買った。嫁にどやされた。さ、行くぞ」
おまけに、とっつきやすい先生である。事務的な、給料以上のことはしない、というタイプではない。
リノリウムの廊下を歩きながら一年二組の教室に向かう。東棟一階。職員室がある西棟とつながる廊下を通り、教室の前に来た。
「呼ぶまで待ってろ。——はいはい、おはようさん」
「おはよーございまーす」
「先生、転校生って絶世の美少女ってマジっすか?」「やべー、絶対ワンチャンこれあるって」「ってか時期変じゃないっすかー?」
「あーもう、ほら、静かにしなさい。金曜日だからってテンションを上げるんじゃない。明日も半ドンあるんだから」
教室の外で、燈真は「とんでもない尾鰭がついてんな」と頭を抱えていた。
「えー、噂になっているが今日からこのクラスに新しい仲間が増える。桜花町から転校してきた子だ。どうも尾張と同じらしいぞ」
「ってことは退魔師?」「稲尾さんのところの弟子かあ」「女退魔師って響きがエロい」
女じゃねえよ。誰ださっきから適当言ってるやつは。
「じゃあ、入ってこい」
クラスの期待のボルテージが上がっていく。
やがて教室に入ってきたのは、高一にしては背が高い、筋肉質な少年。男子連中の絵に描いたようなガッカリ顔が、逆に痛快だった。
「自己紹介してくれ」
「はい。……漆宮燈真です」
黒板に、白チョークで名前を書いて名乗った。最新のアナログ教材という触れ込みのスマートチョークである。減りが極めて遅く、消す際に余計な粉末が出ない。
それから、「趣味は本を読んだり、運動することです。よろしくお願いします」と言って、一礼した。
改めて見れば、クラスの九割近くが妖怪である。
男子たちはあんがい強かなもので、けろっとした顔で拍手を送り、女子ははじめから何事もなかったかのように振る舞っていた。
「席はどこだっけか……よかった、尾張の隣でいいか。あそこな」
「はい」
燈真は窓際に座る光希の隣に腰掛けた。列は最後尾であるが、実際、最後尾は先生からすると監視しやすいらしい。無論燈真は授業中に携帯をいじったりはしないが(留年なんてしたら修行打ち切りと言われたからだ。優先はあくまで学業である)。
思えば、スムーズに転校できたあたり前々から稲尾家と父が画策していたのだろう。あの日あの夜、父に何を言ってもこうなったのは変わるまい。
けれど、修行するか否かは、違ったはずだ。
よしんば強制であったところで、燈真自身がこの人生を決めたのは事実である。
「えー、伝えることはなんだったかな……そうだそうだ、今週末、ってか明日、神社で祭りがあったな。雨天決行だそうだから、行くなら折り畳み傘とか持ってけよ。風邪ひいて休むってのはなしだからな」
「そこはもっと風紀を守った服装を〜とかいうべきだと思いまーす」
女子生徒がそういうと、周りも笑いながら賛同する。
「先生はみんなを信じてまーす。はい、以上です。日直、挨拶」
「起立、礼」
「はい。……じゃ、漆宮に色々教えてやるように。一限は日本史だから、時間厳守で席につけよ」
そう言って御薬袋は白衣の裾を翻して去っていった。傍目にはやる気のないおじさんだが、距離感が近く接しやすい。
良くも悪くもできる大人という雰囲気がないから、等身大に感じるのだろうか。完璧を目指さなくていいという安心感が、田舎の先生らしかった。
「燈真、パン買ってきて」
「なんだと」
光希が二百円を渡してきて、早速そんなことを言った。
彼とは家で話しており、その距離感は兄弟弟子というより同い年の友人という感じだった。
「いいだろ、お前図体でけーしああいう人混みでもぐいぐい行けそうだろ」
「グイグイって、並ぶだろ、普通」
「あれこれ見ながら欲しいもんがあったら買ってくシステムだぜ、購買って。学食とはルールが違うんだよ」
「めんどくせえなあ。朝飯なら食ってたじゃねえか」
「おう、だからミニサイズを頼んだ」
耳を軽くつねってやろうか、と思ったが、おとなしく二百円を受け取った。
「余ったら、好きな飲みもんでも買えよ。購買は昇降口にあるぜ」
ひらひら手を振る光希。ああいうところが憎めないのだ。
燈真は致し方なしと教室を出て西棟の昇降口へ向かい、開いたばかりなのに賑わっている購買に向かう。
ワゴンに陳列されている商品の中からミニクリームコッペを選び、燈真はそれを買った。どっかのアーカイブサイトのラノベでこれを庶民パンと呼称していた記憶がある。すごい名称だ。値段は六十円。安い。
残った小銭を自販機に突っ込み、冷たいアイスコーヒーを買った。もちろんブラックの無糖。クイーンズコーヒーというメーカーの缶コーヒーだ。
それを手に燈真は教室に戻った。
「ほらよ、光希」
「お、わりーな」
光希はミニパンを受け取るなり袋を破いて、それをゴミ箱に捨てる。クラスメイトの男子——狐妖怪の男子と駄弁っている最中だったらしい。
狐妖怪のは、髪の毛で遊んでいる——アシンメトリーパーマをかけてツーブロにしていた。赤みがかった橙色の髪で、顔だちは狐というよりは柴犬っぽい雰囲気がある。
席に戻ってくるまでに光希はパンをぱくついており、席に座って燈真に混ざるようにジェスチャーで示した。
燈真は自分の椅子を寄せて、面子を見る。
「ども」
「俺、稲原穂信」一尾の妖狐がそう名乗った。
「よろしく」
「退魔師なんだって?」
「ああ。見習い等級だけど」
「すげーな。姉貴も高校生やりながら退魔師やってるけど、いっつも愚痴ってんだよな」
世間一般で言えば退魔師はどんなに早くとも高校卒業後になるものだ。しかも、付け焼き刃の知識でなることはまずない。燈真は異例なのだ。長命の妖怪ならいざ知らず、十六歳の少年が退魔師をやるというのはだいぶ特殊だった。
燈真は缶コーヒーのプルを引いて中身を呷った。冷たいブラックは、すっきりとした苦味が効いていて美味い。
目覚めるような苦味を喉に流し込んで、燈真は学業に備える。
「燈真、放課後に俺と任務な。今日も実戦訓練だ」
「わかった」
予鈴が鳴って席に戻る前に光希にそう言われ、燈真は短く返事をした。
穂信も「やべ、席つかねーと」と言いながら、あわてて光希の前の席に座り、邪魔にならないように尻尾を縮めた。
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