お前はお前の道を行け。
十歳の頃、両親に連れられて生まれてはじめて居酒屋に行った。決して裕福な家庭ではなかったので、外食をする時も「できるだけ安いものを」と、こどもながらに遠慮をしていた。たまたま割引券をもらったために、両親と私で行くことになったのだ。居酒屋につき、メニューを渡された。見慣れない品目がずらーっと並び、どれも高い。その中で唯一「いかそうめん」だけが五百円と書かれてあり、これなら両親に負担をかけないだろうなと思って注文した。十歳の私は、何も知らなかった。そうめんと言うくらいだから、蕎麦とかうどんに似たものが来るものだと思っていた。これなら、五百円で腹一杯になる。両親にも、負担をかけないで済む。
だが、現実は残酷だった。店員が「へい、お待ち!」と言って、いかそうめんを運んできた。信じられないくらい小さな器に、いかの刺身が盛られてある。これが五百円。これが五百円。私の頭の中は「これが五百円」で一杯になり、もう、何もすることができなくなった。両親が「これだけで足りるの?」と聞く。小さな私は「うん」と、涙をこらえながら答えた。本当は足りない。全然足りない。だが、足りないなんて言えない。自分の失敗のツケは自分で払わなければいけない。母が「何か飲む?」と聞く。だが、飲み物はどれもラーメン一杯食べられるくらいの値段がする。私は「いらない」と答えて、結局、泣きながらいかそうめんを食べた。
中学生の頃、私は、新潟県で一番頭の良い高校を目指すように担任から言われた。私が通っていた中学校からは、毎年、二十人程度がその高校に進学する。お前は行けるから、行け、と。私以外にも、その高校を目指すように言われたA君という男の子がいた。A君は、自分がその高校に行くためにはライバルを蹴落とす必要があると考えて、同級生全員を敵対視していた。A君の考え方はもっともだが、私は「全員で受かったらいいよね」と思った。なぜか、A君は私とだけは仲良くしたがった。A君の成績は、私よりずば抜けてよかった。だが、結果、私は高校受験に受かり、A君は高校受験に落ちた。
これらの体験を、最近、頻繁に思い出す。こどもは親に遠慮をする。かなり、小さな頃から。中学時代に「みんなで受かろう」と思ったことが功を奏して、高校に合格したとは言い切れない。だが、その時の心理状態が現実を大きく動かすことは、あり得ることのような気もする。最近になって、ようやく、居酒屋に行っても好きなものを注文できるようになった。ラーメンの値段と比べることもなくなり、これはこれ、それはそれと思うことができるようになった。私の母は、世界一素朴な母と言ってもいいような存在で、生まれてはじめてサイゼリヤに行ったのは六十歳を超えてからだった。何でもいいから好きなものを食べなよと言っても、母は、遠慮をした。そして、運ばれてくる料理のひとつひとつを見て「うわ〜!」と歓声をあげた。
特別なものを目指すことと、純朴、素朴であることとは、異なることなのだろうか。素朴で純朴な母を見て、素朴で純朴だった頃の自分を思い出して、置き去りにしてきた特別さが蘇る。幼少期の私は、孤独で、人間よりも本やザリガニを相手に時間を過ごしていた。蝶やトンボや蛙を捕まえて、小さなスペースに放し飼いにして、これが僕の基地だと思ったりしていた。孤独だったが、孤独な時間が私を育てた。友達がいたらここまでのめり込むことはできなかっただろうなという深みまで、孤独は私を運んだ。貧しかった記憶は、豊かな記憶として、蘇り、孤独だった記憶は、豊かな記憶として、蘇る。京都で本を配ることに決めたら、東京在住の男性から「行きます!」と連絡が届いた。わざわざ京都まで来ることはないのに、その男性はわざわざ京都まで行くと言う愚行を選択した。私は「いいな」と思った。順番が違うだけで、みんな、似たような貧しさに悩み、似たような孤独に悩む。貧しさも、孤独も、寄り添うまなざしに出会えば、ぬくもりに変わる。貧しかった記憶は豊かさとして、私の中に永遠に留まる。
坂爪圭吾様
本日本を受け取りました。
こんなときめきを感じたことは初めてです。
完全に私は油断していました。
貴方が送ってくださった、めくるめく不意打ちのときめきに
完全に心が奪われてしまいました。
罪な方だと思いました。なんということでしょう。。。
今も胸のあたりが震えています。
顔にはパックして珈琲と胡桃を味わいながら
頂いた本を読ませていただきたいと思います。
こんな体験を人生に下さった事に
感謝致します。ありがとうございます。
おおまかな予定
6月8日(土)京都府京都市界隈
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)
連絡先・坂爪圭吾
LINE ID ibaya
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE https://tinyurl.com/2y6ch66z
バッチ来い人類!うおおおおお〜!
コメント