283.軽薄な時間
屋敷に戻ってきたクノンとカイユ。
そのままテーブルに着き、少し早めの昼食を取ることにした。
「――今日は卵がありますよー」
給仕する使用人イコは、かなりご機嫌だ。
パンにスープ。
サラダ。
そして卵と肉を炒めたものが出た。
貴族の食事としては質素。
だが、庶民としては少し豪華。
足りないものが多い開拓地では、まあまあ贅沢なメニューである。
特に食にこだわりがないクノンとカイユである。
文句などない。
「ちなみにおやつは蒸しカボチャですよー」
「――本当か?」
付け足された言葉に、カイユが反応した。
カボチャを蒸して、裏ごしして。
ペースト状のそれに乳製品やナッツを混ぜて、固めて冷やしたもの。
この開拓地では、蒸しカボチャと呼ばれている菓子の一つだ。
素朴でシンプル。
手は掛かるが、簡単な作り方。
だが、これが抜群にうまい。
下手なケーキよりよっぽどうまいし、甘い。
「カイユ様はアレ好きですもんね。でも私の分はあげませんよ。こればっかりはクノン様にもあげられませんからね」
うふふふはははははははは、とやたら笑いながらイコは去っていった。
「……クノン、おまえの分よこせよ」
「残念ですが、ミリカ様が手伝っている可能性があるので。
僕はあの方の手料理が食べたいし、誰にも譲れないので、お断りします」
「兄弟子の命令だぞ」
「兄弟子より女性を優先したい。紳士ってそういうものでしょう?」
そんなどうでもいい話をしながら、昼食の時間は過ぎていく。
さて。
食事が終わり、クノンはこれからのことを考える。
今日やるべきことは終わった。
カイユは実験室に向かったし、他の魔術師たちもそれぞれ何かをしているはず。
この状況でできることはなんだろう。
クノンが思いついているのは、道の舗装。
来る時に寄った最寄りの村と、この開拓地を結ぶ交通路を作ること。
一応道らしき道はあるようだが。
獣道よりは多少マシ、程度のものらしい。
あまり必要ないかもしれないが。
しかし、あって困るものではないだろう。
多少物流がしやすくなれば、交流もしやすくなる。
いざという時に助け合うこともできるだろう。
だが、クノンには向いていない。
水魔術では効率的に整地はできない。
だからこれは準教師セイフィに相談しようと思っている。
彼女は土魔術師だから。
できるだけ自然に見えるけど、でも道と言われれば道、程度に均してもらいたい。
これもやりすぎはまずい。
ちょうどよくやってほしい。
ほかには――
「あ、クノン君。お疲れ様です」
その声を聞いた瞬間、クノンの思考は途切れた。
「この美声、いったいどんな素敵なレディの声だろう。
そう思ったらミリカ様だったんですね。
てっきり声楽の女神アロイが降臨したのかと思いましたよ」
――相変わらず軽薄である。
いつも通りのクノンだ。
ミリカは微笑む。
彼は軽薄でいい。
できれば自分にだけそうであってほしいが……まあ、多くは望まない。
今は。
――またまた、みたいなことを言おうとしたミリカだが。
奇しくもクノンは一人で。
奇しくも自分も食事を持って来て、一人。
二人きりである。
意外と二人だけになれる機会がないので、嬉しい幸運だった。
たとえ、そう長い時間ではないとしても。
「アロイより好きだとは言ってくれないんですか?」
ちょっといちゃいちゃしたい。
正真正銘の許嫁同士なのだから、二人きりの時くらいいいだろう。
「――もちろんミリカ様の方が好きですよ。美貌を誇る女神三十人くらいが並んでいても、僕はあなたを選びます。比べられるわけがない。
まあ、美貌の女神たちがいても、僕はその美貌が見えないんですけどね」
あっはっは、と笑うクノン。
実に軽薄である。
「それで、これからのご予定は?」
軽薄な話をしつつ、ミリカも食事を取り。
話の流れでそう聞いた。
クノンはようやく動き出した。
午前中仕事をして、それはもう終わったらしい。
なら午後はどうするのか。
当然湧く疑問である。
「まだ決まってないんです。僕が単独でできることは限られてますし」
制限がなければいくらでも思いつくんですが、とクノンは苦笑する。
「あなたのためなら何でもしたい。でもできない。不甲斐ない僕を許してください」
――つまりクノンの午後は空いているわけだ、とミリカは思った。
ミリカはやることがたくさんある。
だから共に過ごす、というわけにはいかない。
何より、民に示しがつかない。
一緒に過ごしたいが。
だが、なら。
クノンに頼み事をするのは、いいのではないか。
時間が空いているなら。
そして、行く行くはこの地の役に立つなら。
少々個人的な頼み事をしても、いいのではないか。
「クノン君、相談があるのですが。聞いてもらえます?」
「聞かない理由がどこに? 僕のお姫様」
「それではちょっと付いてきてください」
「あなたと一緒なら地獄の底にだってお供しますよ。そして楽園を築きましょう」
軽薄な婚約者を連れて、ミリカは屋敷の地下へ向かう。
この先には、酒の番人がいる。