ストーリー性のある服を通じて変革を進める。新生「シュプリーム」を率いる、トレマイン・エモリーの思い

デニム ティアーズの創業者であるトレマイン・エモリーを新クリエイティブ・ディレクターに迎えたシュプリーム。パリ・メンズ・ファッションウィークで開かれたシュプリームのパーティーで、彼に話を訊いた。
Krista Schlueter

6月23日の夜(仏現地時間)、パリで1番ホットなスポットは、シャンゼリゼ通りにあるクラブだった。シュプリームがパンデミック以来、最大級のパーティーを開催したのだ。店内では、イリュージョニストのデビッド・ブレインがスケーターたちの耳からカードを抜くマジックを披露し、その近くではボックスロゴのTシャツを着たストリッパーたちが談笑していた。パリ、ロンドンニューヨークから集まったシュプリームのチームメンバーをはじめ、クラブキッズ、ラッパー、ファッション関係者、そしてクンレ・マーティンスのようなアーティストたちでクラブは賑わっていた。世界有数の都市で開かれる、シュプリームおなじみのイベントのひとつだ。しかし、この日はいつもとどこか違う空気が漂っていた。ひとつは、トム ブラウンの従業員たちがお決まりのショートパンツのスーツに身を包んで、バーでドリンクを待っていたこと。さらに外には、高級ブランドのウェアで着飾った人々が行列を作っていた。シュプリームはブランド史上初めて、正式にメンズ・ファッションウィークに上陸したのだ。

なぜ今、メンズ・ファッションウィークでパーティーを開くのか? シュプリームの新クリエイティブ・ディレクターであるトレマイン・エモリーにその理由を尋ねた。

シュプリームが成し遂げてきたことを、皆やろうとしている

今年の2月にエモリーが加わったことは、2020年にVFコーポレーションがシュプリームを21億ドル(約2800億円)で買収して以来、最初に発表された大型人事だった。シュプリームが30年の節目を迎えるにあたり、新たなフェーズに入ろうとする兆候でもあったのだろう。彼が創業したデニム ティアーズは、奴隷制度や人種差別に抗議する運動と文化的な活動に力を注ぐ彼を象徴するブランドでもある。友人であり、コラボレーターでもあったヴァージル・アブローと同じく、エモリーはファッション業界のルールに縛られることはない。それだけ、ファッションプロジェクトは彼にとって重要な意味を持つのだ。

2020年にコンバースとコラボレーションした際には、スニーカーデザインを承認する前に、コンバースの親会社であるナイキに対して、本当の意味で社会変革を後押しするよう要求したという。シュプリームはアクティブに政治的主張をしてきたが、何が起こっても動じないクールさのあるブランドでもある。エモリーの就任は、2017年にシュプリームが発表した「Fuck the President」Tシャツを超えるレベルで、ブランドの政治的・文化的関与を深めていくことを意味しているようにも思えた。

エモリーがシュプリームのためにデザインした最初のピースは今秋に、初のフルコレクションは来春に発表される予定だ。しかし、すでに彼がブランドに与えた影響を感じることができた。午後11時頃にパーティー会場に到着したエモリーの行く先々には、常に人だかりができていた。社外から雇われたにも関わらず、シュプリームのファンたちはすでに彼に夢中だ。パーティーは彼の就任前から企画されていた、とエモリーは説明した。だが、エモリー率いるデニム ティアーズの新コレクションとパーティーは共鳴しあっているように見えた。シュプリームが今後、ファッションウィークに参加するほかのラグジュアリーメゾンと並ぶ、ファッション界のキープレイヤーになることを予感させるように。

「すべての事柄がつながってきた感じがします」とエモリーは言う。シュプリームは、キム・ジョーンズによるルイ・ヴィトンのコレクションに登場したこともあるが、同じスタイルでランウェイに復帰することは期待しないほうがいい。エモリー主導となった今、シュプリームはファッション界を今まで以上に積極的に受け入れ、その変化を祝福することになるだろう。「すべてのファッションブランドは、シュプリームがこの30年で成し遂げてきたことをやろうとしている」と、エモリーは続けた。「今までは、ほかのブランドがプレイブックを書くのを手伝ってきたのです。私たち自身が、スーパーボウルに参加しない理由は見つかりません」

エモリーは、シュプリームのパーティーのためだけにパリに滞在していたわけではなかった。リーバイスとコラボレーションしたデニム ティアーズの2023春夏コレクションのためにショールームを押さえ、他ブランドのランウェイショーを訪れた(ルイ・ヴィトンのショーは、警備員が彼とアサイドを中に入れなかったため、見ることが叶わなかった。ヴァージルが始めた革命がまだ終わっていないことを示す良い例だ)。2018年6月、エモリーとアサイドはパリの「L'Avenue」で開かれた『GQ』のフライデーナイトパーティーでDJを担当した。年2回行われるこのパーティーでのDJイベントは、アサイドとヴァージルが始め、今では恒例となった。

服はストーリーを伝える「トロイの木馬」

昨年、ヴァージル・アブローが亡くなって以来、パリのメンズ・ファッションウィークの中心にぽっかりと空洞ができてしまった。エモリーは、その穴を埋めてくれる存在に誰よりも適していると言えるだろう。シュプリームのデザインチームを率いるほか、デニム ティアーズを運営する彼は、友人やコラボレーターをサポートするためにパーティーに出席し、自身もホストを務めた。エモリーはパリでヴァージルがしていたように、次世代の思想家やクリエイターたちと体制との間を取り持つ役割を担っていたのだ。引用を多用し、効果的なメタファーを使ったエモリーの語り口は、生前、ヴァージルが自分の考えを伝えていた姿を思い起こさせる。

エモリーは、自身がデザインした服を「トロイの木馬」のような形で使っている。ヴァージルのデザイン哲学が「3%アプローチ」だったのは有名だ。既存のコンセプトを3%変えれば、すべてが新しく生まれ変わる、という考えだった。エモリーのアプローチもまったく同じだ。彼にとって良いセーターとは、着る人を媒介して、注目すべきストーリーや会話を広めていくもの。ファッションウィーク中には、そんな彼のアイテムがパリのいたるところに出現した。キルトプリントを中心としたリーバイス×デニム ティアーズの2023年春夏コレクションでは、アフリカからアメリカに連れてこられ、奴隷として働かされていた人々の子孫であるガラギーチーと、イギリスに輸出するインディゴを栽培していたカロライナ州の奴隷の歴史を紹介した。

また、『GQ』主催のパーティーでは、フランスがハイチの奴隷制度を正式に廃止した年である、「1848」と刺繍したデニムジャケットをリーバイスと共同で250着制作した。今年5月、『ニューヨーク・タイムズ』が5回にわたって、奴隷制度が廃止された1848年、フランスがハイチに課した1億5000万フラン(約210億円)の賠償金に関する記事を、掲載した。ハイチはこの賠償金の負債の影響を受け、いまだに財政不安が続いているという。

「今のハイチで起こっていることには原因があります。あの国がめちゃくちゃになった理由がきちんとあるのです」と、『ニューヨーク・タイムズ』の報道に深い感銘を受けたというエモリーは語った。「この問題に関するヨーロッパやフランスの影響はとくに大きいと思います。人々はなぜあの国では問題ばかり起こるのだろう、と思っているかもしれません。でもそれは、彼らが怠け者だからとか、私たちと違うから、ということではありません。制度に問題があるのです」

ショー後に行われたパーティーで、もうひとつのお楽しみは、ブランドオリジナルのお土産だった。 「La Rançon(身代金)」とプリントされたジャケットを配るパーティーはそう多くはないだろう。だが、エモリーはほかのホストとは違い、普通のグッズを作ることに興味はないのだ。「デニム ティアーズは、ハイチとその負債について書かれたこのジャケットのほか、アフリカ系アメリカ人の体験をダンスで表現する振付家のアルビン・エイリーなど、アフリカ人のディアスポラ(離散)にまつわるストーリーに目を向けたブランドです」と、エモリーは説明する。リーバイスはこれまで、彼が提案する「トロイの木馬」のようなアイディアに1度も反対したことがないそうだ。

文化的な歴史をファッションに落とし込むその役割から、ヴァージルの後継者と言われることについて、エモリーは特にプレッシャーを感じているようには見えなかった。「どんな理由であれ、若者たちは私をクールだと思ってくれています。私の交友関係、着こなし、ルックス、そのすべてが『トロイの木馬』です。彼らは、私自身や私がデザインした服を着る人々と関わりを持ちたいようですね」

『GQ』のパーティーが終わった午前4時頃、ゲストたちはドアの脇に置かれたデニム ティアーズによる最後の数枚のジャケットに群がった。その夜、アメリカから厳しいニュースが飛び込んできた。エモリーはこれまで以上に強い決意を胸に、本質的で難しいストーリーに光を当て、ファッションとして人々に伝えていく新しいポジションに感謝していた。「私にとってはこれが唯一の表現方法です。どんな理由であっても、私がデザインしたストーリー性のある服を着てもらえることをありがたく思います」

Adapted from GQ US(Originally from GQ staffer Samuel Hine's fashion week newsletter) by Etsuko Yoshikawa