被写体の「明日の幸せ」をそっと願って撮り続け、半世紀を超えた写真家のハービー・山口さんが、著名人を活写したカットを紹介。撮影秘話や心の交流を振り返る連載の第1回。

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 自分の心に正直に生きようとすれば、立ちふさがる社会という壁。シンガー・ソングライター尾崎豊の必死に闘う生き方に1980~90年代、多くの若者が共感し、熱狂した。

 彼から撮影の依頼が91年に来た。「できるだけ素顔を写してほしい」。ラストとなったツアー「BIRTH」のカメラマンとして、私も思いに応えようと思った。

 コンサートの直前、東京都内のスタジオで、メンバー全員がセットリストを一曲ずつ確認するリハーサルがあった。機材が所狭しと並ぶ中、尾崎はスピーカーによじ登り、絶叫。火の出るような迫力に至近距離で圧倒された。時折見せる人懐っこい笑顔にも感激し、夢中でシャッターを切った。

 全こまを印画紙にプリントした「ベタ焼き」を1週間、尾崎本人に預けて選んでもらった。受け取りに行くと、好きなカットに〇、発表を控えてほしいものに×、微妙な写真に△を付けていた。

 格好良く決まったカットや穏やかな表情ではなく、横顔や後ろ姿、多少ぶれているものが〇だった。セレクションを何度も見返すうち、闘う彼の心の奥底が見えてきて納得した。翌年、彼は26歳で天国に旅立ってしまった。

 写真集「LOVE WAY」に収めたこの一枚は、リハ中の一こま。ファンから「楽しんでいた時間もあったんだ。心が救われる」との声が寄せられた。私もまた彼の笑顔に救いを感じている。

【略歴】ハービー・山口 1950年東京都生まれ。写真家を目指し、73年から約10年間ロンドンで過ごした。帰国後は著名アーティストや市井の人々にレンズを向け、優しいトーンのモノクロ作品は多くのファンを持つ。ラジオ番組のパーソナリティーとしても活躍。