日経サイエンス  2024年7月号

特集:冷却原子が熱い!

光で原子をあやつる量子コンピューター

古田彩(編集部)

緑色に光る点が,隊列を組んで行進している。途中でフォーメーションを変え,別の隊列と出合って混ざり合い,2個ずつペアを組んで立ち止まる。やがて再び動き出し,別の方向に進んでいく。さながら広いスタジアムで展開されるマスゲームを,観客席から見下ろしているかのようだ。

緑色の点はルビジウム原子だ。情報の0と1を量子的な重ね合わせにして記録する「量子ビット」として機能する。原子2個を近づけて光パルスを照射すると,それらを量子もつれにすることができる。「2量子ビットゲート」と呼ばれる,量子コンピューターの基本となる演算操作だ。

2023年12月,米ハーバード大学教授のルーキン(Mikhail Lukin)とマサチューセッツ工科大学教授のヴレティッチ(Vladan Vuletić)らは,光で原子をあやつる冷却原子方式の量子コンピューターで様々な量子計算を実行し,Nature誌に発表した。動画は本物の原子を操作し,1個1個光らせて撮影したものだ。

論文は大きな反響を呼んだ。この量子コンピューターが物理的な量子ビット(原子)ではなく,論理的な量子ビットを使って計算していたからだ。論理的な量子ビットとは,多数の物理量子ビットを量子もつれにし,全体で1量子ビットの情報を表したものだ。量子ビットは周囲のノイズの影響を受けやすく,一定の確率でエラーが起きるが,情報を論理量子ビットに記録しておけば,物理量子ビットにエラーが起きたとき,それを検出して訂正できる。

エラー訂正ができない限り,科学界や産業界が期待する,材料開発や科学研究に役立つ計算は実行できない。量子コンピューターが真の威力を発揮するには,エラー訂正技術の実装が必須となる。

これまで量子コンピューターは超電導を用いた方式が主流だったが,冷却原子方式には超電導方式にはない様々な特徴があり,エラーの訂正手法を大きく変える可能性がある。ここ数年で研究が急速に進展し,量子コンピューターの最終目標である誤り耐性量子コンピューターの実現に向けて,最有力候補の一角に浮上してきた。

キュエラのプレジデント北川拓也氏に聞く 100論理量子ビット 実現への道

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量子コンピューターの究極の目標」,藤井啓祐,日経サイエンス2022年8月号。

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