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魔術師クノンは見えている 作者:南野海風

第九章

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279.クノンが動き出した





 開拓地にやってきて数日が過ぎた頃。


「――ハンク、レイエス嬢、セイフィ先生。あと……リーヤかフィレアさん、どっちか手伝ってほしいんだけど」


 ようやくクノンが動き出した。


 その日の夕食時。

 テーブルに着いて待っていたクノンは、遠征組全員を捕まえた。


 クノンの談笑に付き合い、バラバラにやってきた遠征組全員が揃うまで待ち。


 夕食を終えて。

 改めて、号令を出す。


 なお、ミリカやワーナーたちは気を遣って外してくれた。


 なのでテーブルには、ディラシックからやってきた面子だけが残っている。


「ああ、私は遠慮したいのですが」


 小さく挙手したのは、指名されたフィレアである。


 彼女も遠征組の一人だが、聖女レイエスの侍女。

 少々立場が違う。

 

「レイエス嬢、フィレアさんを借りたいんだけど」


 クノンが雇い主である聖女に問うと。


 聖女の感情の見えない視線が、侍女へ向けられる。


「嫌ですか?」


「個人的な感情はともかく、私はレイエス様付きの侍女ですので。いざという時のために魔力は温存しておかないと」


 ――クノンに呼ばれるということは、魔術師としての力を借りたいということ。


 フィレアは職務上の理由から、拒否している。

 肉体労働ならまだしも、魔力を使うのはまずいからだ。


 彼女は、聖女の身の回りの世話するばかりではなく。

 その上護衛も兼ねているのだ。


 万が一何かあった時、動けないのでは話にならない。


「ああ、そうか。無理を言ってごめんね」


「いえ、こちらこそ。……できれば私も手伝いをしたいのですが、優先すべきことが違いますので」


 そう答えるフィレア。


 彼女はこの数日、開拓地の女たちに交じって仕事をしている。


 食料の保存加工、裁縫、洗濯などの細々した雑事。

 それを魔術師ではなく、一人の人員としてこなしている。


 極力魔術は使わずに。


 あと、同じ立場の同僚ジルニの世話兼見張りもしている。


 ジルニはこの地に来て、ずっと酒を呑んでいる。


 ちょっと納得いかない面もあるが――それでも。


 それでも、彼女こそ、今この地で一番大事な仕事をしているのである。


 もっと言うと、一歩間違えば世界一の魔女の逆鱗に触れかねない。

 そんな位置にいる。


 傍にいるからと、何ができるというわけでもない。

 だが、何かあった時のために、ジルニの近くにいるよう努めている。


 酒造りは、元は聖女が請け負った仕事。

 今はジルニを支えることが、ゆくゆくは聖女のためになると思っている。


 その点を加味しても。


 魔術師として協力するのは難しいと、フィレアは考えている。

 

 ――そんなフィレアの事情を汲んで、クノンは誘うのを諦めた。


「じゃあリーヤ、いいかな?」


「あ、そうだね……でも僕、今地図作りに参加しているから、何をするかに寄るかも」


 リーヤは今、騎士ダリオ・サンズとラヴィエルト・フースに協力している。


 彼らに同行して周辺を歩き。

 地形を確かめ、それを地図に記しているのだ。


 その辺のことはクノンも知っている。


「そうだなぁ……ちょっと手間と時間が掛かるかも。……リーヤも無理そうだね」


 となると、頼めそうな風魔術師がいないのだが。


「風が必要なのか?」


 口を開いたのはカイユだった。


「俺でいいなら手伝うぜ」


「え? でもカイユ先輩、例の研究が」


 造魔学のことは言えないので、クノンは言葉を濁す。


「だからって何もしないわけにはいかないだろ。飯も生活も開拓地(ここ)で世話になっちまってるからな」


「本当にいいんですか? 僕としては嬉しいですけど」


「ただし午前中一杯だ。午前中だけ手伝うから、午後は自由をくれ」


「充分です。ありがとうございます、カイユ先輩」


 これで面子は揃った。


 これだけの魔術師を連れてきたのだ。

 何かをしなければ勿体ない。


 そして、ようやくクノンが決心した。


「自動荷車を作ろうと思う」


 自動荷車。


 ――また聞いたことのない名前が飛び出したものだ、と。


 クノンを待っていた魔術師たちは、そう思った。





「なるほどね」


 概要を説明するクノンに、準教師セイフィは頷く。


 優秀な彼女は、正確に何を作りたいのかを、いち早く理解した。

 

「要するに、決まった場所から決まった場所へ自動的に動く馬車、でいいのよね?」


「はい。あなたの視線の最初と最後が僕に向いてほしい、そんな願いを込めて……」


「そういうのいいから」


「あ、そうですか。馬車部分が魔道具になります。それで――」


「その馬車が通る道を、木で作るわけですね?」


 聖女も、なぜ自分が指名されたか理解した。


 決まった場所から決まった場所まで、決まった道を行くために。


 その馬車の道を、木で作ろうと言っているのだ。


 水気に強く、頑丈で。

 けれども柔軟性は残して。


 それらの特徴を兼ねる素材は、金属では難しいだろう。

 まさしく木材の領域だ。


 しかし耐久性に疑問は残る。

 外に用意するなら、常に野ざらしになるわけだ。


 ならば金属の方が――とは思うが。


 そんなことはクノンもとっくに考えているだろう。

 クノンなりに考えた末に、木材を選んだのだ。


「そう。だから麗しき植物の君の力を貸してほしい」


「それは構いませんが」


 すでに適した木材と、加工処理方法がいくつか思い浮かんでいる。


「しかし、木材で大丈夫ですか?」


 問うと、クノンは「うん」と気軽に頷く。


「君の心配は耐久力だよね? すぐ壊れる、故障するんじゃないかって思ってるんじゃない?」


「ええ、まさしく」


「知ってる? 素敵な女性は紳士の心を壊しかねない力を持っているんだよ? 君の言葉の一つ一つに、僕の心は不安と期待に踊ってしまうんだ」


「はあ、それで?」


「それを込みで考えてる。だから問題ないんだ」


 ならば聖女から言うことはない。


「それじゃ詳しくは明日の朝ね!

 あと、これが終わってからも色々やりたいことがあるから、よろしくね!」


 開拓地に来て数日。

 ここでの生活は、これからが本番である。





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