辻は語っていた。
「広岡さんの教えは、とにかく基本を大事にしろということ。入団1年目のキャンプ、僕は最初、ノックさえ打ってもらえなかった。“まだ早い”というんです。ファウルグラウンドの空いているところに連れていかれ、いきなりポンとボールを置かれた。“これを捕れ”とね。
そう言われても、まさか上から掴むわけにはいかない。それで腰を低くして、さっと素手で拾い上げました。最初は、なぜこんな練習をするのか、意味が分からなかった。しかし、今はわかります。要するに足を使って捕れということなんです。手だけで捕りに行くなと……。
それから股割りをして、その格好のまま広岡さんが転がしたボールを捕る。次に緩いノックがスタートし、段々強くなっていった。これは本当に疲れました。でも、あの練習のおかげで僕は上達することができた。
ボールは足で捕り、足を使って投げる。僕は肩がそれほど強い方じゃないから、早くボールに入り、正しい捕球をして、フットワークで投げないとランナーを殺せないんです。広岡さんにみっちりと基本をしっかり叩き込まれたことで、16年も現役をやれたんだと思っています」
広岡は御年92歳ながら、今も颯爽としている。誰にも媚びず、凛としたたたずまいは昔のままだ。