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魔術師クノンは見えている 作者:南野海風

第九章

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272.伝書鳩(仮)





 準教師セイフィからありがたい助言をいただき、しばし考え。


 ようやくクノンは、定めた。

 今するべき行動を。


「――カイユ先輩!」


 屋敷の一階。

 物置用に広く間取りを取ったその部屋は、カイユが借りている。


 造魔学の研究室として。


「どうした? 今手が離せな……あ、丁度いいわ。ちょっと手伝え」


 何らかの溶液を混ぜるため、フラスコを振っていた造魔学の兄弟子カイユは。


 飛び込んできた弟弟子クノンを、これ幸いと研究に引き込む。


 ノックはしない。


 カイユは、というか。

 基本的に魔術師の多くが、作業中に邪魔されるのを嫌う。


 いや。

 これに関しては、魔術師じゃなくても、かもしれないが。


 だから勝手に入っていいことになっている。


 ――もちろん、カイユが許可している者だけだが。


 間借りの研究室だけに、道具や器具は少ないものの。

 それでも、すでに産まれているのだ。


 あまり人には見せられない物が。


「何かの器官を造ってるんですか?」


「ああ、耳の奥の難しいところをな。おまえはまだ習ってないところだよ」


 カイユの指示通りに、媒体や魔法薬を混ぜていく。


 その間、クノンは話を持ち掛ける。


「――ああ、そういうのあったと思うぜ」


 と、カイユは頷く。


「疑似的に造った動物の帰巣本能を埋め込んで、野に放った造魔が特定の場所に帰ってくるって実験をやったらしい。そんなレポートを読んだことがある。

 おまえの話、これでいいんじゃねえの?」


「ああ、そうですね。それです。

 その帰巣本能の作り方、憶えてます?」


「だいたいは。造るだけなら結構簡単だよ。……え? 造りたいのか?」


「はい」


「それ単体じゃ意味がないぞ。造魔に埋め込むようなものだし。まさか造魔を造るのか?」


 それはさすがにまずい。


 カイユは止めるつもりだ。

 無論、クノンもそれはわかっている。


 造魔学の産物は、あまり堂々と世に出してはいけないのだ。


 だが。


 造魔造魔した産物じゃなければ問題ないだろう。

 たぶん。

 巧妙に隠すし。


「確実に特定の場所に届く、という物を造りたいんです。それも速く到着するものを」


 クノンは、思いついた魔道具の構想を説明する。


 それを聞くにつれ、カイユの作業が遅くなり。

 やがて止まった。


「ああ、なるほどな。そりゃ面白そうだ」


 持ち込まれた話に興味を抱いたから。


「つまり伝書鳩を造りたいわけだな?」





 開拓地にやってきて、六日目。


 ようやくやるべきことを定めたクノンは、張り切った。

 それはそれは張り切った。


 一人何もしていなかった時間を取り戻すかのように。

 魔道具造りに没頭した。


 休むことも食事も忘れて。

 ミリカに「おはよう」と「おやすみ」を忘れるほどに。


 そうして開発二日で、それを完成させた。


「できた……」


 見た目は、ただの木の箱が二つ。

 一抱えほどの大きさで、ちょっと重い。


 まあ外観はいいのだ。

 どうせまだ試作段階、後でどうにでもなる。


 問題は、これがちゃんと機能してくれるか、である。


「誰かいるかな」


 木箱を一つ持って、クノンは自室を出た。


 向かうは食堂だ。

 誰か食事でもしていればしめたものだ。


 しかし、実は今は明け方である。


 まだ空は暗く。

 さすがに集落の人も、まだ休んでいる時間だ。


 時間の感覚に無頓着なクノンだけに、そういうことは頭になかった。


 まあ、幸いにも――


「あ、おはようクノン君。早いね」


 食堂には一人、同期リーヤ・ホースがいた。


「おはよう。君がいてくれてよかった」


「え?」


「僕、女子じゃないけど」と一瞬返しそうになったリーヤだが。


 女子云々じゃなくて魔術絡みのことだろうとすぐに察したので、言わなかった。


 そもそもクノンが間違うわけがない。

 初対面で、あのカシスの性別を見破ったくらいなのだ。


 まあ、見えてはいないが。


 ――開拓地にやってきて、リーヤは地図作成に協力している。


 騎士ダリオらに同行し、集落周辺を見て回りメモして。


 そして今。

 メモを元に、白地図に詳細を書き記しているところだ。


 帰る頃にはへとへとだ。

 だから、夜は早く寝て、作業は朝行うことにしている。


 要所要所で空から観察できるので、頼りにされているのだ。


「実験をしたいから、ちょっと遠くまで行ってくれないかな? あ、それこの辺の地図? 山小屋とかない?」


「山小屋……ああ、うん、休憩所みたいなところはあるよ」


「じゃあそこにしよう。

 リーヤ、この箱を持ってその山小屋に行ってくれない?」


「あ、うん。わかった」


 ――クノンが何をするつもりかはわからないが、今多くを聞く気はない。


 リーヤはこれを待っていたのだ。

 この変わった同期が何をするかを、楽しみにしていたのだ。


 そのために同行した、といっても過言ではないくらいに。


 到着して数日。

 クノンは何もしなかった。

 屋敷の前に座り、ずっと考え込んでいた。


 クノン本人も、もやもやしていたと思うが。

 リーヤや他の者も、結構やきもきしていたのである。


 やっと動いたクノンが、何をするつもりなのか。


 実に楽しみである。


「それで、その後は?」


「少し待ってて。で、届いたら(・・・・)箱を持って帰ってきて」


「わかった。じゃあ待ってるから」


 今多くは聞かない。

 どうせすぐわかるから。





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