回答(5件)
アメリカで1912年のルール変更で導入されましたが、 「ごくわずかの特定の専門屋によってゲームが左右されることがなく、どのプレーヤーもオールラウンドプレーをせざるを得なくなる、という期待があった」と記述があります。 「バレーボール その起源と発展」水谷豊 1995 この当時のバレボールはまだ返球回数に制限がなく、セットアンドスパイク戦術もなく、人数制限もなく、レクリエーションの要素が強く、公式大会もなく、どのようにプレーされていたのか定かではありません。 推測ですが、当時アメリカではあくまでも楽しみのためにやっていたので、参加者が平等に楽しむことが大切であり、特定の人だけが活躍することを避けたのでしょう。 競技性を考慮すれば、各人が役割分担してアタッカーやレシーバーやセッターそれぞれ専門に分かれることは自然であり、避ける理由はありません。 レクリエーションだったバレーボールが競技スポーツになるのは1912年フィリピンで「3回以内で相手コートに返球」ルールが導入されてからで、最初の公式大会は1913年の第1回東洋オリンピック(マニラ)です。現在世界中のチームで実践されている「セットアンドスパイク」も1916年までにフィリピンで確立されました。 この「極東ルール」による競技スポーツ成立時点ではまだローテーションは導入されていませんので、競技スポーツには特段必要ないローテーションは「極東ルール」(その後の9人制バレーボール)では結局導入されなかったと考えます。 この「3回以内で返球ルール」が1920年頃アメリカに逆輸入されたことにより、バレーボールはアメリカでも競技スポーツになり、1922年にアメリカ最初の公式大会が開催されます。 まとめると、 アメリカで1895発明(レクリエーション)→1912全員が楽しむためローテーション導入→ 1912「3回以内返球ルール」により、フィリピンで競技スポーツとなる。→1920頃「3回以内で返球ルール」導入によりアメリカでも競技スポーツに→ローテーション制を止めるほどの必要もないため、そのまま残る。 →極東ではその後9人制となるが、既に競技スポーツとなっており、不要な「ローテーション」制は導入されず。→その後極東では、9人制のみが行われるが、世界的には6人制が標準であり、1957年日本で最初の6人制の大会が開催される。
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