やはりこの生徒会はまちがっている。   作:セブンアップ

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早坂愛は周りたい

「…なんでわざわざ大阪なんだよ…」

 

 春休みに、早坂から連絡が来た。

 ホワイトデーの時に半ば強引に約束した旅行。その約束を果たすために、わざわざ大阪まで来た。

 

「何か言った?」

 

「何もありませんよ…。で、どうすんの?」

 

「最初はホテルに荷物を預ける。大きい荷物を持ったままの観光はキツいから」

 

「そうかい」

 

「因みに部屋は同じだから」

 

「ちょっと待て」

 

 何ナチュラルにトンデモ発言してるの?部屋が同じ?この子本当はビッチじゃない?大丈夫?

 

「別に良いじゃない。私と寝たんだし

 

「言い方」

 

 その言い方は非常に不味いから。後さりげなく圭をハブるな。あの場に居たろ。

 

「それに眞妃様とも寝たんだから

 

「だから言い方」

 

 言葉だけ聞いてりゃ俺とんだクソ男じゃねぇかよ。同じ部屋で寝ただけで、別に何もしてないんだ。…誰に弁解してるんだよ。

 

「それじゃ行こっか」

 

「…へいへい」

 

 俺は早坂の後に付いて行く。

 俺達は東京から大阪にやって来ている。今俺達が居る場所は、梅田って所らしい。泊まるホテルも梅田周辺で、早坂が先に予約したらしい。

 

「先に言っておくけど、そんなに高いホテルには行かないから。私の貯金で余裕に出せるけど、それじゃ八幡が気を遣うでしょ?だから学生でも泊まれるホテルにした」

 

「それは良かった」

 

 インドの時のような5つ星ホテルとか言われたらマジで拒絶反応を起こしてしまう可能性があるからな。

 俺達は泊まるホテルに向かい、荷物を預けた。そして最低限必要になる物だけ自分が持つ。

 

「…で、結局最初はどこに行くんだよ」

 

「梅田周辺はホテルに帰って来る前に観光出来るから、最初は通天閣だね。その次に難波の道頓堀に行くの。それで…」

 

「OKよく分かった。じゃあとりあえず通天閣に行くぞ」

 

 早口になるほど楽しみだったのだろうか。案外子どものような所があるじゃないか。大阪なんて滅多に来ないし、分からんでも無い。俺もなんだかんだで初めてだし。

 

 そんなわけで。

 

「ここが新世界…」

 

 通天閣の周辺は新世界と呼ばれる下町であり、昔ながらの大阪の雰囲気を味わえる場所。

 

「にしても、大阪って派手だな…」

 

 音柱が好きそうな場所だよね。特に新世界とか難波とか。もう派手派手だ。なんちって。

 

「そうだね。目がチカチカする」

 

 派手だけじゃない。あちらこちらから関西弁が飛び交っている。

 俺達が話す標準語は関西の人からすれば気持ち悪いという印象があるらしい。違和感から来る物だと思うが、標準語を話す俺からすれば関西弁って少し怖い印象がある。

 

 そんな言葉の違いや印象を脳裏で整理しながら、早坂と新世界を歩き回るのだが。

 

「串カツ屋多くね?」

 

 何ここ、串カツ激戦区かよ。串カツ=大阪っつうイメージはあるけど、こんなに並んで構えてるのかよ。

 

「確か2度付け禁止なんだよね。机に置いてるソースは来た客が次から次へと使うから、衛生上あまり良くないんだって」

 

「らしいな。聞いた事ある」

 

 2度付けって単語は聞いた事があっても、詳しく内容を知るまではどういう意味か知らなかった。

 そんなちょっと豆知識を交わしながら話していると、目の前に巨大な建造物が見えて来た。

 

「これが通天閣…」

 

「直で見るとインパクトがあって凄いね」

 

 大阪を象徴するタワー。東京で言う所のスカイツリー。テレビで何度か見た事あるが、生で見たのは初めてだ。

 

「早速入ろっか。あそこが通天閣の入り口らしいし」

 

「おう」

 

 いよいよ通天閣内部に突入。初めて来た街の上、テレビで見た事のある建造物に入る事にワクワクしている。

 

 展望台目当てでやって来たが、通天閣の中も充実している。地下にはチキンラーメンやキョロちゃんなどのアンテナショップ、2階にはキン肉マンのコーナー、3階には約100年前の新世界のジオラマやカフェがある。展望台目当てでなくても十二分に楽しめる。

 

 下から順番に通天閣を堪能し、いよいよ通天閣の1番上にやって来た。

 

「たっけ…」

 

 顔が引き攣りそうなレベルの高さ。

 

「この展望台、夜の7時半から30分の間は貸切が出来るんだって。なんでも貸切を利用して告白する人が居るんだとか」

 

「…まぁ、夜ならそれもありなんだろうな。あんまそういうの分からんから知らんけど」

 

 貸切っつうのがあるという事は、それなりに需要があると言う事。ここで告白する人が多いって事なんだろう。それでフラれたら可哀想だけどな。

 

「ここで結ばれた人は、良い思い出になるんだろうね」

 

「…そうかもな」

 

 告白なんてあまり良い思い出が無いから魅力的だと思わんけど、石上や白銀ならウルトラロマンティックだったんだろうな。俺じゃ似合わん。

 

「…そろそろ行くか。次行く難波は歩けば着く所だし」

 

「うんっ」

 

 俺達は通天閣を後にして、難波周辺に向かって歩き出した。

 そういえば、かの有名な倍返しを繰り出すドラマの序盤は大阪を舞台にしていたんだよな。

 

「そういえば、あの子告白成功したんだって?」

 

「あの子……石上の事か?」

 

 つい最近で告白が成功した人間は、知る限り石上しか居ない。

 

「うん。卒業式に出てた在校生が、その告白の一部を見てたんだって。相手が子安つばめだったから、噂になるのも早かった。なんせ、秀知院学園難題女子の1人だし」

 

 4人中3人が知り合いなんだけど、そのうちの1人である大仏が何故か浮いているように見えるのは俺だけなんかな。キャラを知ってるせいかな。

 

「人生何が起きるか分かったもんじゃないね」

 

「世には人間万事塞翁が馬って言葉があるけどな」

 

 このまま平和に卒業出来るならそれが1番。だが、俺達が通っている学校は秀知院学園だ。ある意味、他の学校とは何かが違うのだ。前の早坂の件みたいな厄介事がまた起きるかも知れない。

 

「…そうだね。不変なんて事はあり得ない。いつか何かが変わる。それが良い方向なのか、悪い方向なのか」

 

 そして、パワハラ上司で有名な無惨様の好物でもある。

 

「私は変えたいよ。君との距離を。今よりもっと、縮めたい」

 

 …分かってる。早坂も、伊井野も圭も龍珠も。敏感で過敏で、神経質だから分かる。こいつらの気持ちを。

 だからこそ、俺は選ばなきゃならない。どれだけ嫌われても、どれだけ蔑まれても、たった1人を選ばなきゃならない。

 

 いや、選ぶなんて烏滸がましい。

 

 決めなきゃならないんだ。

 

「八幡が沢山の女の子に好かれてるのは知ってる。鋭い君の事だから、多分私達の気持ちも気付いてると思う」

 

「…あぁ」

 

「今すぐ決めろなんて言わない。八幡が選んだ事を否定はしない。選ばれた人間を恨みはするけど」

 

 怖いよ。

 

「君には考えて考えて考え抜いて、納得の出来る答えを出して欲しい。…これは私からの願いだよ」

 

「早坂…」

 

「まぁもし有耶無耶にしようものなら殺すか監禁するか媚薬漬けにするかの3択だから」

 

 決めよう。人の運命を左右する事だからな。ちゃんと考えて決めよう。じゃないとえらい事になる。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「おお…」

 

 大阪きっての観光名所、難波。春休みだからか、地元民と観光客で賑わっている。下手すれば人の波に呑まれて逸れてしまうかも知れないレベルで。

 

 今俺達が居るのは、かの有名な道頓堀。大きなグリコの看板が目立つあの橋にやって来ている。ニュースやテレビなんかで何度も映されているこのグリコ。

 俺はスマホを取り出して、撮影を始めた。勿論、小町に送る為に。

 

「かぐやに自慢しようかな」

 

 早坂も隣に寄って来て、グリコに向け撮影し始めた。撮っている彼女は、旅行を楽しんでいる表情を浮かべている。

 

「…八幡と一緒に来れて、良かった」

 

 撮影したグリコの写真を眺めながら呟いた。

 

「…そうか」

 

 どういう意味であれ、彼女が楽しんでいるのなら良かったのではないかと思う。

 

「…じゃあとりあえず動くか。グリコの写真撮ったし」

 

「そうだね。…ただ、これだけの人が居ると逸れそう」

 

 先程も言った通り、春休み故に人混みが尋常じゃない。小さい子どもなんて肩車でもしないと危ないのではないかと思うぐらいだ。

 

「だから」

 

 早坂は逸れないようにするためか、俺の右腕に自身の左腕を絡めた。

 

「これなら逸れないでしょ?」

 

「…そう、ですね」

 

 あの、普通に恥ずかしいのよ。いくら女子との関わりが多いからって、俺別に女子に耐性が強いわけじゃないんだよ。むしろ弱い方だから。

 

「行こっ」

 

 人混みの中に入り、俺達は難波の観光を始めた。

 道頓堀を始めとして、なんばグランド花月、法善寺横丁、アメリカ村など、難波という巨大なエリアで有名な観光名所を次から次に周って行く。途中、買い物もしばしば。

 

 難波を堪能して、時刻は午後4時になる頃。

 

「そろそろ梅田に戻ろっか」

 

「そうだな」

 

 梅田にあるホテルで泊まる事になっており、夕方以降は梅田を観光する事になっている。

 梅田に行くには地下鉄を使った方が最短なので、地下に続く入り口を探しながら難波を再び歩く。

 

「私、本当は横浜に行きたかったんだけど。でも今、プランを修正しててやめたんだ」

 

「なんで横浜?」

 

「個人的に、1番盛り上がると思ったから。完璧なプランを予め作成してたの」

 

 完璧なプランとは。なんかよく分からんけど気合いを入れていたのは分かる。

 

「でも、どこかの人達は妄想だの横浜に行った事無いだのダメ押しして」

 

 誰だよそんなん言ったの。

 

「実現可能な完璧なプランを作成してるの。…それが完成したら、また一緒に来てくれるかな?」

 

 これはあれですか。次の旅行か何かの約束ですか。

 

「まぁ…また機会があればな」

 

「…約束だからね」

 

 どうやら、次は横浜への旅行に決まった。いつになるのか分からん旅行だが。

 

 ていうか、結局なんで横浜だったのだろうか。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 梅田に戻り、観光を続けた。女子だからかは知らないが、やはり化粧品と言った所に目が無い。勿論、大阪のお土産を買ってはいるが、早坂の場合は土産より化粧品の方が多いのでは無いか。

 夕食も外で済ませて、再び夜の梅田の街を観光。ホテルに戻ったのは、10時を超えた頃である。

 

「疲れた…」

 

 ホテルにある大浴場で身体の疲れを多少癒したものの、1日ずっと歩いていた。明日辺りに筋肉痛になってたっておかしくない。

 

「お待たせ」

 

 パジャマ姿の早坂が女と書かれた暖簾から出て来た。部屋のキーは1つしか無い為、どちらかが先に上がれば、先に上がった者が後の者を待たなければならない。

 

「部屋、戻ろっか」

 

 さて、今日1番の問題です。付き合っていない男女が同じ部屋で寝泊まりする。

 

 インドでは四条と、俺の家では早坂と圭と寝泊まりしたわけだが、やはり付き合ってない男女が同じ部屋で寝泊まりするのは思春期男子からすれば精神的に削られるわけなんですよ。主に理性が。

 身体が疲れ切っているからこそ、精神的余裕が無くなってしまう可能性がある。早坂が何もしなければ良いのだが。

 

 部屋に戻り、俺はいの1番にベッドで仰向けになった。

 

「あぁー……」

 

「仕事したみたいな人の声だね」

 

 クスクス笑いながら、早坂はスマホをこちらに向けている。

 

「何してんの?」

 

「八幡を撮ってる」

 

 えっやだエッチ。いつからあんたそんな変態になったのよ。

 …なんて、言い返す余裕も無い。「そうかい」と一言返して、部屋の天井を見つめている。

 

「夜の街って綺麗だよねー」

 

 早坂はホテルのカーテンを開け、大きな窓から夜景を眺めてそう感想を述べた。

 

「…そうだな」

 

 梅田や難波のような広々とした所なら分からんでも無い。

 ただ、俺達が見ている夜景の光の大半は会社の中の電気の光であり、10時を過ぎても尚、光っているという事は、残業しているという事。

 綺麗という感想よりも先に、残業している社会人に対して憐れみの感想が出てしまいそうだ。

 

「…八幡って、大学は千葉にするの?」

 

「急にどうしたんだよ」

 

「かぐやの近侍も終わって、四宮家から解放された。今の私は普通の女子高生の早坂愛。だから志望大学や就職先を考えなきゃならない。…私としては、八幡と同じ大学に行きたいな」

 

 確かにあのまま四宮家の近侍で居たのなら、早坂母と同じ道を歩むのだろう。

 しかし、今の彼女は自由だ。だからこそ、自分の将来を見据えた大学選択をしなければならない。

 

「…分からん。としか言いようが無い」

 

 秀知院に外部受験したのは、個人的な理由で千葉の高校に行きたくなかったからだ。でも3年も経てば、もう東京に固執する理由も無くなる。

 だが、小町を残して千葉に帰るのも個人的に嫌なのだ。今のアパートに身を置いて、東京の大学を受験するというのも1つの選択肢だ。

 

「…そっか」

 

 そこからは、互いに会話を交わさなかった。

 その静かな時間が作用したせいか、徐々に瞼が閉じていき、いつの間にか意識がフェードアウトした。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「八幡、明日は…」

 

 八幡に明日の事を話そうとすると、いつの間にか彼は寝息を立てて眠っていた。

 仕方ない。もう夜の11時も過ぎているし、今日1日歩きっぱなしだった。私はかぐやの近侍で経験した激務で、大した疲れも無ければそこまで眠たいわけじゃない。

 

「…八幡…」

 

 彼の寝顔を見たのはこれで2度目。目を閉じていれば、容姿が優れている事がよく分かる。

 私は八幡が寝ているベッドに近づき、彼の寝顔を眺める。スマホを取り出して、無音で彼の寝顔を撮影する。

 

「…ふふ」

 

 あの時は圭が居たけど、今は私しか居ない。だから彼の寝顔を撮影する事も出来る。これは永久保存だ。

 

「…い……れろ…」

 

 何か言ってる。八幡でも寝言なんて言うんだ。可愛いと思いつつ、寝ている八幡の姿を眺めていたら。

 

「…い…の……は…れろ…」

 

「え…」

 

 名前を呟いた。その寝言は小さいが、近くに居た私には聞こえた。

 聞き間違いじゃなければ彼は今、風紀委員(伊井野)ちゃんの名前を呟いた。夢の中にまで、風紀委員ちゃんが現れているのか。

 

 夢の中にまで八幡に縋り付くのか。

 人の姿をした家畜。八幡の前では自身のプライドすら捨て依存する事ばかりに長けた寄生虫。こんな醜い生き物は初めて見た。

 

 気に入らない。気に食わない。

 

 何が精励恪勤品行方正だ。あの女は結局のところ、自分に優しくしてくれる男さえ居れば誰にだって尻尾を振るのだ。八幡じゃなくても良いわけなのだ。

 

 対して私は違う。

 八幡は、本当の私を見てくれた。私の嘘を受け入れてくれた。その上で尚、助けてくれた。

 

 私は八幡でなければならない。あの女とは違う。

 

 しかし、問題は風紀委員ちゃんだけじゃない。

 圭ちゃん、龍珠桃、眞妃様。私の知る限り、八幡を好いている人物達だ。眞妃様は田沼翼くんの事が好きだった気がするが、最近はやたらと八幡と居る時間の方が長い。

 

 八幡が誰を選んでも、私にはどうしようも出来ない。何故なら、八幡の選択を否定したくないから。でも割り切る事が出来ない。

 

 私を選んで欲しい。私を見て欲しい。私を好きになって欲しい。他の女に行って欲しくない。八幡の目を見るのも、八幡の優しさを貰うのも、八幡の身体に触れるのも。

 

 全部、私だけで良い。私が八幡を独占したい。誰にも渡したくない。

 

「…こうなれば」

 

 八幡が誰を選ぶか分からない。

 私かも知れないし、圭ちゃんかも知れない。眞妃様、龍珠桃、風紀委員ちゃんの誰かかも知れない。

 

 恋人、もしくはその先の関係になれば、八幡はその女を抱く事になる。八幡の初めてを、私じゃない他の女が。

 

 なら、せめて。

 

「んっ…」

 

 私は彼の、八幡の唇に自身の唇を当てた。その瞬間、身体が火炙るように暑くなる。

 

「…やっちゃった…」

 

 私は寝ている彼に頬では無く、唇にキスをしたのだ。

 ヤバい。今の私は多分発情してる。なんとか理性で抑えているものの、もし箍が外れたら全てを奪ってしまう事だろう。

 

 でも、後悔はしてない。

 

 寝ていようがなんだろうが、私のファーストキスの相手は八幡で、八幡のファーストキスの相手は私なのだ。

 例え他の女が彼の唇を貪ろうが、彼のファーストキスは私なのだ。その絶対的事実は、未来永劫変わらない。

 

「あはっ…」

 

 ごめん、八幡。寝てる間に奪っちゃって。

 でも、他の女に全部奪われたくないの。だから唇だけでも許して欲しいな。

 

 もし私が君の彼女になったら。君が私を選んでくれたら。

 

 その時は、私は君だけの女だから。君に全てをあげる。身も心も全て。

 そのかわり、君は私だけの八幡だから。君の全てを私が貰うから。誰にも触れさせやしない。

 

 何度も言うけど、有耶無耶にするのだけはやめてね。

 

 そんな事をしたなら即殺すから。あるいは強引に人目に付かない所に閉じ込めて、一生監禁するから。なんならその時に、君を媚薬漬けにして私にしか興味を持てない身体と心にしてあげる。

 

 慎重に判断してね。

 


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