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魔術師クノンは見えている 作者:南野海風

第八章

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262.もう一つの再会





 とりあえず仕切り直して。


「――お、おかえりなさい」


 ミリカは今度こそ、婚約者を迎えた。


 先発隊から遅れてやってきた一団。

 そこに、クノンはいた。


 他にも気になるものはあるが。

 メンバーとか巨大な羊とか、どうしても気になるが。


 とにかく。


 ミリカの最優先はクノンだ。


「ミリカ様! お久しぶりです!」


 だが残念。


 ――さっきの勢いなら、いけた。


 勢いそのまま、こう、両腕でぐっと。

 全身でぶつかることができた。


 しかし、しくじったのだ。

 しくじって聖女などを抱いてしまったのだ。


 そのせいで、完全に勢いが殺されてしまった。


 結果、手と手を取り合うという大人しい歓迎で終わった。

 終わってしまった。


 まあ、いい。


 先日ディラシックで再会した時とは違い。

 しばらく、クノンはここに滞在するのである。


 二人きりの時間だってきっと取れるだろう。


 それに――しくじったものの、これはこれでいい。


 手を取り合い、見つめ合う。


 絶妙な距離で。


 見詰めるミリカ。

 眼帯越しでもわかるほど、今クノンと目が合っている。


 これはいきなりいい雰囲気なのではなかろうか。

 やはりこうなんというか、もはや恋人同士と言っても差支えのない関係なわけだしちょっとくらい恋人同士でするようなことがあってもいいんじゃないかと思わなくもないわけでとなるとやはり雰囲気が大事だということは歴史が証明している事実なわけでもはや男女の仲って雰囲気さえ良ければ誰と何があってもおかしくないような場の流れみたいなものもあるわけで――


 これはいくべきか。

 いくべきなんじゃないか。

 いい雰囲気だし。


 ミリカの頭がほんの数秒。

 めくるめく展開を、論理と計算式で叩き出している間に。


「――クノン様! お久しぶりです!」


 その声に、クノンの視線が外れた。


「――えっ!? イコ!? うそ、なんでここにいるの!?」


 クノンの横顔は、目の前にある。

 だが、そこまでの距離は、はるかに遠くなった。


 ほんの少し、手を伸ばせば届く距離にあったはずなのに。


 もはや彼にはミリカなど見えていない。


 ――まあ、これはいい。


 いいのだ。

 予想できた反応だったので、構わない。


 クノンとイコの再会。

 先日ディラシックで会ったミリカより、会えない時間が長かったから。


 だから、どうしても、そちらに目が行くだろう。

 これは予想できていた。


「行ってください」


 と、ミリカはクノンの手を離した。


「……すみませんまた後で!」


 少し迷ったクノンは、屋敷から出てきた使用人へと向かう。


 少し迷った。

 迷ったなら、いい。


 もしクノンが迷いもせず行ってしまったら、かなり頭に来ていたと思うが。


 迷ったからいい。

 それで許すことにした。





 さて。


「皆さん、遠路はるばるようこそ。

 旅の疲れもあるでしょうから、まずお部屋に案内しますね。


 お互いの自己紹介や情報交換は、夕食時にしましょう」


 気持ちを切り替えて。


 ミリカは、クノンが連れてきた一行に対応する。


 事前に手紙を貰っていた。

 だから来る時期もわかっていたし、何人か連れてくることも知っていたが。


 クノンを含めて九人。

 想定より少し多い人数でやってきたものだ。


「――すみません、レイエス様はどちらへ?」


 屋敷に案内しようとする前に、白いローブを羽織った女性が問う。


 彼女には会ったことがある。

 ディラシックで、聖女レイエスの家を訪ねた時だ。


 確か、名前は、


「あなたはフィレア、だったかしら」


「あ、はい」


 聖女がそう呼んでいたと記憶している。

 どうやら間違ってなかったようだ。


「あちらの先に温室があるわ。まっすぐ行けばわかるから」


 さっき全身で歓迎してしまった銀髪の少女は。


 例の「光る種」の所在を告げると。

 ほかのことなどどうでもいいとばかりに、早足で行ってしまった。


「温室、ですか……」


 顔に書いてあるな、とミリカは思った。


 フィレアはきっと「こんな開拓地に温室?」と思っていることだろう。


 疑問というか、疑惑というか。

 不自然さを感じているはず。


 だってミリカも思っているから。


「おかしいでしょう?

 まだ開拓が始まって一年経っていない辺境に、こんな大きな屋敷があって、家がたくさん建っていて、地面には石畳まで敷いてあって整地されていて。その上温室まであって。


 まるで街の一部をそのまま持ってきた、みたいじゃない?」


「「……」」


 それはフィレアだけではなく、全員が思っていた。


 ここは本当に開拓地なのか、と。

 あまりにも開拓が進みすぎていないか、と。


 気にしていないのは聖女だけだ。


 クノンは、たぶん。

 まだちゃんと見ていないから、わかっていないのだ。


 この開拓地の状況が。


「その辺の話も、あとで全員揃った時にゆっくりしましょう。

 さあ、お部屋へどうぞ」









「――ほんとにイコだ!」


 クノンの目の前にいる、使用人服の女性。


 イコ・ラウンドである。

 忘れもしない、忘れられるわけがない、クノンの恩人である。


 この再会は予想していなかった。


 ミリカと会えた喜びが半減してしまった。

 それくらい衝撃だった。


「お久しぶりです、クノン様。一年半ぶりですか。すっかり大きくなりましたね」


 確かに。

 あまり実感はなかったが、自分は大きくなっているようだ。


 久しぶりに見たイコが、少し小さく見える。


 彼女は背が縮んだんじゃないか。

 そう思うくらいに。


「なんでここにいるの!? えっと、僕を捨てて結婚するとかしないとか言ってなかった!?」


「あ、はい。結婚しちゃいましたー」


「しちゃったの!? 僕を捨てて!?」


「あんまり捨てた捨てた言わないでくださいね。ミリカ殿下、絶対こっちの話聞いてますので」


 それは怖い。

 後で怒られるのは嫌なのでなので、クノンは少し落ち着いた。


「結婚したのは一年くらい前になります。

 結婚するしないでごたごたしていた間に、ミリカ殿下から開拓地で働かないかと声を掛けていただいたんです。


 で、話し合った結果、夫婦でこの地ににやってきました。


 給金は高くないけど、家と土地を貰えると聞いて、夫婦で飛びついたという形です」


 さすがイコ。

 さすがリンコの姉。

 彼女は家と土地に釣られて移住したそうだ。


「そうなんだ……あれ? そういえばリンコは?」


 クノンはふと思い出した。


 今自分についている侍女はどこだ。

 聖女や荷物と一緒に、先に行かせたはずだが。


「あそこにいますよ。妹も久しぶりの恋人との再会ですから」


 イコの視線の先を追うと……侍女は大柄な男と抱き合っていた。


 きっと彼女の婚約者だ。

 開拓地に向かわせた、とか何とか言っていたから、彼で間違いないだろう。


 あれは今は放っておくべきだ。

 積もる話もあるし、今は気持ちが溢れているだろうから。


 ――「さあ、お部屋へどうぞ」と、ミリカの声が聞こえた。


 客の対応をしていることに気づき、クノンは言った。


「ごめんイコ」


「わかってますよ。紳士なら人妻より婚約者を大事にするものです」


 客の対応は領主の仕事。

 妻はあくまでも代行でしかない。


 つまり、今ミリカがやっていることは、クノンの仕事なのだ。


「あとでゆっくり話そうね」


「はい」


 そうして、クノンはイコから離れ――





「……えっ!? ええっ!?」


 今、ようやく気づいた。


 ミリカが部屋を用意したという、その家。

 その存在に、ようやく気づいた。


 ――この馬鹿でかい屋敷はなんだ、と。





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