伊井野を迎えた新生徒会が始動して1週間。新体制で臨む新生徒会の空気は。
「……」
最悪である。では何故こうなったのか。
「平気で校則を破る人、生徒会室で言葉に出来ないことを繰り広げる人!我慢なりません!貴方達に学園の代表としての自覚があるんですか!?」
だそうです、説明ありがとう。
要するに、今の生徒会は伊井野から見てよろしくないものであり、そのことに対して怒っているということ。
伊井野曰く、四宮が「会長のヤリチン!!」と泣き叫んでいた。伊井野曰く、生徒会室のソファで四宮が白銀を押し倒して何かシていた。
伊井野から聞いた時、「あいつらマジか」って思った。その場に俺はいなかったし、どちらとも白銀と四宮しかいなかったらしい。
伊井野は嘘をつく人間ではない。ということは、白銀と四宮はマジで
チキンな2人であるが、万が一の可能性があったりするのではないのだろうかと、俺はちょっと思っている。ちょっとだけだ。
「少しは藤原先輩を見習ってください!」
それはどうだろう。見習う部分、あるのだろうか。
「第一、皆の見本であるべき会長からしてだらしないんです!もっとしっかり!」
伊井野は机をバンバンと叩く。どっかの眼鏡をかけた人事部次長ばりの机叩きを見せる。
「伊井野、落ち着けって」
「これが落ち着いていられますか!この人達、生徒会室であんなことしてたんですよ!?非常識極まりありません!」
「だからそれは誤解で…」
「いくら好き合ってる二人とはいえ、時と場所くらい選ぶべきでは!?」
おっと伊井野急にどストレートなこと言い出しおったな。
「好き合ってる二人…!?」
ほら見ろ、四宮の表情を。満更でもない顔しやがって。
「そ、そういう風に見えちゃうのかしら…」
「見えますよ!愛が少々行き過ぎています!」
「逆効果だぞ伊井野」
伊井野は怒っているつもりだろうが、全くの真逆。怒れば怒るほど、四宮は嬉しく感じている。ドMじゃねぇか。
「とにかく!次に何かあれば有無を言わさず風紀委員としての権限を行使させていただきます!」
「伊井野さぁ、そういうのが敵作るんだって分かってる?」
止まらない伊井野。そこに、ゲームを両手に石上が口を挟む。
「別にルールに厳しいのは構わないよ。だけど取り締まられる側にも感情があるの気づいてないだろ」
おぉ。なんだかまともなことを言っている。これなら伊井野も、流石に耳を傾けざるを得ないだろう。
「相手の気持ちを汲まず、頭ごなしに…」
「うるさい。石上に言われたくない」
石上KO。可哀想な石上。
「でも頭ごなしに叱るんじゃ相手も素直に従えないよね。相手の気持ちを汲まないと」
「はい…その通りです…」
「今石上が同じ話してたぞ」
石上のことは言うことを聞かず、藤原には素直に従う。
藤原に従うな伊井野。それは人の皮を被ったダークマターだ。従ったら間違いなくアウトだぞ。
「…まぁあれだな。厳しいのも大事だが、時には優しくするってことも必要だ。お前だって、怒ってばかりじゃしんどいだろ」
「確かにそうですけど…」
「つまり、人を叱るにはメリハリも必要だと言うことなんです!」
「な、なるほど…」
「そんなわけでミコちゃん!優しさを学ぶために、これから1時間何があっても怒っちゃダメですよ!」
「怒っちゃダメ、ですか…」
「そう!頑張って我慢するの!怒ってばかりじゃみんな言うことを聞いてくれませんから!一緒に練習しましょう!」
藤原、後輩で遊び始める。伊井野が嫌だと言わないが故に、藤原はどんどん調子に乗っていく。新しい玩具を買ってもらった時の子どもの顔になってる。
「藤原先輩がそう言うのなら…」
「じゃあ石上くん!誰も怒らないので自由にしていいですよ!」
「自由…?いや意味が分からないんですけど…」
すると石上は左足を机の上に乗せ始める。
「自由にしても普段と何も変わらないですよ」
「机に足っ…!」
「ミコちゃん怒っちゃダメだからね!メリハリのメリです!」
次に石上は鞄の中を探り始めた。探った結果、石上が取り出したものは。
「コーラとポテチかよ」
石上の宴が始まった。最初からだいぶ自由度が高いなおい。
「比企谷先輩もいります?ポテチ」
「あ、じゃあもらお」
「比企谷先輩まで!?」
石上のポテチを分けてもらい、一枚、また一枚と食べていく。久しぶりにポテチとか食ったけど、やっぱ美味いな。
「んー…」
石上は何を思ったのか、Switchをテレビ接続し始めた。大画面にはあの有名キャラクター達が車に乗っており、更に「マリオカーッ!エイーッ!」と作品名が聞こえて来る。
「んんーッ!んんーッ!」
石上の振る舞いに、伊井野は怒りを抑えられないでいる。
「ミコちゃん怒っちゃダメ!これはミコちゃんが怒らないようにするための試練なんですから!」
「そんなこと言ってもこれじゃ怒りが増す一方です!」
「うーん、それじゃあ…」
伊井野に怒るなと言うのが無理なのかも知れない。そろそろ禁断症状とか出そうだし。
「…相手の気持ちを汲まなきゃならんって話なんだろ。じゃあ伊井野が相手と同じことをすればいい」
「つまり…?」
「お前も校則を破ってみれば、相手の気持ちとやらも少しは分かるんじゃねぇの」
「それアグリー!!」
なんだその意識高い系の賛同の仕方は。
「携帯は必要な連絡や調べ事での利用はOKですが、アプリもSNSも勉強以外の物は原則禁止。校則ではそうでしたよね」
「はい…」
すると藤原がスマホで自撮りを始め、その写真を伊井野に見せる。
「じゃーん!色んなアプリで撮って盛ってデコってインスタにアップしちゃいましょう!」
うっわなんかあざと。自撮りで片目閉じてるとかあざとさ満載過ぎだろ。ご丁寧に豚の耳と鼻を付けて可愛さをアピってるし。
「わ、私そういうのやったことないですし…」
伊井野は藤原の提案に遠慮気味に断る。
まぁ伊井野ってそういうのやるキャラじゃないしな。こいつがはっちゃけ出したら多分恐ろしいことになりそう。
「ミコちゃん!比企谷くんの言っていた通り、やってみなければやっちゃう人の気持ちは分かりませんよ!これは必要なことなの!」
伊井野を完全におちょくってるなこいつ。いや、俺が余計な提案したからなんだろうけど。
「…お二人がそう言うのであれば…」
にしても、伊井野は押しに弱過ぎる。
多分、こいつ彼氏が出来たら相手の言うことなんでもかんでも聞きそうだ。押しに弱いやつは、否定して嫌われるとか思ってしまう節がある。だから自分の意見を言うことが出来ない。
「俺が言うのもなんだが、嫌なら嫌って言えよ。別に無理強いはしないぞ」
「…大丈夫です。お二人の意見に、間違いはないので…」
「お、おう…」
すると藤原がスマホを伊井野に向けて、写真を撮り始めていく。
「きゃ〜!可愛いよ〜!」
写真に慣れていないのか、伊井野は恥ずかしがっている。
「上目遣いでこっち見て〜!」
藤原の指示に、伊井野は上目遣いで視線を藤原のスマホに向ける。伊井野のその姿に、藤原のテンションは爆上がりだ。
「きゃっわー!!ミコちゃん可愛い!可愛いよぉ〜!」
なんかめっちゃハァハァ言ってんだけど。このカメラマン大丈夫?なんか性癖歪んでたりしない?
「ほら見てください!ミコちゃん可愛いでしょ!?」
藤原が加工された伊井野の写真を見せてくる。
「お、おう。そうだな」
伊井野はやや童顔寄りであり、美人というよりかは、可愛い部類に入る。だから加工された伊井野は余計に可愛く仕上がるというわけだ。
「じゃあ次は女子全員で撮りましょう!かぐやさんも来てください!」
「え?私はいいですよ…」
「そう言わずに!」
どうやらガールズ達でわっきゃわっきゃするようなので、男の俺は配管工男の自動車競技を見に行くとしよう。
「白銀は何使ってんだ?」
「緑の帽子」
「石上は?」
「僕は鋼鉄の主人公ですよ」
要するにルイージとメタルマリオね。
白銀と石上のゲームの様子をしばらく後ろから見ていた俺。なんだかあちらは盛り上がっているようだが、写真撮るだけでそんなに盛り上がれるものなのか。
「会長…」
すると、後ろから四宮が声をかける。何の用だと振り返った俺達が見たものは。
「えっ…」
「うわキモ」
「何お前怖っ」
振り返った俺達が見たのは、あの四宮が変顔をしているところだった。しかも絶妙的に可愛くなく、ただただ恐怖を感じた瞬間であった。
「ちょっお前!キモいとか言ったるな!」
「えっ!?今のキモ待ちじゃないんですか!?」
「そんな待ちはねえよ!ていうか比企谷も怖いとか言うなよ!」
「いやこれは怖がらない方が無理あるだろ」
だってあの四宮が変顔だぞ。しかもそれが絶妙的に可愛くないときた。何の経緯も知らない俺からしたらホラー要素が詰まった顔なんだけど。
「いえいえ、構いません…私も正直、そう思ってましたから…」
じゃあなんでやったんだよ。なんでこんな奇怪な行動に走ったんだよ。
「それじゃ御三方の番ですよ…?全力の変顔をお願いします」
そう言って、ガラケーをこちらに向ける四宮。
誰が変顔なんてするか。逃げるに限るわこんなもん。そう思い、俺は生徒会室から逃げ出そうと試みようとしたのだが。
「どちらに行かれるつもりですか?比企谷くん」
あり得ない力で俺の肩を掴んで静止する四宮。俺は恐怖のあまり、身体を震わせてしまう。
「お、お手柔らかに…」
「えぇ。最高の一枚を撮って差し上げます」
その後、3人の男子のアホ面が四宮のガラケーに保存されたそうな。