今日は生徒会で約束していた花火大会。
空は既に夕焼け色。俺は外出用の服装に着替え、伊井野から貰ったバッグを肩に掛けて準備を終わらせる。中にはサイフやキーケースぐらいしかないが、折角貰ったプレゼントを使わないわけにはいかないと思った。
「…行くか」
外に出るのが面倒だとか言いながら結局花火大会に行くあたり、少し楽しみだと思っているのかも知れない。彼らと、彼女らと共に見る花火を。
俺はほんの少し、期待していたのかも知れない。
「かぐやさん、来られないそうです」
四宮以外は全員集まっており、四宮を探すついでに並んでいる屋台を周っていた。そんな中、藤原から告げられた一言。
どうやら、四宮から花火大会に行けないとメールを送られたらしい。
「…マジか」
「…どうするんですか?四宮先輩がいないと、集まった意味ないですよ」
四宮が来られない理由は大体察せる。
おそらく、家の方針か何かだろう。前に四宮の家に訪れた時、やたらとシビアな家訓が廊下に書かれていた。だいぶ厳しい家系なんだろう。
「家の方針だと、あいつを待つのは諦めた方が良い。例えば俺達が束になって四宮家に乗り込んでも、多分一蹴される。…それに、花火大会は今日じゃなくても…」
「ふざけるなッ!!」
「会長…?」
「諦める…?今日じゃなくてもいい…?それじゃあダメだ!!今日!四宮に!花火を見せなきゃならないんだよ!!」
四宮はおそらく、花火を見たことない。あっても、遠くからとか動画とかでしか見たことない筈。
そんな彼女に、白銀は間近で花火を見せたい。彼女の隣で見たい。きっとそんな思いが、彼の中で募ってることだろう。
「……ならお前が迎えに行け。仮にあいつが家から飛び出したりして、俺達全員が四宮家に行って行き違いになったら元も子もない」
「比企谷…」
「俺達はとりあえず、四宮の連絡を待つ。四宮から連絡来たら、またお前に連絡するし、お前が見つけられたのならそのまま一緒に来たらいい。花火大会まではまだ時間がある。行くならさっさと行ってこい」
かぐや姫を迎えに行く月の使者は、俺でも藤原でも石上でもない。
お前じゃなければならないんだ。白銀。
「…分かった。行ってくる!」
白銀は来た道を走りながら戻り、やがて人混みの中に消えて行った。
「…四宮先輩の家のことはあまり知らないんですけど、花火大会に行けないってことはそれぐらい厳しいってことなんじゃないんですか?」
正直、あまり期待は出来ない。四宮家の力は強い。俺達一般人が向かっても取り合ってくれるわけがない。
だがあいつなら。四宮を好いている白銀であれば、そんな無茶をする可能性がある。四宮のことになると、周りが見えなくなるぐらいだからな。
「…まぁ、無理なら無理で考えはある」
しかし時間は無情であり、花火大会はついに開始してしまった。俺達は花火を見ずに、ただただ連絡を待つだけであった。そんな中、俺のスマホに一通の電話が。
「こんな時に誰だ……?」
スマホの画面を確認すると、着信相手は早坂愛。
このタイミングで早坂から電話。だとするとおそらく、四宮に関する電話に違いない。
「もしもし?」
『お願いがあるの。かぐや様を助けてあげて』
「…どういう状況だ」
俺は早坂から四宮家のあらましを聞いた。
どうやら四宮は、本当に家から飛び出したらしい。四宮がいない間、早坂が四宮に変装して、四宮家の使用人を欺いているそうだ。
『かぐや様がタクシーを捕まえてそちらに向かってる。けれど…』
「…交通の規制か」
花火大会は人が賑わうため、花火大会が終わるまで交通規制される。浜松町に近づくにつれ、車が混んでいるに違いない。今タクシーで向かっているのなら、渋滞に巻き込まれる。
四宮がどこにいるか分からない上に、最悪花火大会を見ることが出来ない。
『…お願い。かぐや様に、花火を見せてあげて』
声だけで分かる。彼女が懇願していることが。
普段から少しバカにしているが、本当は四宮のことが好きなんだろう。そんな彼女の依頼に。
「…分かった。なんとかする」
俺は早坂との通話を切って、スマホをポケットに直した。
「比企谷くん!ついさっき、会長から連絡が来て……!」
「どうやら四宮先輩、こっちに向かって来てるんです!」
「…そうか。あいつの家の距離からここまでですぐに来れそうなのはタクシーぐらいだ。けどここらは交通規制されて、すんなりタクシーじゃ来れない。多分、四宮は花火大会が終わるまでには間に合わない」
「そんな…!」
「だから俺に提案がある」
要するに、四宮は花火が見ることが出来たらそれでいい。それも、生徒会全員で。花火大会が見れなくなっても、その条件はクリア出来る。
「俺はこの場から一旦離れる。後でまた連絡するわ」
「え、ちょ!比企谷くん!?」
俺はそれだけ言い残して、その案のために必要なものを取りに行くため、この場から離れて急いで走った。俺は人混みをかき分けながら、白銀に電話をかける。
『比企谷か!どうした!?』
「白銀。もし浜松町の花火大会が終わったら、俺が後から送る位置情報に向かってくれ」
『どういうことだ!?』
「とりあえず四宮見つけたらその位置情報に行けって言ってんだ。そんじゃ」
俺は一方的に通話を切って、走ることに集中した。
四宮に花火を見せるだけなら、何も花火大会じゃなくていい。花火さえ見れればそれでいい。
「…ばっかみてぇ」
俺はそう皮肉げに呟いて、夜の町中を駆けていく。
そして俺は目的の場所に向かい、目的の物を取得した。後は彼らと彼女らに、目的地を一斉送信。
「…これでいい」
俺はその目的の物を持って、急いで目的地へと向かった。
今日一日で5kgくらい減ったのではないかと錯覚するくらいのフルマラソン。こんな切羽詰まった状態以外じゃ無茶しない。
クソ暑い中、なけなしの体力を使って到着したのは。
「…着いた」
ここ、お台場海浜公園。
俺が今いる場所は、その公園の砂浜である。ここも、花火大会のスポットの一部。しかし花火大会が終了して、花火を見に来た人達は一斉に帰って行く。
「花火綺麗だったねー!」
「やばかったな!」
花火大会を満喫した彼ら彼女らは、余韻に浸ったまま砂浜から去っていく。10分後、気づけば先程までの喧騒が嘘みたいに、静かになった。
俺はその場で座って、体力を回復していると。
「比企谷!」
後ろから聞こえてきたのは、白銀の声。振り返ると、四宮を含めた生徒会メンバーが集合したのだ。
「…来たか」
「一体、どういうつもりなんだ。お前は、何がしたいんだ」
「…花火大会は終わった。けど、
「?どういうことですか?」
俺は先程取得した物を、ビニール袋から取り出した。みんなはそれに注目する。
「花火セット…ですか?」
「花火…セット?」
これは、藤原と石上と別れてから購入した花火セット。様々な花火が揃っており、ご丁寧に簡易の打ち上げ花火も買っておいた。
一般常識に疎い四宮は、花火セットと言われてポカンとしている。
「四宮、お前花火をしたことあるか?」
「い、いえ……というか、花火は見るものでは?」
「違うな。花火ってのは…」
俺は花火セットとキャンドルを開封し、キャンドルにチャッカマンで火を灯す。そして開封した花火セットの中にある1本の花火の先の紙を、キャンドルに灯された火に向ける。
少しすると、紙が燃え始め、勢いよく赤色の花火が噴き出し始める。
「こういうことだ」
「紙が燃えて、花火が……!」
四宮は目を見開く。おそらく今日初めて、彼女は至近距離で花火を味わった。
「確かに花火大会は見れなかった。けど花火を見ることは出来るし、なんなら自分ですることも出来る。花火の醍醐味ってのは、みんなで見ること、みんなですることだ」
まぁ俺の場合、一人でも余裕で花火を楽しめるんですけどね。テヘッ。
「比企谷くん……」
「こうやってみんなで花火をするだけでも、いい思い出を作るきっかけになるんじゃねぇの?知らんけど」
花火大会が見れないなら、手っ取り早く花火セット買って好き勝手にすればいい。四宮に花火を見せたいならば、何もどでかいものじゃなくていい。身近にある花火にも、デカいものとは違う素晴らしさがあることを教えてやればいい。
そして周りには俺達以外誰もいない。
故にこれは、俺達、生徒会だけの花火大会。
「そうですよ!かぐやさん、やりましょう!花火大会を見れなかったのは残念ですけど、こうやってみんなで花火で遊ぶのも楽しいですよ!」
「こういうのは高校生になっても楽しく感じるもんですよ」
「藤原さん……石上くん……」
「…比企谷の言う通りだ。生徒会みんなで、花火をとことん楽しもうじゃないか」
「会長……」
「比企谷くん!私にも花火くださーい!」
「あっ、僕にも」
「おう。勝手に取ってけ」
藤原と石上は花火セットから花火を適当に取っていく。
「行こう四宮。俺達も」
「……はい!」
白銀と四宮もこちらにやってきて、花火を取っていく。花火の勝手が分からない四宮に、藤原が隣で丁寧に教えていく。白銀と石上は適当に取った花火で遊んでいる。
みんなはいつの間にか、無邪気な高校生のように、笑顔になっていた。
俺があれだけ必死に動いた理由は、もしかしたら、この光景を見たかったからかも知れない。
「本当、綺麗……」
「誰かと花火なんてする機会なかったですし、生徒会メンバーで花火出来て本当良かったです」
「そうだな。今日のこの時間は、俺達の良き思い出になることだろう」
俺は一度少し離れて、近くにある自動販売機でお茶を購入する。ずっと走っていたせいか、喉が渇いていたのだ。
「…かぐやさん、喜んでくれて良かったですね」
お茶を飲んでいると、いつの間にか藤原が隣に立っていた。
「…まぁあれだ。この間のラノベの借りを返しただけだ」
「なんだかんだで、比企谷くんって人に優しいんですよね。あの花火だって、さっき急いで買ったものでしょ?」
「…花火大会見れなくなったら後味が悪いだけ。優しいとかそういうのじゃ…」
「優しいですよ、比企谷くんは。自分が思っている以上に」
自分が思っている以上に、な…。
俺は別に優しくしてはいない。後味が悪い、ラノベの借りを返したかったから。それだけの理由で動いただけだ。
優しくしてるつもりは毛頭ない。
「…そういう優しいところ、私好きですよっ」
「…そうか。実は俺もそうなんだわ。こういう自分が好きで仕方ない」
「ふふっ、なんですかそれ」
こうして、俺達生徒会の夏休みは幕を下ろした。
四条との買い物、圭と俺の誕生日、そして今日。この4日間だけが、夏休みの中で一番濃かった。
原作タクシーでしたけど、普通に考えてタクシー5人乗るのは無理だって考えた結果こうなりました。