前回のあらすじ。
四宮の血筋を引く者でありそこそこの厄介者である、四条眞妃と出会い、何故かそのまま圭の誕生日プレゼントを一緒に買うことになった。
「それでね、翼くんが…」
なのに、こいつは翼くんの話ばかり。しかも翼くんの話になると妙にテンションが上がる。ずっと惚気話されるとなんだか鬱陶しく感じるのは俺の気が短いからだろうか。
でも恋する乙女は可愛いというのだろうか、翼くんの話をしている時が一番テンションが上がってる。そんな彼女に水を差すというのは、野暮なのではないか。
かれこれ20分弱は聞かされたであろう翼くんのおかげで、いつの間にかショッピングモールに到着した。まだ中には入っていないが、夏休みだからか学生らしき人が結構多い。
「…さて、何買おうか」
「確か知り合いの妹なんでしょ?ミサンガとか、そういう軽いやつでいいんじゃないの?いきなりネックレスとか化粧品渡されても、好きな相手からじゃない限り気持ち悪がられるんじゃないかしら」
ネックレスなどの装飾品、リップなどの化粧品はNGか。となると、そこそこ選ぶ品は絞られてくるだろう。
「もしお前が四宮にプレゼントを渡すとしたら、何渡す?」
「…そもそも渡すことなんてないでしょうから、あんまり想像は出来ないわ」
「使えねぇなお前」
「は?黙りなさい不調法者が」
女子にプレゼント渡すってこんなに難しいのな。小町だったら、ケーキ買って帰るか、小町があれ欲しいって言うやつを買うかの2択だったんだが。
「…とりあえず、色々見て行った方が手っ取り早いな」
そう決めて、俺達はモール内の飲食店以外の店を、大雑把に見て周った。そして一頻り見終えた後、近くのベンチに休憩がてら、腰掛ける。
だがしかし。
「やっぱりショッピングに来たら買い物しないとね」
当初の目的を忘れ、こいつはただただ買い物を楽しんでいた。彼女の両手には、ブランド物の洋服が入った紙袋が。
「お前一体何しに付いて来たんだよ」
「それはそれ、これはこれでしょう?それに、大方目星が付いたからいいじゃない」
彼女の言う通り、一応目星は付けた。シュシュや髪留めと言った髪飾りの品や、家庭で使うであろうエプロン。とりあえず、圭がしばらく使えそうになる物を買うことに決めた。
「にしても、夏休みは人が混んでて嫌になるわね」
「夏休みだからな」
「その夏休みの1日が、まさかこんな冴えない男子と過ごすことになるとはね。数時間前の私に言ったら驚くでしょうね」
冴えなくてごめんね。
というか、翼くんとも大差ないだろうよ。あいつも結構凡庸だぞ。モブとかに紛れていそうなやつだぞ。
「…でも、なんだろ。思ったより悪くなかったわよ」
「四条…」
「まぁ本当だったら翼くんが良かったんだけどね」
こいつマジでブレないよな。口を開けば翼くん翼くん。翼くんは神か何かか。お前は信仰者かよ。
「そもそも翼くんじゃないから減点」
「なんの減点だよ」
「それにこの私に対する荒い言葉遣いに、その腐った目。曲がった背筋に、終始ポケットに手を突っ込んで歩く。赤点よ赤点」
「最初からアウトだったじゃねぇか」
「ふふふっ…」
背筋にポケットは仕方ないとしても、言葉遣いや目はどうしようもないだろ。そもそも翼くんじゃないから減点とかなんのクソゲーだこれは。こいつと出会った瞬間赤点確定してたのかよ。
「…でもちょっと楽しかったから、1点加点してあげる」
「でも結局赤点なんだろ」
「当たり前じゃない。翼くんじゃない時点で80点減点よ」
「逆に赤点取らねぇ方法が知りてぇよ」
四条の採点方式無茶苦茶じゃねぇか。こいつの匙加減で点数が左右されんのかよ。こんな先生は絶対に嫌だよ。
「それじゃ、そろそろ買いに行くわよ。買う物、決まってるんでしょ?」
「…おう」
束の間の休憩を終えて、俺は圭に贈るプレゼントを購入した。
同じショッピングモールの中にはケーキ屋が構えていたので、プレゼントを購入した後、イチゴが乗ったやや小さめのホールケーキ、ロウソクを購入した。
「…これでいいか」
「まぁ喜ぶんじゃない?」
「だといいんだけどな」
あまり人に誕生日を渡したことはあまりないのだ。だから、受け取ってくれるのかという不安が少しある。まぁ気に入らなければ、別に捨ててもらって構わないんだけど。
「…それじゃ用も済んだし、そろそろ帰るわ。お前は?」
「私も帰るわ。買いたい物は買ったし、ここに長居する用もないからね」
用が済んだ俺達は、ショッピングモールから出て行く。ショッピングモール内の冷房が効いた空間に慣れていたせいか、外に出ると余計に暑く感じてしまう。
「じゃ、バイバイ。そのプレゼント、喜んでくれるといいわね」
「…おう。じゃあな」
俺達はショッピングモールの前で別れを告げ、それぞれの帰路を辿って我が家へ帰った。
なんだかんだで、結構いいやつではあった。一言余計だけれどもね。
そして、翌日の夕方。
俺はお隣の白銀家のインターホンを鳴らす。中から出て来たのは、兄の白銀御行。
「来たな比企谷。上がってくれ」
「ん、邪魔するわ」
俺は白銀家へと上がる。上がった先にあるリビングには、圭と白銀の親父さんが座っていた。
「は、八にぃ!?」
「おぉ、比企谷くんか。久しぶりだな」
「お久しぶりです」
前に白銀家に上がった時に、たまたま白銀の親父さんと出会したのだが、中々陽気な人という印象であった。鋭い目付きは、親子揃って似ている。
「八にぃが来るなんて聞いてないよ!」
「そりゃ言ってないからな」
何?俺帰った方がいいの?
やっぱあれか。家族で祝う誕生日に部外者は必要ないってやつなのん?
「大丈夫!?私なんか変な格好してない!?」
「してないから落ち着けって圭ちゃん」
なんだか慌ただしい妹だな。そういうところは、うちの妹と妙に似てるんだけど。
「…ほれ。誕生日おめでとさん、圭」
ローテーブルに、ケーキと、ご丁寧に包装しているプレゼントを置いた。
「え、これって…」
「比企谷が圭ちゃんのために、買ってきてくれたやつなんだぞ」
「…去年は圭の存在を知らなかったからな。祝ってなかったし」
圭がプレゼントのリボンを解き、箱の蓋を開けると、中に入っていたのは。
「…シュシュ…?」
俺が彼女に贈るプレゼントは、黒色のシュシュ。普段、黒色のヘッドドレスを着けているから黒にしたのだが、ちょっと安直過ぎたか。
「嬉しい……」
俺のセンスも、どうやら捨てたもんではなさそうだ。喜んでるなら、そりゃ良かった。
「良かったな圭ちゃん。早速、着けてみたらどうだ?」
「う、うんっ」
圭は後ろ髪を纏め、結び目のところに黒いシュシュをゴム代わりに着ける。
「ど、どう…?」
「似合ってるじゃないか圭ちゃん」
「普段のヘッドドレスもいいが、これはこれでいいんじゃあないか?中々洒落たプレゼントだ」
「おにぃとパパに聞いてない!」
えっ可哀想。感想言っただけでこれって、どんだけ嫌われてんだよ。反抗期恐ろしい。
「比企谷、お前があげたプレゼントだ。お前が感想言わないとな」
「俺に感想を期待すんなよ」
とはいえ、別に変なところは何一つない。黒色のヘッドドレスを着けてるからか、黒色のシュシュを着けても違和感がまるでない。どころか、髪をアップした圭を初めて見るから、なんかギャップがあるな。
「…まぁあれだ。いいんじゃねぇの?」
「絞り出した感想がそれかよ」
「うるせぇ」
大体俺が感想を言ったところで「うわあいつに褒められたんだけど」みたいな返しが来るって相場が決まってんだよ。
「…ありがとう…」
彼女は頬を赤らめながら感謝の言葉を伝える。すると、圭は勢いよくこちらに迫ってきた。
「は、八にぃ!」
「な、何?どうした」
「これ、ずっと大切にするから!毎日これ着けるから!」
「お、おう。そうか…」
別にそんな自己申告しなくても、勝手に着けるなり捨てるなりすりゃあいいのに。
「比企谷くん、娘をよろしく頼むぞ」
「何言ってるんですか」
そんな結婚の挨拶でお義父さんが最後に言うセリフみたいに、よろしく頼まれても。
「このケーキは後で食べるとしよう。夕飯時だし、比企谷くんもどうだ?」
正直、プレゼントを渡して帰ろうとしていた。夕飯一緒に食べようみたいなことを言われる可能性は考えていたのだが、俺が一人増えることで食費も嵩むのではないか。
ただでさえ、白銀家は貧しいのだ。仕送りで生活してる俺とは違い、汗水垂らしてバイトして稼いだのだ。
「…悪いですけど、俺はこれで…」
「帰っちゃうの…?」
そんな捨て犬みたいな目で見られても困る。自分で稼いだ金は、自分のために使って欲しい。
「食費のことなら気にするな比企谷。一人増えたところでそんな変わらんし、圭ちゃんのプレゼントを買ってくれたんだ。これぐらいの礼はさせてくれ。…というか、時々お前に飯を作ったことあるだろ。今更そんなことを気にするのか」
「そうだよ!八にぃも一緒に食べよう!」
…この借りは、また今度返せばいいか。ここは、この兄妹の優しさに折れてやろう。
「…分かったよ」
「ふっ、そうこなくてはな」
何その強キャラみたいなセリフ。ただ飯をいただくだけだよ?
「おにぃ、私も手伝う!」
「いや、別に手伝うほどの量じゃ…」
「うっさい!手伝うって言ってんの!」
怖ぇよ反抗期。小町も反抗期になったらあんな風になるんだろうか。
『えっキモ。ごみぃちゃんキモ』
あれもしかして小町って反抗期だったりする?俺に対してだけ反抗期だったりする?愛してたのは俺だけ?やだ何それ悲しい。
「圭もすっかり比企谷くんに懐いたな。最初の頃は、そんなだったんだろう?」
最初から圭と仲が良かったわけではない。
生徒会に入って、それなりに白銀と話すような関係になった辺りから、家に招待されることになった。
圭も俺も、最初はあまり話すことがなかったのだ。圭が頑張って話題を出していてくれたのだが、特に笑い合うこともなく、乾いた雑談だった。
ただ時間が関係を深めるというのか、少しずつだが彼女と打ち解けていき、たまに試験勉強を見るくらいの仲にまでは深まったのだ。その関係がずっと続いた結果、今現在の圭との関係だ。
「初対面じゃ、大体そんなもんですよ」
「まぁ確かにな。だが少しずつ時間が重ねていくにつれて、人と人は親しい間柄になるものだ。人は様々な縁に恵まれる生き物。だが、その縁を忘れ、あるいは嫌悪する人間も少なからず存在する」
「…そうですね」
「しかし全部が全部、悪い縁ではない。自分にとって、本物だと思える縁も必ず存在する。君にとって、本物だと思える縁が見つかったのなら、その縁は無くさずに大切にすることを、忘れないようにな」
「…はい」
この人時々ちゃらんぽらんなことを言い出すが、流石は白銀の親父さん。いい親父さんだ。
「ちなみにだが。圭を貰ってやる気はないかね?」
「ぶッ!」
さっきまでいい話の流れだったじゃねぇか。なんでそういう話になるんだよ。
「圭はモテると聞くし、贔屓目抜きにしても別嬪だと思うんだが。圭も君にとっても懐いているようだし、君になら任せても…」
「パパ!八にぃに変なこと言ったら怒るからね!」
白銀の親父さんの言葉を遮るように、圭は忠告する。けどもう遅いのよ圭。既に変なこと言われた。
「言われて困ることがあるのか?」
「そ、それは……ないけど!ないけど変なこと言っちゃダメだから!」
貧しい家庭ではあるが、およそそんな様子を垣間見せないほどの明るい家庭。事故がなけりゃ、生徒会に入ることもなかった。生徒会に入っていなけりゃ、白銀家、四宮や藤原、石上に早坂、伊井野、四条達など、様々な繋がりがなかったのだろう。
縁を大切に、か…。
「知っての通り、御行も圭も面倒くさい性格でな。そんなあいつらのことを、これからもよろしく頼む」
「……うっす」
これからもよろしく、か。そんな風に言われたのは、初めてかも知れないな。同い年や年下と、あーだこーだと言える奴らなんて今までいなかったからな。
「親父、皿を出しててくれ」
「おーう」
「俺も手伝うわ」
流石にただ待つだけなのも気が引けると思い、俺も少し手伝うことにした。
そして白銀兄妹が料理を作り終え、ローテーブルに次々と置いていく。全員が座り、そして手を合わせて。
「いただきます」
彼らが作った料理を味わう。
「…やっぱ美味ぇな」
「そう言ってくれると、作った甲斐があったというもんだ」
そうして俺達は、目の前の料理を食べていく。彼らとこうして話しながら食べるのも悪くないと思いつつ、目の前の料理を食していく。
そして粗方食べ終え、皿を水に浸けたところで。
「折角比企谷くんがケーキを買ってきてくれたんだし、開けようか」
「うん!」
箱からホールケーキを取り出し、圭の年齢の分だけロウソクを刺していく。白銀の親父さんが、一本一本、丁寧に着火させる。全部のロウソクに火が灯った後、リビングの電気を消した。
「…大きいケーキ食べるのなんて、私初めて…。ロウソクの火がこんなに綺麗だったなんて知らなかった……」
「圭ちゃん…」
すると、彼女の瞳から涙が溢れ落ちていく。
「すっごい…嬉しくてっ……うっ…う…」
今まで、ちゃんとした誕生日パーティーをしたことがなかったのだろう。祝う側があっても、祝われる側にはなったことがないのだろう。
「ほれ、吹いて火を消しな」
「……うんっ」
圭は灯した火に息を吹きかけ、一気に火を消した。
「おめでとう、圭ちゃん」
「おめでとう圭」
「…おめでとさん」
「…ありがとうっ!えへへっ」
電気を再び点けて、消したロウソクはゴミ箱行きに。ケーキナイフがないので、代わりに包丁でケーキを切って圭の前に差し出す。
「美味しそう…」
圭はフォークでショートケーキを小さく切って、口に運んでいく。その瞬間、彼女の表情は満面の笑みに。
「美味しいっ、美味しいよ八にぃ!」
「…そうか。そら良かった」
誰かの誕生日を祝うのでさえあまりないのに、こうも喜んでくれると、こちらも少し祝って良かったと思ってしまう。
そうしてしばらくの間、白銀家と団欒した。
時計の針が9時半を差すと同時に、俺は腰を上げる。
「そろそろ帰ります」
「もうこんな時間か。楽しいことをしていると、時間が経つのが早くなるな」
俺は玄関に向かい、自分の靴を履く。たかだか隣だというのに、ご丁寧に3人揃ってお見送りするつもりのようだ。
「今日はありがとうな、比企谷」
「このシュシュありがとう八にぃ!八にぃからのプレゼント、嬉しかった!」
「…そうかい」
「またいつでも家に来てくれ。待っているよ」
「…はい。じゃ、お邪魔しました」
「じゃあな、比企谷」
「ばいばい、八にぃっ!」
俺は白銀家の扉を開けて、外へ出ていく。隣にある我が家の鍵を開け、中へ入ってその場で寝転んだ。
「…長い二日だったな」
四条と出会い、共に買い物。その翌日に圭の誕生日を祝った。たった二日だったのだが、この二日が妙に長く感じた。