221.聖女が編み出した新魔術
その日、魔術学校で。
ほんの少しだけ噂になったことがある。
曰く「クノンに婚約者がいた」というものである。
「――えっ嘘!?」
「――あのクノン君に!?」
「――婚約者いたの!?」
だいたいの生徒が驚いた。
クノンを知るがゆえに驚いた。
あの、いつもいつも女性女性言っている彼が。
露骨極まりない男女区別を披露していた彼が。
まさかの婚約者持ち。
いや、不自然ではないのだ。
クノンはどう見ても貴族の子、あるいは裕福な家の子である。
だったら婚約者がいてもおかしくない。
ただ。
多くの者が、特に女性が勘違いしていた。
――ああ、クノンは恋人募集中なんだな、と。
普段の言動のせいである。
常々女性を誘うようなことを言いまくっているせいである。
そのせいで誤解を招きまくっていたのだ。
だから、噂を聞いた女性の次の言葉は、こう続くことが多かった。
「――絶対私に気があると思ってた……」
まあ普段の言動が言動だ。
あまりにも軽薄だったので、本気になっている女性はいなかった。
クノンも本気じゃないだろうし、と。
とはいえ。
少しだけクノンを気にしていた女性は、ちょっと多かったのだ。
褒められて悪い気はしない。
軽薄だけど。
ちゃんと女性扱いされて不快にもならないし。
軽薄だけど。
ほんのちょっとでいいから軽薄じゃなくなればなぁ、と。
思わなくもないというか、なんというか。
――とまあ、そんな話題でちょっと盛り上がることになる本日。
クノンは別の違う話題に夢中になることになる。
「サトリ先生、おはようございます」
朝一番。
クノンはサトリを訪ねていた。
「おはようクノン君。今日は早いわね」
まだ授業が始まる前である。
今日の準備をしていたジェニエがいた。
「おはようございます、ジェニエ先生。あ、今日も水に浮いた油みたいな虹色の美貌が丸出しですけど大丈夫ですか? 授業を受けている生徒が見惚れちゃいますよ?」
水に浮いた油。
誉め言葉なのかなんなのか。
「全然問題ないよ」
慣れているジェニエは即答した。
クノンの言動がおかしいのは、今に始まったことではない。
もはや一々反応する気はない。
「……あれ? 先生いない?」
ここはサトリの研究室。
なのに、肝心の部屋の主の姿がなかった。
「ええ、例の聖女の……あ、クノン君は聞いてない?」
「はい?」
例の聖女の。
ジェニエが言いかけた言葉に、クノンはすでに興味津々だ。
「どの件でしょう? 聞いてるかも……いや、たぶん聞いてないです」
聖女といえば、同期のレイエスしかいない。
彼女とはよく会っている。
仕事上の付き合いもあるし、情報交換も頻繁に行っているが。
しかし、サトリが動くほどの何かなのだろう。
あの人が気にするほど重要なものとなれば、恐らく、聞いていない。
「今、教師たちの間でかなり話題になっているのよ。
聖女が面白い魔術を考案した、って。その話し合いをするそうよ」
――気になる!
「僕ちょっと行ってきますね!」
聖女は光属性。
まだまだわからないことが多い、珍しい属性だ。
そんな彼女が、面白い魔術を編み出したらしい。
これは気になる。
どうしても気になる。
行かずにはいられない。
「あ、クノン君。何か用事があったんじゃ――」
「単位の相談でした失礼します!」
やりたいことが詰まっている。
今は一刻も早く単位を取得したいと思っていた。
その相談に来たのだ。
だが、サトリが不在ならどうにもならない。
何より聖女の魔術が気になる。気になりすぎて何も考えられない。
来たばかりだが。
クノンはサトリの研究室を後にした。
「――私はよくわかりませんが、キーブン先生とスレヤ先生が騒いでましたね」
聖女の教室に行くと。
鉢植えの植物を観察し、メモを取っていた彼女に会えた。
いつもと何も変わらない様子だ。
クノンのことなどどうでもいい、という態度もいつも通りだ。
またまた鉢植えが増えた気がするが、気のせいだろう。
「どんな魔術か聞いていい!? 僕すごく興味あるんだけど!」
聖女は「いいですよ」と即答した。
「先生たちにはまだ広めるな、と言われていますが」
と、聖女は顔を向ける。
「クノンは無関係ではなくなったので」
「…?」
無関係ではなくなった?
どういう意味だろう?
いや、今はいい。
教えてくれると言うなら、理由など気にしない。
「私の結界の特性は、今更言わなくてもわかりますよね?」
「あ、うん。魔術を通さないのと豊穣の力があるんだよね?」
「ほかにもありますが、概ねそれで合っています」
結界で植物を覆う。
それで豊穣の力が働き、植物が成長する。
普通の植物は元より。
霊草さえも育てられる、かなりすごい代物である。
クノンとしては羨ましいばかりだ。
「――この度、土に豊穣の力を与える方法を編み出したのです。
ある程度限度と限界はありますが、私がいなくても育つようになりました」